僕じゃない僕
慎吾は、極めて控えめな性格の男でもあった。孤独を愛し、未知なるものへの憧れは人一倍強かった。そのためか、知り合いや友人、親友と呼べるものはごくわずかにとどまっていた。
一人暮らしのマンションの寝室に朝から寝転がって、慎吾はスマホでアダルト動画を見ていた。暇つぶしである。しかし、大音響で朝から女のアヘアヘ声を訊いていてもそう長くは続かない。飽きてきて、慎吾はつくづく無職の虚しさに思い至るのである。
少々の金銭の蓄えはあったが、そう長く続くはずもない。彼のどこかで迫るような危機感もあった。しかし、幸か不幸か、彼持ち前の呑気さが彼を救っていた。
というわけで、今朝も彼は、ベッドの脇に求職雑誌を置いたまま、怠惰に惰眠をむさぼっていたのである。
飯でも食うか?そろそろ午前10時過ぎになっている。ボリボリと背中を掻きながら、慎吾は居間まで引きずるように足を運んだ。
朝飯のチーズトーストとコーヒーを口に運びながら、慎吾はいつしか大学時代の想い出に耽っていた。よく、通ったよな、あの並木道。あの喫茶店。
講義ルームのざわめきや、学食の活気。当時の親友たちの顔が次々と浮かんでは消えていく。あの娘、どうしてるかな?カメラ同好会で出会った可愛い女の子だった。何度かデートしたが、結局それきりだったっけ。
最後のコーヒーをグッと飲みほすと、慎吾は何だかやる気が湧いてきた。仕方ない。朝の買い出しにでも行くか?
駅近の繁華街でスーパーを見つけると、足りない日用品とお昼ごはんの食材と、近所にあった古本屋で、趣味の文庫本を数冊、読むために購入しておいた。
帰宅したが、玄関のポストに、自分宛の分厚い封書が届いていることに気づき、少々驚いた。
何だ、この封筒?
まあ、いいか。とにかく、その封筒を持ち帰って自室へ戻る。
それをテーブルに放り投げて、まだ早いかなとは思いつつも、お昼ごはんにする。スーパーの惣菜パックとあさりの味噌汁とマカロニサラダと山盛りご飯で腹を満たす。食後は、ほぼ生活習慣と化したコーヒーを一杯。飲み終えた頃に、趣味の作詞作曲のアイデアが閃いた。慌ててメモ帳を取り出し、書きとめる。そして寝室で寝転がって言葉を繰り返し口ずさみながら、メロディーをひねり出す。何とかJ-POPの歌謡曲らしく出来上がったので、やおらスマホの投稿サイトに曲の音声ファイルを投稿しておいた。
やれやれだ。テレビでも見るか。スイッチを入れる。いきなりCMが映り、女優の綾瀬はるかが出て来た。この娘、よく出てるな、可愛いけど、ちょっと個性的な顔立ちだよな。見てると、アマゾンのCMをやってる。それで、さっきの封筒に思い当たった。何だろう。居間へ行き、封筒を取り上げてベッドに戻り、封書の裏書きを見る。野村慎一とある。ははあ、あいつか、何だろう。
野村とは、もう20年以上の付き合いだ。親友と言ってもいい仲だ。つい最近も、茶店でダベったばかりだ。あいつが、あえて封書を送ってくるっていったい何の騒ぎだろう?
とにかく封を切る。中から、数枚の手紙と2枚組のCD-ROMが出て来た。それで思い当たった。そういえば、あいつ電子工作マニアだったよな。何かの新作ゲームでも開発してきたのか?
とりあえず手紙を読む。それで納得がいった。
彼は、慎吾が言うのも何だが、優れたIT開発マニアである。時には、人を驚かせるようなコンピューターソフトを創作しては、自分で悦に入るようなところもあった。その野村がまた新作のソフトウェアを作ってみたから、是非、彼に、その価値を評価して見て欲しいというのだ。何のソフトかは、同封したCD-ROMを試してくれれば分かるという。慎吾は少々、好奇心が湧いてきた。何のソフトなんだろう。あいつのことだから、月並みのゲームソフトではないなと思う。気になる。
綾瀬はるかとデートするゲームソフトかな?うむ、我ながら笑える。
ともかく、見てみるか?寝室の奥に作業部屋があり、そこにデスクトップのパソコンが置いてある。だるい足取りで、パソコンに向かう。持ってきたROMディスクを入れてソフトをインストールする。しばらくすると、起動した。
画面がカラフルになり、大きく「君と語りたい君」と緑色のタイトルが出た。何だ、こりゃ?
ともかくリターンする。また画面が変わり、今度は俺の顔が大きく現れて、その上に、「始めまして、僕は、須崎慎吾だよ。よろしく!」
冗談じゃない。俺じゃないか。何だよ、こいつ。
また文字が現れた。
「また暇なんだろう?少し僕と話してみるかい?」
俺と会話しろって?
何だか妙な気持ちだった。まあ暇なのは図星だった。面白い。やってみるか?
「お前、何者なんだよ?」
と入力した。すると即座に、
「厳密に言えば、君のことを知り尽くした君自身の人工知能だよ。開発者は知ってるよね、どうでもいいか、何か悩みごとでもある?」
慎吾は、しばらく考えた。ははあ、なるほど、確かに俺は今、こんな状況だ。自分と向き合う良いチャンスかもしれん。確かに親友の野村のやりそうなことだな。
「俺は、特に悩みごとないよ、君はどうなんだい?」
と、入力した。すると、
「俺、AIだぜ。それより、ひとりの時くらい、もっと自己中心的になれよ。お前、彼女は出来んのか?」
「ああ、奥手だろ、出来ないよ。欲しいけどさ、正直なところスケベにも関心あるしさ?」
「だよな。じゃあ、金のほうはどうだ?さっぱりか?」
「相変わらずな。..................、ごめん、少し息抜きするよ、悪い」
「構わんよ、スイッチ切ってくれ、良ければ、またあとで」
慎吾は電源を切り、寝室へ戻ると、またベッドに寝転がった。そして思うのであった。
俺か、何を話せって言うんだ、......................、まあ、いいか、ちょっとした暇つぶしにはなるか?そんなものだろう。
そこで、しばらくの間、さっき買ってきた本で読書する。彼のお気に入りは、純文学のスタインベックとヘミングウェイだった。彼らの男らしい気概と生き様に惚れ込んだのである。しかし、読書にもしばらくで飽きてきた。といって、今さら、どれとて手に取ってみようという気にはなれない慎吾であった。
となってくると、またぞろ、あのソフトが気になってくる。自分との会話か、ふん、自分か?
俺、自分を知ってるのか?本当の意味で自分という人間を知っているのだろうか?
ちょっと興味が湧いてきた。
皆が知っている慎吾という人間を知りたくなったのだ。ふむふむ。
再びデスクに向かう。複雑な心境である。スイッチを入れて、キーを押す。画面に自分の顔と入力画面が出る。
「俺って人間、どう思う?」
すると、
「まあ、パッとせんな。だいたいに生き方が雑な気がするけど?」
「だよな。だったら、どこかで見かけにも影響してるような気がするけど?」
「もちろん。あまり繊細な男には見えんなあ」
「じゃあ、何だってんだよ?」
「自分で分かれよ、それが大事だ」
「ちょっとはアドバイスくれよ」
「じゃあ、繊細の逆だな」
「それじゃあ何か?俺がヤクザ者でもあるっていうのか?」
「俺の知ったことかよ」
どうも気分が悪い。ちょっとお気に入りのコーヒーでブレイクタイムと行くか?
居間で、ゆっくりと気を落ち着けてコーヒーを飲む。気分がウキウキしてくる。堪らんなあ。
でも、と慎吾は思い出した。過去に、現実のヤクザ連中が、事務所でやたら喫茶店からブラックコーヒーを注文してはがぶ飲みしてたっけ。あいつらもよくコーヒー飲むんだよなあ。
それに、ヤクザ者と言われると、過去に思い当たる節が多々あるのだ。
俺って、見た感じがヤクザっぽく見えるんだな。ははあ、そうか、それならそれでいいや。そんな奴もたくさんいるじゃないか?
面白い。これは発見だ。自分を知ることが出来たような気がした。
コーヒーを飲む。うん、改めて旨い。この苦み、いいよな。
コーヒータイムがひと段落すると、またぞろ作詞作曲のアイデアが思い浮かんだ。さっそく手近なメモ帳に言葉やメロディーを書きとめていく。なかなかにアップテンポでリズミカルだ。と、我ながら感心していたが、どうも気になることがあるらしくて、集中できないようだ。何だろう?
となると、正直にAIに打ち明けて探ってもらうか?となってくる。弱ったな、仕方ない。
と考えているうちに、もうデスクに向かっていた。訊いてみるか?
入力画面が出ると、さっそく、
「あのさ、俺、漠然とした気になることがあるらしくて、何だろう?どう思う?」
すると、
「過去?現在?未来?どうなんだい?どの問題か分からんか?」
「うーん、...................、そう言われると、どうやら過去だな、何のことかな?」
「過去か、じゃあ悩みごとならトラウマっぽいな、違うか?」
「だな。でも、漠然過ぎるよ、何だよ?」
「弱ったな、その頃の年齢でも分からんか?」
「うむ、うーん、何だか小さな頃のような気がしてならない」
「それが、今までお前を悩ませてきたってことか?」
「うん、ずっとなんだ、大事な問題だよ」
「そうか、じゃあ、子どもの頃、何やってた?」
「普通に遊んだり、学校行ったり、....................、待てよ?うん?」
「どうした?」
「あの神社.................、待てよ、あの娘................、ああ!何てことだ!」
「どうした?どうしたんだ?」
ただ呆然として、慎吾はスイッチを切るのも忘れて、無意識のうちに、居間でペタリと座り込み、我を忘れていた。
そうなのである。慎吾はすべてを思い出したのだ。彼は、幼少期に、ある忌まわしい事件を起こしていたのだ。
「彼は、子供の時に人を殺した」
そうである。小学生の頃、慎吾は神社で遊んでいて、友だちの咲江ちゃんを、神社の隅にあった古井戸に突き落として殺したのだ。突き落として殺した............、でも本当だろうか?言われてみると、現実か夢か、はっきりしないのだ。そんな体験はよくある。
あなたも、ご存じだろう?
慎吾は思った。俺が人殺し。人殺しの子ども。
言葉は出なかった。
残酷な現実と夢が、容赦なく彼に鋭い牙を剥いていたのだ。
ただ、冷静に、時が静かに彼の身体をすり抜けていく感覚が彼を包んでいたのであった...............。




