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第3話 魔障と過去

 太陽が昇り始めた頃、先に目を覚ましたのはシェリアだった。

 シェリアは、まだ眠っているアリスを起こさないようにアリスの体勢を変えた。布団代わりに使っていた魔法を解き、アリスを寝転がせて膝枕を始めた。


「ふあぁぁ~……久しぶりによく寝た~」


 腕が自由になったのを良いことに、上半身を目一杯伸ばしてのびをした。その様子を見ていた動物たちが徐々に寄ってきて、いつも通り朝ご飯の木の実を持ってきた。今日の木の実がいつもよりも多かったのは、皆がアリスのことも考えてくれているからだった。

 動物たちは木の実をシェリアの体の横に置くと、2人を囲むように、そっと地面に腰を下ろした。


「今日もありがとう。もしかして、お話したい?」


 シェリアがそう聞くと、動物たちは嬉しそうに頷いた。この場所にいる動物たちは、この場所に来るまで怯えたまま暮らし続けていたところをシェリアに救ってもらった過去がある。だから全員がシェリアのことが大好きで、毎日のようにお話できることを楽しみにしているのだ。だから、本来は侵入者に対して攻撃的になる動物たちが、シェリアに似ているアリスが来たときには何もしなかったのだ。


「ふふっ。みんな話したいのは分かったから、順番ね。話したい子は手を挙げてね」


 動物たちは一斉に手を挙げた。その様子を見て、周りで見ているだけだった動物たちがどんどん集まってきた。それでもちゃんと1匹1匹、順番を守ってシェリアとお話を楽しんでいた。話の内容は小さなものばかりだったけど、その全てを真摯に聞いて受け答えをしていた。

 太陽が完全に昇り、木漏れ日が眩しくなり始めた頃、動物たちのお話が一段落して一部の眠ってしまった子達以外は自分の家に帰っていった。シェリアは、まだ眠ったままのアリスの頭を優しく撫でながら、微笑んでいた。


「ん……んぅ…………ん?」

「あ、アリス起きたんだね。おはよう」

「おはよう……ございます。それであの、これは?」

「膝枕だよ。ふふっ。あまりにも気持ちよさそうだったから、起こすのも申し訳なくてね」

「いえ、それは良いんですが……その、こういうのは慣れていなくて」

「何も気にしなくて良いよ。それに、私はしばらくこのままでも大丈夫だから」

「そ、そんなわけには……!」

「もしかして、私に膝枕されるの嫌だった?それなら申し訳ないことをしたね」

「いえ、むしろ私が申し訳ないといますか……本当にこのままで良いのか分からないと言いますか」

「それなら存分甘えても良いよ。私は、こうやって誰かとまったりとした時間を過ごせるのが嬉しいだけだから」

「それなら……もう少しこのままで良いですか?」

「もちろん」


 アリスは恥ずかしそうにしながらも、再びやってきた眠気に意識を委ねるように目を閉じた。木漏れ日に照らされ、命の危険も無く、ただただ暖かくて温かいこの場所は、ずっと満足な睡眠を取れていなかったアリスにとってまるで家の中のような安心感がある場所だった。


「ほんとこの子は……今までどんな人生送ったら、こんなにボロボロになっちゃうのやら」


 そう言い、シェリアはアリスに体に治癒魔法の粒子を少しずつ纏わせ始めた。

 服は綺麗だったが、腕や足、腹部や胸部に至るまで擦り傷や魔法によってできたであろう不自然な傷跡がたくさん付いていた。さらに、背中には魔障(ましょう)と呼ばれる「自分に合わない魔力」を体内に入れられたときに発生する、体の一部が硬質化する症状まで発生していた。

 シェリアの魔力は、魔力そのものの「原初(はじまり)」であるため、魔障は起こらない。つまりこの魔障は、学園にいるときに何かしらの魔力を入れられたことで起きたものだった。その話を、アリスがあの時に話さなかったのは何か事情があったのだろう。


「う~ん……この魔障、少なくとも発生から3年くらいたってる。今が高等部1年って言ってたから、学園に入ってすぐに起きたんだろうな。痛かったろうに」


 右手を魔障がある背中にかざし、魔障の原因となっている魔力を取り出しにかかった。その瞬間、痛みに驚いたアリスが暴れるように飛び起きた。


「ごめんね、今は我慢して」


 飛び起きたアリスがシェリアの方を向いて何かを言おうとしたが、その口を自分の口で塞いだ。

 背中に腕を回し、アリスが口づけに意識が向いている間に全ての魔力を取り出しにかかった。しかし、シェリアが考えていたよりも魔障は根深く、口づけされながらも必死にシェリアから逃げようとしていたのもあり、魔障の原因となっている魔力を完全に抜ききるまで20秒ほどかかってしまった。


「……もう、終わったよ。アリス」

「はぁ……はぁ…………ほんと、急に何を……」

「本当にごめんね、アリス。こうするしか思いつけなくて」

「だからって、だからって……キスすることないじゃないですかぁぁ……!」


 困惑に染まった目に涙を浮かべ、シェリアがさっきまで触っていたところに自分の手を持って行ったアリスは、さらに涙が溢れ出そうな表情に変わった。困惑は混乱に、混乱は疑問に……そして、疑問はすぐに安堵に変わった。


「もしかして、気づいていたんですか?」

「ううん、偶然だよ。そんなことより、体調はどう?」

「なんとなくですけど……魔力の流れを、久しぶりに感じられます」

「それならよかった。あのさ、さっき話してくれたことの中に、学園のことが全くなかったのって……私が楽しかった思い出を、って言っちゃったから?」

「いえ……そうじゃなくて……」

「話したくない?」

「……はい」


 アリスは後ろめたそうに、シェリアに背中を向けて頷いた。

 シェリアは、そんなアリスの頭に優しく手を乗せた。そして、やわらかくて暖かい表情を浮かべながら、語りかけるように自分のことについて話し始めた。


「私はね、人間が大好きなんだ。だから私は人間の味方をしたし、魔王群とも戦ったし、あの街を造ったんだ。学園を創ったのも、そこで弟子たちに『境界を作らずに人間全員に魔法を教えて』とお願いしたのも全部、人間が大好きだからしたことなんだ」


 自分語りでごめんね。と言いながら、シェリアは目を閉じて話し続けた。

 今はもう語り手がいなくなってしまった物語。今はもう当たり前になっていることが存在する前の、原初の魔だからこそ知っている物語を。


「そうだね……アリスは、魔物と戦ったことはある?」

「いえ……知識としてあるだけです」

「そっか。えっと、単刀直入に言うと、人間も魔物なんだ。魔王が作った、高次元の魔力を持った魔物。それが人間なんだ」

「人間も、魔物……」

「魔王は人間を根絶しようとしたけど、私はそれを止めた。戦争、かな。私と魔王のね。今こうして人間が生きていられるのは、私が人間を守って、人間を『信じて』託したから。でも……」


 シェリアは少し言葉を詰まらせてから、一つため息をついてから街の方に目を向けた。

 怒りでも憐みでも、期待を裏切られたことに対する悲しみでもない。ただひたすらに、疑問の目を向けていた。


「あはは……まだ答えが出せないや。ごめんね。少し話がそれちゃったけど、この答えは旅の途中でちゃんと出すから安心してね」

「……ねぇシェリア」

「ん?どうしたの?」

「私のこと、話してもいいですか?正直、思い出すことは……とても怖いです。でも、話すことでこの恐怖すら魔障みたいに取り除けるのなら……話したい、です」

「わかった。全部受け止めるから、好きなだけ時間をかけて話してね」


 アリスは怯えたような目で、仰向けになった。シェリアと目が合うように。少しでも、シェリアのことを近くに感じられるように。


「魔障を患ったのは、入学式の日でした。私以外は王族や、上流階級の子供たちで……農民上がりだった私は、『学園にふさわしい魔力を所持していない』と言われて、大量の魔力を注射器みたいな道具を使って……その日から、当たり前のように感じられていた魔力を感じられなくなって、全身の痛みが消えなくなって……寮生活でも、満足に眠ることができなくて。同じ部屋の人は、私にも優しくしてくれる人だったので、いつも心配してくれていました」


 懐かしむような表情には、苦悶と悲しみ、そして……大きな後悔が含まれていた。


「そんな状態だったからか、かなり苦戦しました。純粋な実力なら負ける気はしなかったんです。でも、でも……少しずつ置いて行かれるようになっちゃって……それでも、どうせ眠れないからって思って、夜もずっと魔法の練習を続けていたんです。同室の人……あ、フィルっていう子なんですけど、毎朝毎朝私に回復魔法をかけてくれていました」

「その子は、本当に優しい子なんだね」

「はい。でもその子は、中学二年生の時に自主退学してしまったんです。理由は……これは、私にだけ教えてくれたことだったんですけど、教授から脅されたらしいんです。『このまま学園に通う選択をする代わり、家にどんな干渉をされてもいい状態になるか、学園をやめるか選べ』と言われたって……フィルは私に『関係ないよ』って言ってくれたんですけど、私に関わっていたせいなのは確実でした」


 シェリアは何も言わなかった。静かに、ただ静かにアリスの言葉を聞き続けていた。少しずつ話す声が震えていったアリスは、自分の顔を隠すかのようにシェリアの方に向くように体勢を変えた。


「それで……私は、独りになりました。人間は、独りを見つけた瞬間に攻撃し始めるんです。シェリアはもう気づいていると思いますが、あの傷は……毎日のように魔法を受けた傷です。同級生からも、先生からも……できる限り回復魔法を使って治していたんですけど、だんだん治せなくなって……」


 声だけでなく体も震え始め、シェリアの服をぎゅっと握りしめ、膝を曲げて蹲るようになっていた。


「同室の人は、私と必要以上にかかわらないようにしていました。他の人みたいに、直接何かしてくることはなかったんですけど……それが余計辛くて」

「フィルのことがあったから?」

「はい……中学三年生の時から、ずっと外で過ごしました……一年位前からですね。もともと、魔障のせいで上手く魔力を扱えなかったんですけど、まともに休むことができなかったせいもあって……なんとか高等部に上がることができたんですけど…………進級試験が、ちょうど一週間前にあったんです。他の人は魔力検査だけだったんですけど……私だけはなぜか上級魔法を使った、試験だったんです……」

「……その魔法について教えてもらってもいい?」

「『多重平行詠唱魔法三ノ七、絶界滅葬(コスモロスト)』……でした」


 シェリアは一枚の薄いワンピースしか着ていなかったから、服を濡らしたまま自分の肌に暖かいしずくが落ちてくるのを感じた。

 「多重平行詠唱魔法」は、この世界に存在している複数の魔法の属性を複合した魔法のことで、一人一つしか持てない魔法の属性を複合するために、一人一人が別々の詠唱を同時に行うことで使用していたことから、多重平行詠唱という名前が付けられた。それぞれの魔法に番号が振られており、「一」が二属性、「二」が三または四属性、「三」は五または六属性の複合となっている。その後の数字は、魔法の使用困難さを示しており、一から十まであてられている。三ノ七は、六属性複合の魔法であり、その中でも「絶界滅葬」は一般的に持っている人が少ない光属性と闇属性を同時に要求される魔法である。

 シェリアは深呼吸を一つしてから、嗚咽を漏らしながら泣き続けているアリスの背中を優しくさすった。

 人間の世界は、シェリアが想定していた以上に腐っていた。アリスもそうだが、途中で辞めさせられてしまったフィルのことも、あまりにも酷い仕打ちであった。

 少しずつ息の落ち着きを取り戻したアリスが、涙で濡らした目でシェリアの顔を見て、一つの疑問を投げかけた。


「シェリアは……私の話を聞いても、人間が大好きですか?」

「そうだね。今も変わらず大好きだよ」

「なんでそんなに……!」


 勢いよく起き上がり、涙がこぼれることなんてお構いなしにまっすぐ顔を向けた。


「そんなにも……!人間のことを好きになれるんですか?なんでそんなに……そんなに…………」

「……じゃあさ、私からも聞くね。アリスは人間のこと、嫌い?」

「そんなの……そんなのは……」


 アリスは、流れ出る涙をぬぐうことせずにシェリアの肩に頭を乗せた。


「ずるいよ……」

「うん。そうだね」

「私も……私だって、人間が大好き……市民の人たちも、農民のみんなも……師匠も……それにフィルのことだって……」

「なら、それでいいじゃん。学園の人たちを許してとか、上級階級の人たち全員を許しなさいとか、そんなことを言うつもりはないよ。人間が好きならさ、それでいいの。『好き』に理由なんて必要ないんだから」

「はい……あの、えっと……」

「いいよ。吐き出しちゃいなよ」


 その言葉が引き金になったかのように、アリスは声を上げて泣き出した。まるで、子供のように。まるで、今まで理性と責任感で押さえつけてきた感情を、涙と泣き声に乗せてすべて吐き出すように。

 シェリアは、そんなアリスを優しく抱きしめた。

 魔障のせいで長い時間凍り付いてしまっていた魔力の流れを、シェリアが体外から自分の魔力を使って動かし始めた。魔障があったところから少しずつ流すことで、ゆっくりとアリスの魔力の流れに戻し始めた。一般的な魔障の場合、『原初の魔力』を使えばすぐに元に戻るはずだが、アリスの魔力は少しずつしか元に戻ることはなかった。

 このことを受けて、シェリアの中で魔障の原因が確定した。アリスは、全属性の魔力を無理矢理体に入れられていて、その全てがアリスの魔力の質とかけ離れたものだったのだ。魔障の原因の摘出に20秒かかったのも、アリスが暴れたからではなく、摘出しなければいけない魔力が多かったからだった。それも、アリスが生まれつき持っていた膨大な魔力を上回るほどに。

 人間は、はるか昔から忘れる生き物だ。過去を忘れ、貪欲に上だけを見続ける。シェリアは、そんな人間をずっと愛していた。自分にはできないことができる生物だったからだ。でも、「必要以上に一人を攻撃し続ける」という間違った貪欲さだけは嫌いだった。だから、「魔法に境界なんてない」という言葉を残したのだ。このような……それこそ、アリスのような明確な被害者を生み出さないために。


「……シェリアは」

「ん?どうしたの?」


 魔力の流れが正常に戻ってから少しして、アリスは落ち着いた声で話し始めた。


「どうして、ここにいたの?」

「えっと~……ここにいたのは、この場所が私にとって安心できるからかな」

「ごめん、そうじゃなくて……なんで、人間から離れたの?」

「あ~……」


 シェリアは、少し気まずそうに視線をそらした。その質問の答えを持っていないわけではなく、その答え自体が、結果として今のシェリアの罪になってしまっているからだった。


「きっと、シェリアがずっと人間を治めてくれていたら格差社会になっていなかったと思うし、きっと……魔障被害で死んだ人もいなかったと思うの」

「うっ」

「だから、少し不思議に思って。文献で見た話だけど、魔王って今も魔物の領地を治めてるんだよね?人間側を守っていたのがシェリアなら、シェリアが治めても問題なかったんじゃないかなって」

「うぐっ」


 そっと視線を戻したりそらしたりを繰り返しながら、シェリアはずっと迷っていた。


「えっと……え~っとぉ~……」

「シェリア、なんでさっきから目をそらしてるの?」

「……怒らない?」

「なんでそんなこと聞くの?怒る必要ないじゃん。それに、こんな時なのに話してくれないほうが怒るよ」

「わかった……そこまで言うなら話すね」


 アリスの放った必殺技のような一言に観念し、シェリアは仕方なくといった様子で話し始めた。どうして人間から離れ、こんな場所で隠居生活のような生活を続けていたのかを。






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