第三章 黒い使徒 束の間の安らぎの中で
とても清々しく気持ちの良い日。
静かに流れる雲、白い鳥たちが天高く舞い上がる。
どこまでも広がる青い絨毯は、白波を立てながら地平の彼方まで続いている。
フォンブルグ公国の南に広がるフォルーガ海は果てしなく大きい。
それは、天啓教典に登場する海神フォルーガンの名を冠するに相応しく、いまだにフォルーガ海の終着の地を見た者がいないほどに。
そんな壮大な海の上、純白の帆は潮の香りを孕んだ風を飲み込みながら、壮麗で巨大な帆船を前へと走らせる。
交易船『コウル・シェラ・フォルーガ』
フォンブルグ標準語で『フォルーガ海の旅人』という意味で、三本の壮麗な帆柱、長さ三百メートルを誇る大きな船体。
フォルーガ海を運行する船の中でも比較的大型の輸送船だった。
その輸送船の甲板の上に人影がある。
風に遊ばれる黄金色の長い髪は、まるで柔らかな絹のように艶やかに舞い踊る。
太陽の光を跳ね返すように澄んだ白い肌。
華奢な身体付きだが、普通の女性よりは頭一つ背が高い。
そのスラリとした身体を包んでいるのは、容姿に不似合いな黒いローブだった。
一見すると教会の修道士の様にも見えるが、修道士は決して黒いローブなど纏わない。
そして、腰に細身の剣など吊るさない。
人影は、ゆっくりと船体から身体を乗り出して光り輝く海面を見つめる。
大きな湖なら幾度か目にしたことはあるが、これほどに大きな水溜りを見るのはこれが初めてだった。
視界の広がる淡青の景色は、遠くに行くにつれて紺青へと変わりゆく。
空と海面がはるか彼方……どれほどの時間を費やしてもたどり着けない程の遠くで重なり合っている。
その美しく、神秘的な光景に心を奪われていた。