第4話 戦争と『罪』
約100年。
それが、シェリアが人間から離れた時間だった。
「託した」と。この言葉に嘘はない。だが、その経緯は「託す」というには少し横暴なものだったと、シェリアは今でもふと思う。
今となっては、純正の弟子はフレイザ=氷嘉のみとなってしまったが、あの時は100人もの弟子がいたのだ。弟子は全員シェリアの持つ「原初の魔力」の一部を持っていたが、正確に使いこなせていたのはフレイザ=氷嘉一人だけであった。
・・・
「これは、ちょっとした前置き。これだけは、この後の話を聞く前に知っておいてほしいことだったから。」
「ゆっくりでいいよ。私にもそう言ってくれてたでしょ?」
「ほんと、少しの間でこんなにも成長しちゃって。これはさすがに未来安泰かな」
シェリアは、優しくアリスの頭に手を乗せ、そっとなでながら話を続けた。
「もともと、私が人間から離れるために弟子を取ったんだよね、あの時。あの頃はみんな私の考えに賛同していたし、志を継いでくれる人を選んだつもりだったんだけど……いやぁ……じゃあ間違ってたのかなぁ。なんで100年越しに後悔してるんだろ、私」
「う~ん、それはシェリアよりも弟子の人たちが悪い気がするけど……」
「ありがとう、アリス。でも、あの時のことは今でもずっと私の罪だと思ってるから……だから言いにくかったんだよね。でも、ここまで話したし、続き話すね……」
「…………お願い」
「えっとね……少し話は変わるんだけど、あの時私と魔王の関係ってほとんど最悪だったから、私が何かしたらすぐに戦争になってたの。基本的に魔王が私のことをただ気に入らないって感じで戦い始めてたんだけど……戦い自体はお互いに全力でやってた。もちろん、殺す気で」
「どれくらい、戦い続けていたの?」
「1000年くらい」
シェリアは立ち上がり、服の裾を軽く払いながら遠い場所を見るような表情を浮かべた。その目ははるか過去を懐かしんでいるように、アリスの目に映った。
「戦っていたのは私。残りの弟子や教え子たちは人間たちの避難と、街の守護魔法の維持をしてもらっていた。最終的に勝つのはいつも私だったけど、それでも魔王はしつこく戦いに来てたんだ。最終的に、魔王が戦う前に負けるまで」
「そんなにも実力差が……」
「あの時はまぁ、私が魔法を極めすぎていたというのはあるけども……こう言ったらなんだけど、それはどうでもよくて」
シェリアにつられて立ち上がったアリスの方に視線を戻し、一度不器用に笑ってからさっきと同じような目で少しうつむいた。
「その後、平和協定を結ぶときに魔王に言われちゃったんだ。『このままずっと人間をお前が率いるのか?』って。その時私、急にどうすればいいのかわからなくなった。このまま私が率いれば、ずっと安定した世界になる。でもそれは、本当に人間の創り上げている世界なのかなって……」
シェリアの声は、震えていた。苦しくて悔しい、そんな風に。
「だから私、逃げちゃったんだ。魔王に、『わからない』って返したの。その後はもう、わかりやすかったよね。わからないって答えておいて、私はすぐに人間から手を引く準備を始めたんだ。一気に適性の高い100人を集めて弟子にした。その全員が一人前になったのを確認して……そっと人間の世界から手を引いた。そして今、この場所につながっている」
「……もしかして、その選択が『罪』ってこと?」
「うん。フレイザが私の魔力の一部を持ってるから、それを通じて人間の世界の映像が夢みたいに流れ込んでくるときがあるの。その夢から覚めるたび、私があの時に別の選択をしていれば……って気持ちになるの」
そこまで言い切って、シェリアは穏やかな目をアリスに向けた。
「これが私の罪。そして、アリスがこれから背負うか、選択することができる罪」
「選択することが……できる?」
「うん。私が死んだ後に、人間の世界を治めることもできるし、もう一度この場所に戻ってくることもできる。人間の世界を治めるなら、罪を背負う必要はない。もう一度ここに戻って来るなら、アリスは私の罪を引き継いで背負うことになる。これは今すぐに選択する必要はないけど、いつか選ばなくちゃいけない」
シェリアの言葉を聞いたアリスは、ゆっくりと首をかしげた。
アリスにとって、シェリアの話したことはあまりにも現実味のないもので、まるでおとぎ話のようなものなのに、不思議とすべてが真実であるように信じられるものだった。しかし、ただ一つだけ全く納得できていないことがあった。最後の「罪」についての話、ただそれだけが。
「純粋な疑問なんだけど、それって本当に罪なの?」
「……『罪』だよ」
「なんで?聞いていた感じだと、確かに引き方は横暴に感じる人はいるかもしれないなって思うところはあったけど……なんでその選択が罪になってるの?」
「選択そのものが『罪』だったから……かな。今の今でも出すことができてない選択の答えを、あの時に出したこと。あの場で選択する必要はなかったし、ちゃんと答えが見えるまで選択を先延ばしにすることだってできた。でも、あの時逃げるように選択した。だから……うわぷっ」
シェリアが言い切る前に、アリスが魔力で作った少量の水を顔にぶっかけた。唐突のことに面食らってしまっているシェリアに、アリスはもう一度水をかけた。
「わっ……!ちょっ、待っ……!」
その後も何度も何度も水をかけ続けられ、全身びしょびしょになったシェリアはもうアリスがやめてくれるのを待つことしかできなくなった。
「……頭冷えた?」
「頭どころか全身冷え冷えだけどね……どうして、こんなことしたの?」
「正直、さっきのシェリアが何を言いたかったのか全然わからなかった。ただ、なんでこの場所で人間のことについて罪を感じてるのかなって。私はまだ16歳だから、世界のこととか、人間のこととか、魔王とか魔物とか、わからないことだらけなのは変わらないんだけど……でも、そんなことよりも、シェリアの考えてることが本当にわかんないんだよ」
アリスは、声音に少しの怒りを乗せて話した。
シェリアは、自分に対してここまで明確に言葉で戦おうとしてきた相手が初めてだった。そのせいもあってか、シェリアは少し笑みを浮かべた。
「そっか……そうだよね。でも、16歳……16歳かぁ」
「さっきの話の流れでなんでそこなの?!」
「それじゃあ、アリスは今からたくさんのことを見て、聞いて、覚えて、忘れて……退屈なんて存在しない、楽しい日々を過ごしていくんだね」
「な、なにその顔。なんか、すごい不気味なんだけど」
「うん、くよくよするのは……これで最後にする。さっきはごめんね。それと、ありがとう。これですっきりした心で旅に出られそうだよ」
「え?えぇ……?」
アリスは完全に置いてきぼりといった感じで、全身びちゃびちゃになり、体を滴る水滴を木漏れ日に照らしているシェリアをぽかんとした表情で眺めていた。元はと言えば、アリスがふと気になったことを聞いただけだった。それがこんなことになったうえ、『原初の魔』の人間らしいところを見ただけでなく、過去と対面したうえで乗り越える姿を見た――というより、その手助けをした。質問からここまで、わずか数時間の出来事であった。
「私はもう腑に落ちてるけど、シェリアは何がなんやらって感じだよね。じゃあ、私からアリスに人生の宿題をあげる」
「しゅ、宿題?」
「まぁ、宿題って言ってもそんなしっかりしたものじゃないよ。次の後継者……つまり、アリスが私と同じ状況になって、旅の終わりに私のところにきて……その時に、アリスなりの答えを教えてほしいんだ」
「そ、それならまぁ……」
「うん、ありがとう。これで、長い清算の時間を終わりにしよっか。おいで」
アリスの思考がおぼろげになり始めていることを察したシェリアは、優しく抱きしめた。少しずつ瞼が落ち、意識の糸がかすかにつながっているような状態のアリスに、耳元でささやいた。
――アリスにとって、「罪」は何?




