待ち合わせは廻り廻って『池フクロウ』で。
キーン コ〜ン カ〜ン コ〜ン
悠長に鳴り響く終業チャイムの音色
「中田さん――あ、間違えたわ、田中さん。ちょっと聞きたい事があるから、部活終わりに職員室に来てくれないかしら」
「え?」
(この先生誰だっけ?)
私の頭上に発生したハテナマークオーラを察した、古風なゴム紐で長い髪を後ろで結っている、とある先生。
「生活指導の小俣よ」
「……あ、はい! わかりました」
(生活指導っ?!)
イージーミスという言葉で片付けてよいのか微妙なラインの間違いを生活指導の先生から受けた私は、部活終了後職員室に向かって歩いていました。
当然、普段から全く関わりがなく、模範生徒とまではいかないまでも生活指導される側とは無縁だった自分が、突然の呼び出しに若干の違和感を覚えていました。
(担任以外から呼び出されるなんて滅多にないからね……なんだろう?)
ガラガラ――
「失礼します――ん?」
横開きの扉を開けるとそこには誰もいないがらんどうの職員室。照明も心なしか薄暗く感じました。
「中田さん」
「うわ~! ビックリした! ちょっと先生! 後ろから話しかけて来ないで下さい! あと、田中です」
「あ〜そうだったわ。ごめんなさいね田中さん」
「……で、話しってなんですか?」
「あなたのプライバシーに関する、ちょっと込み入った話だから、誰にも聞かれないように応接室の方に来てくれないかしら」
「あ、はい」
応接室なんてあったんだね……
案内された応接室は校長室の隣。中に入ると、豪華なソファー、そして水の交換が大変なんじゃないかと思ってしまうほど、たくさんの花瓶に刺さった色とりどりの花達が薄ら笑いで私をお出迎え。
「じゃあ早速いいかしら中田さん」
「田中です」
「私、個人的にはどうでもいい内容なんだけど、生活指導担当責任者として、例え見せかけでも仕事しないといけないから聞くわね」
「……は、はい」
「あなたがB組の中田君と鶯谷のラブホテルに入ったのを目撃したという匿名の電話連絡が入ったの」
「えっ?!」
予想だにしない突飛な内容に私は驚く事しか出来ませんでした。もちろん無実です。
「ちなみに鶯谷が東京有数のラブホテル街として発展したのは、上野駅周辺の労働者向け簡易宿泊所が『連れ込み宿(後のラブホテル)』へ業態転換したことが主な理由よ」
「はい?」
こんな時にそんな豆知識いらないよ。てか、鶯谷にホテル街があるなんて知らないし。
「田中さん……まさか行ってないわよね?」
「当たり前ですっ!」
「イッてもないわよね?」
「え?」
「中田氏――じゃなかった、中田君だからって、まさか避妊しなかったわけじゃないわよね?」
「はい?」
なんで行った前提で話しを進めてんの?
「どうなのかしら?」
「そんなところに行くわけないじゃないですか! 最初に当たり前だって返事したはずです! 中田君なんか顔も知らないし!」
「そうよね。それよりあなた彼氏はいるのかしら?」
「いません!」
「そうよね。当たり前よね。彼氏なんかいるわけないわよね……」
「……」
なんか上げ足取られた上、ディスられてるのは気のせいだよね?
「中田さんはホテルに行った経験はあったとしても、ホテルでイク経験はなさそうよね」
「田中です!」
あれ? 我ながらツッコミどころが違う気がするよ?
「まあいいわ。わかったわ。早く帰りなさい。あなたも犬の散歩とかで忙しいでしょ?」
「犬? 私が飼ってるのは猫です! タマです!」
「あらそうだったかしら。ごめんなさいね。毛色はゴールデン?」
「茶虎です!」
教師……ましてや生活指導と生徒の会話としてはあり得ない内容で、謎の疲労感に苛まれた私は池袋から電車に乗り帰宅の途につきました。
◇◆◇◆◇◆
ガチャ! ガチャ!
あれ? カギがしまってる?
あ、そうだ。今日はお父さんとお母さん遅くなるって言ってたっけ。あれ? でも弟はもう帰って来てるはずだけど。まあいいやカギあるからね。
カチッ。ガチャ。
「ただいま〜」
やっぱ弟の靴あるよ。いるのかな?
私は自室がある階段を登りながら、双子の弟を呼びました。
「ねぇ〜いるの〜?」
「おい」
「わー! ビックリした! ちょっ! 後ろから話しかけて来ないでよ!」
「……姉ちゃん。ちょっと俺の部屋に来い」
「は? 俺の部屋って、一緒の部屋じゃんか。何言って――」
「いいからっ!」
「あ……はい……」
なんなの? 急に怒鳴らないでよ。
滅多に見せない弟の異様な剣幕に押され、二つの机と二段ベッドがある私達の部屋へ連行されました。
そして何も置いてない殺風景な小さいテーブル越しに正座対峙しています。
「あ、なんか飲み物持ってこようか?」
「いや、今は何も口にしたくない」
「そうなの?」
「ああ。そういう気分なんだ」
「え?! なんかあったの? 相談にのるよ?」
「違う! 俺が姉ちゃんにちょっと聞きたい事があるんだ」
「聞きたい事? なに?」
え?! まさか先生から聞かれた事じゃないよね? 学校違うし、知ってるわけないよね?
「しかも、姉ちゃんの返答次第によっては今日は飲むどころか、食わずの尋問になる可能性があるからだ」
「だから、なによ」
ほんとになんなの今日は?
「風の噂で耳にしたんだが、同じ学校の背が高い中田氏とかいう奴と付き合ってるんだって?」
「は?」
先生……私のデマプライバシーだだ漏れなんですが? 中田氏っていう言い方もやめて。
「どうなんだ? 一応俺らは双子だからなんでも話そうって言ってたよな。遠慮はするなよ」
「あのさ……遠慮もなにも全くのデマだよ」
「それだけじゃない」
「は?」
「その中田と鶯谷のラブホテルに入ったのを目撃したタレコミ電話が入ったと聞いたんだが?」
「……行くわけないじゃんか! てか、中田君なんか顔も知らないし、そもそも彼氏なんかいないよ!」
「信じていいんだな?」
「当たり前だよ! てか、それ誰から聞いたの?」
「さっき姉ちゃんの学校の先生から連絡あった。まあ、姉ちゃんに限ってあり得ない話だろうけど、一応弟の俺からも確認して欲しいって」
「……」
あの下ネタ教師なんなの?
「完全なデマだよ。無実だよ。濡れ衣だよ……あ! ちょっと待って? あんたにも連絡あったって事はお父さんお母さんにも連絡行ってる可能性あるよね?」
学校には緊急連絡先として、両親と弟の電話番号を提出していました。
「……その可能性はあるな」
「……」
最悪だよ……またこんな無駄なやりとりをしなきゃいけないの?
その後再度真剣な眼差しで弟を睨みつけ濡れ衣を晴らした私は、両親が買っておいてくれた土用のウナギを自室に持ち込み、派手に舌鼓を打ちながら、両親の帰宅を戦々恐々として待っていました。
カチッ。ガチャ。
「おい琴音! ちょっと降りて来い」
確定だよ……ただいま〜の挨拶もなしにドア開けたら秒で呼び出しだよ……
私は怒り、困惑、怠惰、様々な想いを胸に両親が待つリビングにやって来ました。
「さっき学校の先生から連絡が入ったが……琴音、お前……」
久しぶりに見る怒りにまみれた仁王像のような父の表情。
「琴音ちゃん……あなた……」
今にもすすり泣きそうな母の絶句。
「あのさ。無実だよ。濡れ衣だよ。デマだよ。そんな事一ミリもないよ。ついでに彼氏なんかもいないからね?」
「……」
「……」
沈黙が蔓延するリビング内に援軍が到着しました。
ガチャ
「まあ、俺もさっき確認したが姉ちゃんはウソ言ってないと思うぞ。一応俺ら双子だからそういうのはなんとなくわかるから」
ありがとう! てか、あんた最初は疑ってたよね?
「なるほど……わかった。ホントに信じていいんだな?」
「当たり前だよ! 怒るよ!」
「それもそうよね。冷静に考えたら、あなたと付き合う物好きなんかいるわけないわよね」
「だよな! 琴音には10万光年早い話だな。ガハハ」
「父さん、さすがの姉ちゃんにも10万光年は言い過ぎだよ! せめて69光年くらいにしないか?」
「そうだな!」
「そうよね! フフ」
「アハハハ!」
「……」
重苦しい沈黙状態から一転、爆笑が蔓延するリビング内。
あの〜すみません。酒のつまみみたいに私の災難をネタにするのやめてくれないかな?
「あ、あのさ、先生他に何か言ってた?」
「他に? どういう事だ?」
「あ〜やっぱいいや」
私の事だから心配ないという、さり気ないディスりがジワジワと効いていた私は一応確認しました。
「いや、たしか先生も琴音の事だから全く問題ないと前置きしてたな」
「あら? 受け取り方によってはずいぶん失礼な言い方ね」
「まあでも、姉ちゃんのこの話を聞いた全員の共通認識のようだな。アハハハ!」
「ガハハ!」
「そうね。ウフフ!」
「……」
明日文句言わなきゃ。
てか、ほんとに勘弁してよ……
その後は奇妙なデマを気にして考えこんでしまう事が予想され、不眠になる事も視野に入れていましたが、予想に反してベッドでバタンキュー。かなりの精神的疲労によるものと思われました。
◇◆◇◆◇◆
翌日朝。
ごくごく普通家庭に見られる朝の団らん・やりとりという茶番劇を終えた私は自宅を出発。バス、電車を乗り継ぎ、学校の最寄り駅である池袋を下車。
渋谷のハチ公と同等の知名度を持つ待ち合わせスポット『池フクロウ』の像を横目に見ながら学校までの道のりを歩いていました。
昨日は久しぶりに熟睡だった……
身体は絶好調だけど、やっぱなんか腑に落ちないよ……
よくよく考えたら、私が中田君とホテルに行ったというデマ情報を学校に通報したのは誰だったんだろう。
そう思うと自然に様々な仮説が私の頭の中をよぎりました。
仮説①
私に恨みを持つ人がでっち上げて学校に連絡した。
仮説②
通報者は私のそっくりさんと見間違えた。
このどちらかしかないよね……。
でもさ、少なくとも嫌がらせを受けるほど、人に恨まれるような事してないつもり。無意識に人を傷つける――そんな話もよくあるけど、絶対ないよ。
なんの根拠もない自信――言語化しろと言われたら、うまく説明出来ませんが、それだけは最近をどう振り返っても考えられませんでした。
そっくりさん?
いや、たかだか全校生徒80人くらいの小さな都内の学校だよ? 今までそんな人見た事ないし聞いた事もない。あ……でも、ホテルに入る後ろ姿だけだったら、私に限らずみんな何人かはいるかもね。いやいや、そもそも後ろ姿だけという不確定要素のみで、タレコミの電話まで入れるなんて普通に考えたらあり得なくない?
仮説③
そもそもそんな電話などなかった。
あの変な先生なら、悪質ないたずら……あり得なくもないけど、家族にまでわざわざ連絡してるんだよ? わざわざそんなめんどくさい事しないよね?
まあ、いいや。とりあえず、放課後にもう一度デマだって、あの先生に話さなきゃね。
◇◆◇◆◇◆
キ〜ン コ〜ン カ〜ン コ〜ン
クラスメイトといつもの形式的な挨拶、他愛もない会話を交わしたのち、始業のチャイムが鳴り響きました。
ガラガラ――
「おはよう――みんな早く席について。今日は転校生を紹介するわ」
滅多にない転校生というレアイベントが始まり、教室内はザワついていました。
そして入って来たのは、クラスの女子で人気投票をしたら、軽く5、6票は入るかも知れない風貌の180センチはあろうかという男子。
「中田君。とりあえず挨拶してね」
えっ?! 中田君?!
「中田氏真です。神奈川から引っ越して来ました。よろしくお願いします」
しかも略して中田氏?!
「じゃあ席は田中さんの後ろね」
「……」
勘弁してくんないかな?
私は昨日のあり得ない下ネタ生活指導教師の言葉を思い出し、背中を視姦されているような寒気を覚えました。
放課後に行こうと思ったけど、昼休みにすぐ行こう。
よくよく考えれば、もう終わった話。行ったからって特に何もない……でも、この時の私にはそうする事しか出来ませんでした。
その後、ゴマつぶくらいの砂利石が入っているような違和感のまま、午前中の授業をやり過ごし、お昼ご飯も食べずにツカツカと職員室にやって来ました。
コンコン――ガラガラ――
「失礼します――」
「あら。田中さん。どうしたの? 何か用?」
私を見て話しかけてきたのは、ドアの入口付近に机を構える担任の先生でした。
「あ、先生……いや、その、生活指導の――すみません。名前忘れたんですが、いらっしゃいますか?」
「生活指導? ウチの学校にはそんな先生いないわよ?」
「はい? えっ?! いない?」
「各担任が生活指導も兼ねてるのよ」
「……あっ! 思い出した! 小俣先生です!」
「小俣先生? そんな名前の先生いないわよ?」
「えっ!? ウソ……ですよね?」
私は背筋に寒さを覚えました。
いないってどういう事? そんなミラクルあるの?
灰になったような放心状態の私を察した先生は驚いています。
「……田中さん。どうしたの? ちょっと奥の部屋に行きましょう。話を聞かせて頂戴」
「応接室……」
「え?」
「昨日、校長室の隣……花瓶がたくさんある応接室で小俣先生と話をしたんです!」
「応接室? この学校の応接室は奥の部屋、校長室の隣は空き教室よ?」
「……」
仮説④
長い夢
「え? ど、どうしたの田中さん?」
「……」
私は、整理しきれない脳内で、情緒だけは一生懸命落ち着かせようとしましたが、自然と涙が頬を流れていくのを感じていました。
担任の先生は、立ち上がり私の両肩に手を添えて、職員室奥の部屋に連行していきました。その間、密かに自分の腕をつねり、夢であるという仮説を否定していました……
◇◆◇◆◇◆
「さ。ここなら誰にも聞かれないわ。事情を話して頂戴」
「……」
その後先生は深呼吸をして落ち着くように促しました。そして、私はざっくりとですが昨日起こった出来事を話しました。
「……田中さん。正直に言うわね。なんだかとても信じられない話だけど、あなたがウソを言っているようにも感じないの」
「はい……」
「あ、そうだ。その小俣先生? だったかしら。どんな先生だったの?」
「え? えっと、若くて背が少し高くて……髪は後ろで結っていました。なんか、一見クールなんですけど、下ネタ言ったりしてふざけた人でした」
「下ネタ?」
「あ、はい」
先生? そこ喰い付くとこじゃなくない。
「ごめんなさい。下ネタはどうでも……あ、クールな感じの小俣先生ってあんな感じかしら?」
「はい?」
ドアの真上に掲示していたため、入室した時は気づかなかった歴代校長の写真が3枚。先生はそれを指さしました。目に入ったのは女性の二代目校長先生。
「……う〜ん、写真はかなりおばあちゃんで髪も短いですが、なんとなく面影があるようなないような……てか先生! 怖い事言わないで下さい!」
「田中さん。私から見たら、さっきからあなたもかなり怖い事言ってるわよ?」
「……だって、私が言ったのは本当の事なんです……」
「わかったわ。今の段階では何がなんだかわからないから情報を整理させて頂戴。とりあえずその小俣先生とか応接室とか、私なりに調べてみるから。あと匿名の電話があったのかとかもね」
「わかりました……」
「さ、気持ちを切替えて午後も頑張りなさい」
「は、はい……」
私は、奥歯に青のりが貼り付いたような何か釈然としない気持ちは消えませんでしたが、先生の言うとおり今の段階では何もわからないのも理解していました。とりあえず、このモヤモヤした気持ちを伝えられた事だけで満足するしかない――それで妥協する事にしました。要は一時的に棚上げする事にしたのです。
「そう言えば田中さん、今日は柔道部の練習はあるのかしら?」
「え? あ、今日はありません」
「じゃあ、授業終わったら余計な事は考えないで、まっすぐ家に帰りなさいね」
「はい、わかりました」
◇◆◇◆◇◆
とは言ったものの、得体の知れない恐怖心とモヤモヤを全て棚上げ出来るはずもなく、私は授業が終わったあと気分転換も兼ねて、自宅近くの喫茶店で一人コーヒーを嗜む事にしました。
チリンチリン――
良かった……意外と空いてるよ……
「いらっしゃいませ。お二人様でしょうか?」
あれ? 店員さん今二人って言ったよね?
「え? いや……ひと……」
店員さんの目線が私と背後に動いたのを確認。思わずハッとして後ろを振り返りました。
「中田さん、こんなところであなた何やってんの?」
「えっ! 小俣先生っ!?」
間違いない。私の背後にいたのは紛れもなく先日話しをした小俣先生でした。
あれ? 店員さんも見えてるって事は幽霊とかじゃないよね?
――そんな呑気な考えがパッと浮かびました。
「寄り道はよくないけど、店員さん待ってるから早く座りましょ」
「あ、はい。とりあえず二人でお願いします」
「かしこまりました。あちらの窓際の席へどうぞ」
「あ、店員さん。とりあえずアイスコーヒー二つで」
「かしこまりました」
なんで席に座る前に勝手に注文してんの?
◇◆◇◆◇◆
改めて窓際の席で対峙している私と先生。テーブルにはとりあえず注文したアイスコーヒーが二つ。私は、なかなか本題をきり出す事が出来ないでいました。
「中田さん。今日は私、ビタ一文持って来てないからあなたの奢りでいいわね?」
「は、はい……。あと、私は田中ですから」
勝手に現れて奢れ? ほんとふざけた先生だよ……
「それに、奢ると私が誘ったみたいじゃない。間接的に校則違反を認める事になるでしょ? そうなると、後々めんどくさい事になるのよ。校長先生もうるさいし」
「……」
発言に毒を撒き散らす先生に気をとられていたのもありますが、不思議と恐怖心は湧きませんでした。
「あの……早速ですけど、担任の先生に話しをしたら、生活指導の小俣先生なんていないって言われました」
「そう」
「しかも応接室なんかないって。更に私気づいた事があるんです!」
「何かしら?」
「先生……こないだ、私にB組の中田氏とホテルに……って話しましたよね?」
「ええ」
「私の学年は生徒数の減少で、ひとクラスだけだからB組はありません!」
「よく気づいたわね」
私の反撃に対して、まったく悪びれもしない先生に最後の一手を浴びせようと決めた時――
ブーン ブーン ブーン
「あら? 電話のローター……じゃなかった、バイブ鳴ってるわよ」
「そんな事より先生! あなたは一体誰なん――」
目の前にいる小俣先生は手のひらを私に見せて言葉を遮りました。
「その前に私からいいかしら?」
「え? あ、はい。なんですか?」
「さっきから窓の外で――あなた、もう一人いるわよ?」
「……は?」
反射的に外を見る。けれど、そこには夕方の通りと、信号待ちをしている人たちしかいない。
「ど、どこですか?」
「ほら、あの電柱の横。今スマホいじってるフリしてる子」
「え……」
目を凝らすと、確かに制服姿の女子が一人。
――って、あれ私じゃない?
「いやいやいやいや! あれ私ですよね!? なんで外に私いるんですか!?」
「落ち着きなさい中田さん」
「田中です!! てか落ち着けるわけないでしょ!」
パニックになる私をよそに、小俣先生はストローをくわえてズズッとコーヒーをすすった。
「結論から言うわね。あれは未来のあなたの姿」
「は?」
「ほら。もう一度見て御覧なさい」
「え?」
窓の外の“私”は、誰かと待ち合わせしているのか、落ち着きなく周囲を見回している。
「あ〜来たわよ」
「……え? あれはたしか?」
「中田氏ね」
「……」
どういう事? 未来の私が見えてるのもビックリ仰天なんですけど、更に中田君と待ち合わせ? 訳わかんないですけど?
「つまり、あなたは近い将来中田氏真君と付き合うのよ。そして本当に鶯谷のホテルに行く……」
「……」
「私はあなたがラブホテルに行ってイク前に……止めに来た過去の人間よ」
「どっちもいきません!」
あれ? やっぱ私ってツッコミどこって違うの?
「そもそもなんで私があなたの交際を止めに来たか知りたい?」
「え?」
「本来はあなたが、どこの馬並みの骨ともわからない男子と付き合おうと私にとって関係ないわ」
「……」
馬の骨じゃない?
「けれども、私がわざわざ止めに来ないと、これからのあなたの学生生活は、地獄の業火でさえも生ぬるいくらいの修羅場が待ち構えている事が確定してしまうのよ」
「はい?」
私は外にいるもう一人の私と、先生のおどろおどろしい言葉の両方が気になり、わけがわかりません。
「それはなぜか? それはあの中田君は両刀使いだからよ。つまりバイセクシャルね」
「えっ?! バイセク?」
「あら? あなたバイセクシャルという言葉は知らないのかしら?」
「し、し、知ってます!」
異次元の情報連打に私の脳内は大混乱。
「バイセクシャルの方と付き合って、もし二股されたら? しかも、相手は男性だったら?」
「……」
「ねっ。地獄の業火なんて生ぬるいでしょ?」
「……」
「あまりのビックリに言葉も出ないようね。でも、本当に驚愕するのはこれからよ」
「はい?」
「あなたと中田氏が付き合う近い未来、そして二股をかけられる未来。その相手はあなたの一番身近にいる人間なの」
「え?!」
「弟さんよ」
「……え?! え〜っ!」
「つまり、あのタレコミ電話は弟さんの仕業。正確に言えば未来ね」
「……ちょっと待って下さい! 何がなんだかわかりません! もう一度説明して下さい!」
「いやよ。めんどくさいわよ。家に帰って犬の散歩しながらでも情報を整理して理解しなさい」
「……犬なんか飼ってませんってば!」
いてもたってもいられず、次の瞬間私は人生最速でレジへと走った。そして有人レジではなく、セルフレジで速攻会計を済ませ無造作にレシートを握り外へ。
しかし、そこにはもう一人の私の姿は既にありませんでした。
もちろん喫茶店内を再度窓越しに見るも小俣先生の姿もありませんでした。
◇◆◇◆◇◆
その後、私はもう一人の私がいた電柱に行き、放心状態で立ち尽くしていました。今の私にはそうする事しか出来なかったのです。
そしてトボトボと家に向かい歩きながらスマホを確認。さっきの電話誰だっけ……
「田中さん」
「うわっ! せ、先生?!」
またしても後ろから話しかけてきたのは担任の先生。
「あなた、こんな時間まで外にいるなんて、まだ家に帰ってなかったのね」
「あ、はい……すみません。せ、先生こそなんでこんなとこに?」
「実は最寄り駅は田中さんと同じなの」
「え? そうなんですか?」
「そうよ。例の件で伝える事があって、あなたの家に行こうと思ったけど迷ってしまったのよ」
「わざわざ家に? 電話でも――」
「したわよ。あなた出なかったじゃない」
「……」
さっきの電話……
「でも、ちょうど良かったわ。そこの喫茶店でお話ししましょう」
「……」
「どうしたの?」
「いや、実は……わかりました。とりあえず入りましょう」
私と担任の先生は喫茶店へ。
当然、さっきの店員さんがいて、私の二度目の来店に若干不思議そうな顔をして同じに席に案内されました。
そして、テーブルにはホットコーヒー✕二が並んでいる中、私はさっきの出来事をすべて説明しました。
「……というわけなんです」
「――わかったわ。何から話せばいいかしら……あ、そうだ、あなたが出会った小俣先生なんだけど……」
「はい……」
「やはり、写真が飾ってあった二代目の校長先生よ」
「えっ?!」
「小俣薫先生。今から五年前に亡くなられたそうよ」
「……」
サラッと衝撃の事実を話す先生。
本来であれば背すじが凍る内容でしたが、あまりにふざけた先生の言葉を思い出し、不思議と落ち着いていました。ある程度の予測、覚悟が出来ていたようです。
「信じられないけど、あなたが見てお話しもした小俣先生は……」
「幽霊……みたいな?」
「そうね」
「でもなんで私の前に現れたんでしょうか?」
「さっきあなたに対して小俣校長先生が言ってた事、そのまんま受け取ればいいんじゃないかしら?」
「そのまんま?」
「小俣校長先生が担任を受け持っていた頃の教職員会議議事録に、当時付き合っていた男女の生徒が鶯谷のモーテルに入ろうとして、受付に止められた……そして通報されて補導されたって記載があるわ」
「……」
モーテル……って……昔だからか……
「ちなみにその女子生徒は中田さん。男子生徒は田中さん」
「えっ?! あ、私と中田君の逆だ」
「小俣校長先生にとって、ショックな出来事だったんじゃない? だから、どんな方法かは知らないけど、わざわざ現れてまであなたを止めた」
「……じゃあ近い未来に私と中田君は……」
「付き合ったんじゃないの? そして、そのバイセクシャルも本当なんじゃない? ちなみに、弟さんにその卦はあるのかしら?」
「……わからないです」
つまりこういう事?
中田君と私が付き合う→弟も中田君と付き合う→それを知った弟が嫉妬した腹いせに学校へ暴露した。
ちょっと待って? その未来が本当だったら弟ってどんだけなの?
そして、私の脳内整理を察した担任の先生は、コーヒーを静かに一口飲んだあと、真顔で私に語りかけます。
「田中さん。いい? よく聞いてね。信じられない事だけど、あなたが出会ってお話しをした小俣校長先生は幻ではない……話した内容もすべて現実の出来事だと認識し、とりあえずありがたい忠告として受け入れる事にしなさいね。だから、彼女の言葉を信じてしばらくは身を慎みなさいね」
「は、はい……」
「ぐちゃぐちゃ考えこんだって仕方ないんだから……ね」
「わかりました」
「また、小俣校長先生とお話したらすぐに報告にきなさいね」
「わかりました。ありがとうございます」
◆◇◆◇◆◇
その夜――
「あ、あのさ……」
「なんだよ姉ちゃん。そんな改まっちゃってさ」
「あんた、今好きな人はいるの?」
「え? なんだよ急に」
「いや、ほら、昨日私も聞かれたからさ。一応あんたにも確認しとこうかな? って、なんてね」
「……好きな人と言うか気になる子はいる」
「え?! ち、ちなみにその人は女の子?」
「は? どういう意味だ?」
弟は蔑んだジト目で私を見ています。
「あ、いや、ほら、最近学園BLが流行って……いや、違うの!」
「あのさ……そんなマンガみたいな話あると思ってるのか? 人に真面目に聞いといてそれはないだろ?」
「あ、うん、ご、ごめんなさい!」
これはない。
一応、双子として17年間一緒に過ごして来た自分にはわかる嘘偽りない弟の言葉。てことは今の段階では弟にその卦はない――ちょっと待って? じゃあ、中田君が弟の眠っていた性癖を覚醒させた?
その後はどんな子なのか? 等の当たり障りのない、形式的な会話と表面上のみの励ましを済ませ、眠りにつきました。
翌日から、私は鉄壁の中田氏防御策を展開。接点を持たない、目を合わせない、会話しない、後ろの席は花瓶だと思うを徹底的に実施し日々を過ごしました。その甲斐あってか、小俣先生は現れる事はなく、いつもの日常を過ごしていました。
そして一ヶ月後――
「みんな。中田君が転校する事になったの」
「え!?」
転校してきてわずか一ヶ月後の超展開にざわつく教室。
乗り切った! やった!
私は机の下で謎のガッツポーズ。
「先生っ!」
突然中田君は立ち上がり、手を上げて叫びました。そして当然の如く全員が中田君を凝視。
「中田君、どうしたのかしら?」
「最後だから挨拶させて下さい!」
そう話す中田君は既に教壇に向かっていました。そして問答無用に挨拶を始めました。
「みんな。短い間だったけど、ほんとに……ほんとにありがとう!」
威勢良く右手を上げて叫ぶ中田君にクラスメートはおーっ! と盛り上がる。
「実は……最後に言わせて欲しい」
皆がなに? なに? と息を呑む。
「俺……俺は……田中が……田中琴音が好きだ!」
おおおっ!!!
どよめく教室。
は? なに言っちゃってんの?
「ずっと避けられてるみたいだったけど、俺はずっと見てたんだ! 好きだ!」
恥ずかしくて死にそう……
突然の告白。笑いとドラマチックな感動の渦が交錯する教室内。どよめきの中にキャーッ! という女子の悲鳴も混ざる。
ここは空気を読んで、完全にOKと言わざるを得ない雰囲気の中、私は「嫌です!」と一刀両断。
シラける教室内にも「ごめんなさい! 絶対無理!」とお構いなしに中田君を谷底へ突き落としました。
◇◆◇◆◇◆
「えっと……」
「ちゃんとはっきり断って偉かったわね」
帰宅時『池フクロウ』の前で小俣先生と当然のように鉢合わせ。
そして先日の喫茶店までの交通費を奢らされた挙句、窓際の同じ席でコーヒーをすすりながら困惑する私をよそに、ふんぞり返る小俣先生。
「あの中田氏なんだけど、両親の仕事柄引っ越しが多く、同じ手で何人も女の子をやり捨てしてたらしいわよ」
「え? てか、あんなやり方で?」
「ええ。そっちのほうが信じられないわよね」
「……あの、ところで……」
「なにかしら?」
「先生は幽霊……ですか? 小俣先生は亡くなったと聞いたんですが?」
「私が幽霊だろうが異世界人だろうが宇宙人だろうが、なんだっていいじゃない」
「え?」
「大事なのは、あなたが中田氏と付き合って傷つくのを回避出来たという事だと思わない?」
「……ま、まあそれはそうですけど」
「でもね、恋愛で傷つくというのは人生という大きな視点から見たら、あなたが成長する上で必要なものだとも思うわ」
「え? じゃ、じゃあなんで現れて私に忠告したんですか?」
「あなたが私の産まれ代わりを出産するからよ」
「えっ?!」
「人間でも動物でも死んだら生まれ代わるでしょ? あなた、そんな事も知らないの?」
「……」
そんな事知らないし、考えた事もないんですが? 常識だよ? みたいな口調でディスるのやめて欲しいんですが?
「そんなのあり得なくないですか?」
「まあ、信じられないわよね。でも将来、あなたの子供の部屋はたくさんの花瓶や植木、観葉植物が並ぶわよ。もちろん、母親のあなたは、水やりや交換などやらされる事になるわ」
「……」
「輪廻転生? だったかしら? 色々な物事は円形でそうやって巡り巡って廻っているのよ」
小俣先生の話はわけがわかりません。しかし、現実に目の前には私の危機を忠告・回避してくれた小俣先生はたしかに存在しています。しかも、アイスコーヒーをすすっています。とりあえず話を進めよう……
「あと……」
「なにかしら?」
「弟はバイセクシャルじゃなかったんですが……」
「あなたもめんどくさい生徒ね」
「はい?」
「なんでもかんでも伏線を回収しようとするんじゃないわよ」
「……」
「双子だからって、弟さんの全てを知ってるつもりにならない事ね」
「……」
「とにかくあなたの学生生活はまだまだ続くわ。部活に勉学、セルフサービス……しっかり悔いのないように励みなさい」
「はい……」
「あ、もうこんな時間じゃない。早く帰りなさい。私はもう少しゆっくりしていくから。ちなみに私がビタ一文持ってない理由はわかるでしょ?」
「……」
その後会計を済ませ店の外から小俣先生を確認するも、その姿はありませんでした。
こうしてデマから始まった私の危機は、弟の眠っていた性癖を呼び覚ます事なく、無事終わりました。
◇◆◇◆◇◆
ガチャ
「え?! なにこの本?」
帰宅し部屋に戻った私は、弟の机の上にあった本に驚愕しています。
それはなんとイケメン男性2人が寄り添っている表紙の本――つまりBLの小説だったのです。
ガチャ
「あ〜姉ちゃん、おかえり〜」
直後、私はその本を持って驚愕しているところを入室する弟と鉢合わせ。
「ちょっと! なにこの本?」
「あ〜それか? ほら、こないだ気になる女の子いるって言ったろ? その子に借りたんだよ。そういうの好きみたいなんだよ」
「なんだ……ビックリしたよ」
「まだ途中なんだが、結構面白いぞ。なんかドキドキしたぞ」
「……」
小俣先生……どうしよう。
明日も来てくれないかな?
『仕方ないわね。明日の放課後、いけフクロウで待ち合わせね』
ため息混じりにそう話す先生の声が聞こえたような気がしました。いや、たしかに聞こえました。
《完》
私は中学、高校途中まで池袋を乗り換え駅として利用していました。学校も近いため、生徒が帰りに寄り道して遊ぶのは決まって池袋or高田馬場でした。休日遊びに行く際に『池フクロウ』は待ち合わせ場所に使っていました。
だから、私にとって一番メジャーな待ち合わせスポットは、渋谷のハチ公より『池フクロウ』なのです。しかも『不苦労』とされ縁起の良い場所でもあるのです。
今はどうなっているのか? 存在しているのか? これを書き終えた後、調べてみようかと思います。




