第5.5章 Spring of Life
午後2時30分。
尾頭橋のアパート。
鏡の前で、こはるは最後の確認をしていた。
水色のワンピース。
ベージュのカーディガン。
白い小さな肩掛けバッグ。
髪も、いつもより少し丁寧に整えてある。
「……よし」
今日は、みどりとトゥモローと三人で大須に遊びに行く。
玄関のドアを開けると、コンビニから帰ってきた俺がいた。
「行くのか?」
こはるは少し照れながら笑う。
「うん」
「どう?」
俺は少し驚いた顔をする。
「……なんか今日、大人っぽいな」
こはるはちょっと得意そうに笑う。
「でしょ?」
俺は肩をすくめた。
「今日は女子会、楽しんでおいで」
こはるは元気よく頷く。
「うん!」
「行ってきます!」
階段を降りていく。
俺はベランダに出た。
尾頭橋の住宅街。
春のやわらかい風。
こはるが歩いていく。
途中で振り返る。
俺は手を振る。
こはるも大きく手を振り返した。
そして駅へ向かって歩いていった。
姿が見えなくなる。
俺は小さく笑った。
「さてさて……」
部屋に戻り、アイロンをかけておいた白いシャツを着る。
黒いカーディガンを羽織り、財布をポケットに入れる。
「鬼の居ぬ間に」
玄関の鍵を閉める。
「こっちはこっちで楽しんじゃいますか」
⸻
尾頭橋駅。
こはるは駅まで歩く。
東海道線。
電車が入ってくる。
尾頭橋 から 金山。
さらに、地下鉄に乗り換えて、上前津へ。
地上に出て少し歩くと、東仁王門通りの
巨大な招き猫のオブジェが迎えてくれた。
「楽しみ」
こはるは少しだけ弾むように歩いた。
⸻
一方その頃。
午後2時50分。
俺は山王駅から名鉄に乗り、名古屋駅へ向かった。
桜通口の金時計前。
人混みの中で、すでに二人がいた。
そうた。
かずし。
お馴染みの2人だ
「おー」
そうたが手を上げる。
「遅え」
「まだ3時だぞ」
そうたがニヤニヤする。
「今日は昼飲みだぞ。今からエンジンかけんとかん」
「俺酒弱いんだけど」
「知っとるわ」
三人で笑った。
⸻
大須のカフェ。
こはるが店に入ると、みどりが手を振る。
緑がかったショートボブ。
今日は少しだけおしゃれしている。
トゥモローはいつも通りの格好でジュースを飲んでいた。
「おー」
「遅いぞー」
「ごめん」
トゥモローがじっと見る。
「てかさ、今日かわいいやん」
「え?」
みどりが言う。
「おっ!化粧しとる」
「ちょっとだけ!」
三人で笑った。
⸻
しばらくたわいも無い話しをしたあと。
トゥモローがニヤニヤする。
「なあ」
「ぶっちゃけさ」
「好きなん?」
「え?」
みどりが淡々と言う。
「持ち主」
こはるは固まる。
「……」
「絶対あるやろ」
「距離近すぎ」
「違うし!」
こはるがすぐに反撃する。
「じゃあトゥモローはどうなん?」
「は?」
「かずしのこと」
トゥモローが真っ赤になる。
「なんでやねん!」
みどりが笑う。
「図星やな」
「ちゃう!」
こはるはさらに追い打ち。
「みどりは?」
「そうた」
「うるさい!」
三人とも赤くなる。
少しの沈黙。
そして同時に吹き出した。
「なにこれ」
「女子会っぽい」
⸻
カフェを出て、大須の街を散策した。
古着屋。
雑貨屋。
アクセサリーショップ。
「これ可愛いやん」
「派手すぎ」
「でも似合うと思うよ」
三人で笑いながら歩く。
それから
矢場町の方向におしゃべりをしながら歩いていたら、気がついたら夕暮れの栄に到着した。
街が少しずつ夜に変わっていく。
女子会第二ラウンド。
イタリアンの店。トゥモローが予約してくれていた。
「乾杯!」
グラスが軽く鳴る。
料理が並ぶ。
トゥモローがニヤニヤする。
「そういや、みどり」
「白バイ捕まった話して」
「やめろ」
「知多ツーリングの時やろ?」
みどりはため息をつく。
「普通に走っとっただけや」
「嘘つけ」
三人で笑う。
こはるが思い出したように口を開く。
「でも、あの日すごかったよ」
トゥモローが食いつく。
「なになに?」
「最初、全然ついていけなくて」
「みどりもそうたさんも速くてさ」
みどりが小さく笑う。
「頑張っとったやん」
「頑張ったよ!」
こはるは少しむくれる。
「で、急に後ろから白バイ来て」
「気づいたら二人とも止められてた」
トゥモローが吹き出す。
「最悪やん」
「でしょ?」
こはるも笑う。
「そうたさんめっちゃ謝っとって、みどりはめっちゃ気まずそうで」
「それ見たかったわ……」
みどりは視線を逸らす。
「おもんないって」
でも、少しだけ笑っていた。
こはるはふっと表情をやわらかくする。
「そのあと、新舞子に行って」
少し間。
「私、あの時初めてちゃんと海見たんだ」
「え、初めて?」
「うん」
「すごくてさ」
「水がずっと動いとってね」
「風も違って」
「遠くに船も見えて」
少しだけ声が静かになる。
「世界って、思ってたより広いんだなって思った」
トゥモローは何も言わずに聞いている。
こはるは少し照れながら笑う。
「みどりが連れてってくれなかったら、知らなかった景色なんだよね」
みどりはそっけなく言う。
「……大げさやな」
「大げさじゃないよ」
こはるはすぐに返した。
「ほんとに変わったもん」
少しの沈黙。
トゥモローがふっと笑う。
「ええやん」
「そういうの」
そしてニヤッとする。
「ほな次は、あたしがもっとヤバいとこ連れてったるわ」
「なにそれ」
「期待しとき」
みどりが呆れる。
「また無茶する気やろ」
「青春やし」
三人で笑った。
⸻
その頃、男子会。
すでにベロベロだった。
「お前さ、距離近すぎ」
「相棒だろ」
「ほんまか?」
「そのうち怒られるぞ」
「もう怒られとる」
3人でゲラゲラと笑った
⸻
気がついたらすっかり夜になっていた。
ネオンの街。
女子三人でセントラルパークを歩いていると
LINEが同時に鳴った。
「……あいつ」
「あ、ダーリンつぶれてもうた……」
「あー! やっぱり! もう!!」
三人で顔を見合わせる。
「行くか」
「行くしかないな」
「……尾頭橋だね」
⸻
アパート。
ドアを開ける。
電気つけっぱなし。
空き缶。
コンビニ袋。
床には男三人。
いびき。
酔い潰れ。
「早すぎやろ」
みどりはいびきをかいてるそうたの顔を
指でツンツンしてる
「おーい夜はこれからやぞー」
トゥモローが面白そうに声をかけながら
潰れたかずしの写真を撮っていた
こはるは苦笑する。
「だから言ったのに」
三人で笑う。
「まったく」
「男ってやつは」
こはるはしゃがんで、俺にタオルケットをかける。
「……しょうがないな」
苦笑いを浮かべながら窓の方を見る。
葉桜も薄くなり、青葉が増えた時期特有の、心地よい春の夜風が窓から入ってくる。
穏やかな夜だった。




