第一章 始まりの出会い 運命の出会い
ふと、男は思う。
「貴女の連れの者は?」
女性の一人旅など聞いたことが無い。
ほとんどの女性が生まれ育った町や村から外に出ることなく生涯を終える。
相当な商家の生まれでもない限りありえない。
もし、仮にそのような奇妙極まりない行動を取るにしても、最低限の準備が必要だ。
男でも、長旅には必ず大人数で共に行動するか、傭兵団を雇う。
なぜなら、どの国にも法の目が届かない場所が存在するからだ。
そして、そのような場所は必ずといっていいほど盗賊野盗の巣窟となっている。
そのようなところに、女性が一人で旅をしようものなら、瞬く間に奴隷商人の手のもとへと売り飛ばされるだろ。
様々な辱めを受けて……。
草臥れた旅装を着て、色褪せたマントを纏うその人は相当の長旅をしているはず。
「そのような者はいません」
まるで、当然の事のようにはっきりと言い切る。
「なっ! よく、今まで無事でいられたな。この辺りは治安の悪さは並みではない。教会ですらこのような状態に陥る神の見捨てた土地なのに」
感心した様子で話す男。
思わず、笑みが毀れる女性。
「ごめんなさい。久しぶりに温かい感情に触れたので少し気持ちが高揚したようです」
男を見上げるその青い瞳に、初めて柔らかい光が宿った。
それは、とても優しい光だった。
しかし、その光はすぐに消え去る。
「でも、私と一緒にいるところを誰かに見られたら、貴殿の身も危ない。早くこの場から離れたほうがいい。私も長くこの場に居すぎました」
それだけ言うと、鞘に収まった剣を杖のように使い、ふらつきながらも歩き始めた。
「そんな状態で、どこに行く気だ?」
「それは分かりません。ただ、身を隠せる場所を探します」
その姿は、あまりにも悲しかった。
逃亡者の生活というものを痛いほど男は理解している。
頼るべき者も場所もない。
いつ現れるとも知れない刺客たちの襲撃に備えながら、眠れる夜など望めるはずもない日々。
命を狙われているのなら、人ごみの多いところに行くほうがいい。
そんな事を、教えてくれた者がいる。
しかし、それは素人相手の話だ。
経験を積み重ねた、暗殺を職業としている者にとって人の多い少ないなど関係がない。
気付かぬ間に、遅効性の毒の付いた爪か何かで体を傷つけられて、夜に宿で眠りながら死ぬ何てこともざらにある。
なぜ、この人はここまで隠者のように生きなければならないのか。
なぜ、ここまで傷つかなければならないのか。
男には分からない。
この年頃の女性ならば、良い人と恋に落ち、誰もがつかむような当たり前の幸せに向かい歩み始める頃だろう。
だから男は、慎重に言葉を選びながら尋ねた。
「俺には、貴女が命を狙われるような大罪を犯した者には見えない」
傭兵として、多くの人と契約を交わした男には、人の本質を見極める目に自信があった。
いかに、綺麗に着飾り、善人の仮面を被ろうとも人は本性を隠すことは出来ない。
「貴殿には関係の無いことです」
再び、瞳に強い光が灯る。
しかし、男は確信した。
この人は、無実の罪で命を狙われているのだと。
男の中で何かが動いた。
そして、意を決したように尋ねる。
「解毒と傷の手当てをしてくれたのは貴女で間違いないか?」
先ほどまでの男の口調とは、明らかに違った。
あくまで慎重に尋ねる。
その意味を、女性は知る由も無い。
男の突然の変わりように戸惑いながらも答えた。