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第12話 『魔』と特別

「——これが、人間の大まかな歴史。この後の話は……きっともう、この世界に痕跡すら残っていないんだろうね。なんとなく、そんな感じがするよ」


 本の最後のページに文章を書き終え、シェリアは淋しそうに呟いた。


「少し長話になってしまったけど、満足いただけたかい?」

「……ねぇ、いくつか聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「もちろん」

「えっと、人間歴って結局いつまで続いたの?」

「……約100年前までだよ。今が何歴の何年かまではわからないから正確な数字は出せないけど、年数で言うなら、人間歴5000年ってところじゃないかな」

「じゃあ、シェリアがいなくなってから変わったんだ……じゃあ次の質問。魔王が星属性魔法を使えない理由って何?」

「それは、魔王の『魔』が私の『魔』と違う性質だからだよ。これは、魔王が毎回大群で攻めてくることができた理由。単体戦闘能力は私、集団戦闘能力は魔王って感じなんだ。だから、魔族は単体で複合属性魔法が扱えないし、人間は生命の増加が遅い。本当に正反対の存在なんだ」

「そっか……あれ?でも確か人間も元は魔族だよね。なんでこんなに正反対なの?」

「それは前にも話したよ。人間を作り出したのが私だからね。とはいえ、魔力適正って枷からは逃げられないんだけどね」

「なるほどなるほど。ありがとう。なんか……すごくふわふわする」

「ふ……え、なんで?」

「なんと言うか……本の中の話だと思っていた歴史を作り出した人が、今目の前にいて歴史の話をしてくれて……それでその続きを私に託してくれて……ちょっと自信がなくなってきたと言いますか……」

「大丈夫。これからの歴史を紡げるのはアリスなんだからさ、もっと胸張ってよ」

「うえぇ……が、頑張ります」

「うんうん、逞しくなったね。さて、だいぶ遅くなっちゃったと言うかもう朝だし、休もうか。今日の特訓は無し。だから、自由に過ごしていいよ」

「わかった……ってあれ?シェリアは何するの?」


 今日の予定を言い終えて、一目散に出入口に向かって歩き始めたシェリアを、アリスは呼び止めた。


「ん?あぁ、今日は少し特別な日なんだ。一緒に来るかい?」

「むぅ……その顔、何か隠してる顔だ……わかった、一緒に行く」

「そう来なくっちゃ。着いてきて」


 シェリアはそう言い、アリスが横に来たのを確認してから再び歩き始めた。その表情には、アリスが初めて見るような笑みが浮かんでいた。

 何が始まるんだろう。アリスがそう思っていると、その答えは家のすぐ前にあった。


「これって……」

「なんか久しぶりでしょ?この感じ。これはね、私の誕生日のお祝いなんだって。まぁ、正確には私に誕生日なんてないんだけど……みんなが、私がこの森に来た日を誕生日にしてくれたんだ。それ以降、毎年祝ってくれてるんだよ」

「……今日って何月何日だっけ?」

「11月27日だよ。アリスが来てから十か月くらいたったことになるのかな」

「もう、そんなに時間がたっているんだ……えっと、私が来たのが……」

「2月7日だったね。覚えてるよ。だって私が契約を結んだ日なんだから」

「あはは。なんだか遠い昔みたいだね」

「ちゃんと覚えててよ?これから先、もっと遠い過去になっていっちゃうし、たくさん……本当にたくさんの時間を過ごしていくんだからさ……だから、また私と出会ったときに、私が聞き飽きちゃうくらい話せるように、ちゃんと記憶し続けていってね」

「……!うん!頑張るよ」


 二人が暮らしている家の前、山のように積み上げられた木の実と二人に期待の眼差しを向ける森の動物たちが朝日に照らされていた。いつか見た懐かしい光景。この森の動物たちにとって、特別な日には大量の木の実を送ることがお決まりとなっていた。


「さて、私たちのお話はこのくらいにして……みんなとお話ししよっか。せっかくだし、アリスもしゃべろうよ。もうこの子たちが話していることも分かるでしょ?」

「もちろん!それに、今日までもいろんなこと話してたんだ。だから任せて!」

「ほんと、すごく頼もしくなっちゃって」


 それからは、たくさんの家族たちと楽しくて平穏な時間が流れた。話している内容は本当に他愛のないものばかりで、でも幸せで充実した時間だった。気が付いた時には太陽が沈み始めていて、少しずつ動物たちが二人を取り囲むように柔らかい寝息を立てながら眠り始めた。

 月が太陽の代わりに世界を照らし始める時間になると、起きているのはシェリアと猫のにゃーこだけになっていた。


「……ふふっ、みんな寝ちゃったね」


 シェリアは少し前に眠りについたアリスを膝枕しながら、横にすり寄ってきたにゃーこに話しかけた。にゃーこは嬉しそうに頭をシェリアにもたれかけながら「にゃ」と鳴いて答えた。


「君が家族になったのは、ついこの前だったよね。それでも毎日、私たちの修業を眺めてたよね。ん?気づいてたよ?ふふっ……ありがとう、この子のことが心配だったんだよね」


 シェリアは、アリスの頭とにゃーこの頭を優しくなでながら、秘密の話をするようににゃーこに話しかけた。にゃーこは少し恥ずかしそうにしながら、シェリアとの二人だけのお話を楽しみ始めた。


「君はさ……あ、『君』は堅苦しかったね、ごめんね。えっと……にゃーこはさ、ここに来てどう?友達とかできた?」

「……にゃ……」

「ふふっ……話していいよ。もう、私以外聞いていないからさ」

『それじゃあ……このこと、誰にも言わないで。アリスちゃんにも』

「うん、わかった。私とにゃーこだけの秘密」

『ありがとう、魔女さん』

「『魔女さん』は堅いからやめてほしいな。シェリアって呼んでよ」

『わかった。ありがとう、シェリアさん。それで、いつから気づいていたの?私が話せること』

「最初に私の肩に乗った時かな。私、触った相手の魔力の流れとかから、ある程度のこと分かっちゃうんだ。だからって勝手に話すつもりは無いけど」

『そうだったんだ。それで……友達は、いません。皆さん優しく歓迎してくれたけど、私……なんとなく、動物と関わるのが苦手で』

「そうだったんだね……ごめんね、辛いこと聞いちゃったね。じゃあそうだな……お詫びに、なんでも気になること聞いてくれる?私に答えれられることならなんでも答えるよ」

『じゃ、じゃあ――』


 それから二人は、夜が深くなるまで話し続けた。にゃーこの質問は、シェリアの考え方や魔法のことがほとんどだった。そうしているうちに眠くなったにゃーこが、シェリアの手元で穏やかな寝息を立て始めていた。

 月が背の高い木に隠れ、シェリアとアリスを囲むように動物たちが眠っている場所さえも真っ暗闇の中に沈んだ。シェリアは、魔力の外套を作ってそこにいる全員を優しく包み込んだ。


「……結局、毎年こうなるんだから」


 シェリアは、やれやれといった様子で小さく微笑んでから気づいた。この、いつまでも続いていくと思ったお決まりの誕生日会も、これで最後になってしまうことを。その瞬間、シェリアの頬を温かい涙が伝った。それは止まることはなく、止めようとすればするほど止まらなくなっていた。


「うっ……これじゃ、魔女……ううっ…………失格だね……」


 寝ているアリスの顔に涙が落ちないように必死に拭いながら、夜空を睨みつけるように顔を上げた。そこにはいつもと変わらない空がいて……シェリアは涙を拭うのすら馬鹿らしくなってそして――


「……えへ……!」


 ——ふにゃりと、笑った。







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