第8話 原初と歴史
「これが、私の学園生活のころの話……全部、話したよ」
「そっか。そっかぁ……」
シェリアは、アリスの話をゆっくりと噛み締めるように言葉を漏らしながら厳しい顔で少し下の方を向いていた。
「だからアリスはあの時、『少しずつ置いて行かれた』って、苦しそうに話してたんだね」
「うん……」
「そっかぁぁ……こうして、私にすべてを話してくれてありがとう、アリス。君のおかげで、久しく忘れていた感情を思い出すことができたよ」
「怒って、くれているの?」
「そうだね。百年……たった百年でそこまで腐ることってできるんだね。あいつにちゃんと謝らないといけなくなっちゃったな。それに、ちょっと『お話』をしないといけないからね。特に、歴史を全く違う形に書き換えてしまっていること。ちゃんとした歴史書、もう一回書かなきゃいけなくなっちゃったし」
「あはは。シェリア、ちょっと楽しそう」
頭を抱えてぶつぶつと話しているシェリアに、アリスは無邪気な声で笑いながらそう言った。
「ねぇアリス?何を思って私が楽しそうに見えているの?」
「私じゃなくてもそう思うよ。ね、にゃーこ」
いつの間にかアリスの膝に座っていた猫に、アリスが話しかけた。「にゃーこ」という、シェリアも知らない呼び方で。猫は、嬉しそうにうなづきながらアリスの手に頭を摺り寄せていた。
「呼び方については後で聞くとして……なんでそう思ったの?」
「だって、私が出会ってから一番生き生きした表情してるもん。いつもは何かを待っているって感じだけど、今は自分で動こうとしてこれからのことをずっと考えているっていう、なんというか、この状況を楽しんでいるみたいだなって表情してる。なんか、親近感わいちゃったかも」
「……まぁ、楽しんでいることは否定しないよ。でも、それ以上に今は怒ってるかも。少し誇張してるとか、史実を踏まえたうえで教育のために変更したとかなら、問題はないんだけどさ。さすがに目に余りすぎるかな」
「人間、嫌いになった?」
「それはない。怒ってるだけ」
「相変わらずだね。でも、それがシェリアって感じがする。シェリアが人間のことを嫌いになったら、偽物じゃないかって疑っちゃうもん」
「何それ……でも、誉め言葉として受け取っておくよ。ありがとう」
二人は、さっきまでと正反対の明るい表情で笑い合った。
ひとしきり笑った後、シェリアが「ふぅ」と一息ついてから空中に魔法陣を展開し始めた。魔法陣からは分厚い本が二冊出てきた。一冊は読み込まれている本で、一冊は新品のような本だった。
「すごい太いね……それを今から書き写すの?」
「全部じゃないけど、この歴史書の大部分は書き写すよ。あ、せっかくだし、書き写しながら昔話をしてあげよう。正しい歴史がどのような形で進んできたのかとか、私と魔王の間に結んだ『誓約』がどのようなものであったのかとか。他にも、私だから教えられることも教えてあげよう。私がいなくなった後も、『正しい歴史の語り部』は必要になるからね」
「ほんと!?やったー!ありがとう。私、歴史の話とか大好きなんだ」
「それは頼もしいね……そっか。歴史が好きで、フレイザの所で正しい歴史書を読んでいたから、歴史の教科書が明らかに書き換わっていたことに気づけたんだね」
「もちろん。それに私、記憶力にも自信があるからね。だから、今まで読んだことがある本の内容とか、誰に出会って何をされたのかとかはしっかり覚えてるんだ。だからまぁ、未だにつらい記憶を乗り越えることができていないんだけどね」
「それは、無理して乗り越えるものでもないよ。その記憶に向き合うことができなくても、思い出して眠れなくなっても、生きていくことはできるからね。生きる以上に、人生という『最高級の遊び』を満喫する条件は存在しないからね」
「すごい説得力……これが、『原初の魔』の力?!」
「何意味わかんないこと言ってるのさ。さ、今日から少しずつ書いていくよ。心の準備はいいかい?」
「もちろん!」
机いっぱいに本を広げ、シェリアは歴史書の模写に取り掛かり始めた。書いている部分の歴史について、アリスに読み聞かせながら。
「まず……この世界の始まりは、『神』と呼ばれるような存在が自分自身を素材にしていま私たちが過ごしている『世界』という概念と、この場所を創った。この場所を発展させていくための、自分の分身のような生命体二つと共に。この二つの生命は『原初の魔』と呼ばれ、一方は世界のバランスの管理者としての『原初の魔王』、もう一方は力の管理者としての『原初の魔女』。まぁ私なんだけどさ」
「なんというか、そんな軽い感じで言うことじゃないと思う」
「肩書なんてこんなもんでしょ。えっと……最初、私たちは実体がなくて、本当に揺らめいているだけの存在だった。それを不便に感じたから、二人で二種類の魔性生物を創り出した。一つは今の私と同じ形の『ファリー』、もう一つは今の魔王と同じ形の『シェイアス』……あ、魔王は見たことないよね。なんて言えばいいかな。ざっくり説明すると、魔物の『ホロウナイト』みたいな、とげとげの鎧の中に人間みたいな形をした真っ黒い煙みたいなものが入っているって感じ。その二つの魔性生物の中に入って、『世界』の旅を始めた。こんなちんちくりんな私と、五メートルくらいはある大きな魔王。そんな二人で世界をすべて歩き回った。本当に何もない世界だったから、魔法で植物を創りながらの旅になってたんだよね。この森は、私が一番最初に作った植物たちの子孫が残ってた場所なんだ」
そこまで話して、シェリアは文字を書く手を止めた。
「今日はここまで。旅に出るまでまだ時間はあるから、このペースで進めていくよ」
「は~い!あ、一つ質問です」
「どうぞ」
「『ファリー』と『シェイアス』にあたる種族は、今シェリアと魔王以外にいるの?」
「いないよ。最初の概念的存在だったからこそ作ることができた、極めて純度の高い『魔』によって創られているから、それ以降は創ることができていない。それができてたら、こんなややこしい形で継承していこうという決まりにしてない」
「あ~……もしかして、契約の後から私とシェリアが魔力の底から強くつながっているのって、私が『人間』から『ファリー』になるために必要だからってこと?」
「そう。とはいえ、遺伝子的に『人間』からは私と同じ顔と魔力の質を持った子が、『魔族』からは魔王と同じ顔と魔力の質を持った子が生まれることはわかってたから……あとはいつ生まれるのかって感じだったんだ」
「なんでそこに確信があったの?」
「えっと、私が創った魔物の中に『人間』がいて、魔王が創った魔物全てが『魔族』になったから、全員に私たちの遺伝子の一部が入っているんだよ。魔物が『魔力』を持っているのは『原初の魔』の私たちの遺伝子の一部が入っているからなんだ」
「なるほど。ありがとう!今まですっきりしていなかったところが一気に解消したよ」
「それならよかった。さ、そろそろご飯にしましょう。明日からも大変な日々が待っているからね」
「は~い!」
いつものように、シェリアは何もない机にどこからか取り出した木の実を並べた。どの木の実も取ったばかりのように瑞々しい色合いをしていた。
当たり前のような非日常。学園に通っている時間で荒み切ったアリスの心を治す、最高クラスの薬がここにあった。




