第11話 「人間」と魔族
「ねぇシェリア」
「急に真剣な顔になってどうしたの?」
その日の修業を終え、夕飯を食べている時にアリスが何かを思いついたかのように話し始めた。
「私、そろそろ歴史の話聞きたい」
「そういえば……うん。もう残りは星属性だけになったし、少し休憩も兼ねて歴史書仕上げよっか。考えていたよりも順調に進んでいるし、何より『実戦的な練習』も問題なくできてるしね」
「ほんと!?やったぁ!」
「えっと……確か『人間』が生まれるまでは話したよね。じゃあ、今から『人間』が生まれてからの歴史かな。とてつもなく長い話になるけど、心の準備はできてる?」
「もちろん!むしろ、一気に話してくれるなら大歓迎!」
「よろしい」
シェリアはとう言うと、歴史書を書く準備を済ませ、一呼吸おいてから話し始めた。
「あれは――」
・・・
「人間」が生まれた瞬間、「原初の魔」の2人は決別した。魔王は「人間」という魔物を滅ぼそうとし、魔女は「人間」を守ろうとした。それは、人類歴以前最大の戦いへと変わった。「原初の魔」2人の戦いは、世界全てを巻き込みながら100日間続いた。その間、魔物たちは見ていることしかできなかった。
この時、魔王が魔物たちに「『人間』を殺すな」と指示していなかったら……いやむしろ、指示していたからこそ、今の世界が存在している。
戦いの結果は、魔女の勝ちだった。
魔女はその後魔王と、「人間」と「魔族」の両方を守るための契約を交わした。ざっくりまとめると、魔女は「人間」に対しての責任を、魔王は「魔族」に対して責任を負う。このような形で契約を交わした。その後魔女は、「人間」を連れて魔王がいる場所から遠い場所に移動した。
1年ほどかけて移動しながら、魔女は「人間」が持つ可能性に気づいた。それは、魔女が持つ魔力と魔女が創り出した魔法に対する高い適性を持っていることだった。
移動が終わり、何もない場所に辿りついて魔女は言った。
「ここに、『人間』の国を創る」
これが、今も続く人間歴の始まり。人間にとっては長く、世界にとっては短い歴史が始まった瞬間だった。
最初は、20人全ての人間が入って寝転ぶことがぎりぎりなほどに小さい家だった。その家を中心に、太陽が出ている時間すべてを使って周りを開拓し始めた。魔法を使って植物を生やし、川を作り、家を作った。魔女の指示の下、人間たちは自分たちが何不自由なく生活できるような拠点を創っていった。
人間歴5年には、最初の20人がそれぞれ家を持ち始めており、全員が成体になっていた。魔女は、「人間」が成体になるまでに5年だとこの時考えていたが、それは違った。
成体になった人間たちは種としての本能からか、他者と交わり子を成すようになった。全員が無性であり両性であったからか、全員が子を成してから約10か月で子を産んだ。その子たちは小さく、魔女が創りだした個体の1割ほどの大きさしかなかった。そして、最初の20人と違い、性別が二種類に分かれていた。
人間は、生まれてきた子たちを育てながら開拓、そして学習の日々を送ることになった。魔法や魔力、さらには言葉やありとあらゆる学問的知識、生活するうえで必要な食事や掃除といったことに至るまで、その全てを魔女が人間に学習させた。
その全ては、魔女が8000年かけて積み上げてきたものであった。それほどまでに、魔女は人間に期待していたのだった。
魔女はその日々の中で人間が持つ新たな特徴に気が付いた。それは、人間には強いつながりがあるということ。魔族には存在しなかった、「助け合い」や「共有や理解」といった個体間の確かな「つながり」が人間にはあった。
人間の成長速度や繁殖能力は低い。子を成すのに別姓の2個体を要し、2個体で一度に産むことができるのは1人。さらに生まれてから成体になるまで20年ほどを要する。これほどまで生物として純粋に生存していく能力が低い種族は魔族の中にはいなかった。しかし、人間にはそれを補って余るほどの「つながり」があった。
人間歴30年。初めて、性別を持つ人類による子供が生まれた。始まりの20人は1人を産んでから繁殖能力を失っていたため、魔女にとってこの出生は喜びとともに安堵にあふれるものであった。
それから人間は少しずつ、でも着実に数を増やしていった。魔女は新たな人間の出生全てを祝い、人間全員に教育を行った。いつからか魔女はその教育の中で、「人間に境界はいらない」「魔法に境界なんて存在しない」と口にするようになった。
人間歴150年になると、町といえるほどの大きさまで人間の住処は広がっていた。最初の20人含め、多くの人間が50年以内に死んだが、その子孫たちは少しずつ数を増やしていた。その結果、人間の数は700人まで増加しており、生活にもゆとりが生まれ始めていた。「家族」と語れるようなつながりが見え始めたのも、このくらいの時期であった。
普通の生活に関しては、人間同士で教えあったり、新しいやり方を見つけあったりしていた。
この頃になると、魔女は未成熟の人間——以降「子供」と表記する。子供たちに魔法や勉強を教えることに注力していた。後に学校や学園と呼ばれるものの原点は、魔女が人間の子供たちに教えるために作ったただ広いだけの建造物であった。
子供たちは時間とともに増えていき、人間歴200年を過ぎたころには魔女一人で教えるのは厳しいのではないかと言える数になっていた。そのため、魔女は「自分がいなくても子供たちに教育できるように」という考えのもと、自分以外の教育者を育成することにした。まずは町中の大人たちを集め、教育者になる意思がある者を選別した。その結果残った10名に、魔女は教育と魔法についての心得を教え、何度か少人数に対する授業を実施させた。それからは全員で協力して子供たちへの教育について相談したり、確認したりしながら行っていた。それ以降、人間の教育方針に大きな変化が起こることはなく、増え続ける人間の数に対応して町が大きくなっていくだけの日々が続いた。
人間歴1000年。人間が開拓を続けた町は、魔族が住んでいた森の近くまで発展していた。この頃には「町」ではなく「街」と呼び始めており、広い領域を区切るように複雑な壁ができていた。魔女は壁があることを良く思っていなかったが、破壊するよりも利点が多いこと、各地区に自治会を置き、中央にある大きな建造物で定期的に各地区の状況を共有すると決めたことで魔女は妥協していた。
人間の生活は平和であった。平和であったため、魔法以外の発展や技術進化はすさまじいものがあった。そこに魔女の助力も入り、生活に寄り添った、魔力さえあれば誰でもつかすことができる魔法と魔法道具の開発も進んでいた。
そんな世界を、魔王は好ましく思わなかった。原初の魔2人の決別から約1000年。魔王が人間の街を滅ぼすために侵攻しようとしていた。
魔女は、魔族の森と人間の街の境界で魔王を迎え入れた。魔王は多くの魔族を従えており、そこには四天王もそろっていた。その時2人が交わした言葉は、何もなかったと言われている。
戦いは、一方的なものだった。
魔王が従えてきた魔族は、一瞬にして半数になっていた。魔族の中では遥か上位の存在とされていた四天王たちも、魔女の前に数分間魔法を打ち合うことが精一杯だった。本気で滅ぼすために侵攻してきた魔王本人も、魔女に一発入れることすらできなかった。
どうして魔女と魔王にこれほどまでの差が生まれてしまっていたのか。それは、魔女が人間と過ごしている時間に作り出した『星属性』の存在。魔女が鍵の継承のために用いる魔法から応用して作り出した、この世界で魔女だけが使うことができる魔法が、魔王陣営にとって致命的な誤算になっていたのだ。
魔女は、圧倒的な魔法の力を以って魔王を退けた。でもそれは、これから始まる長い永い戦いの始まりとなった。
魔王は敗走後、しつこく人間の街に侵攻し、魔女と戦い続けた。かつての日々のように、何度も。その全てを魔女が返り討ちにし続けた。繰り返せば繰り返すほど、魔女と魔王の実力差が大きくなっていった。戦う前から、魔王に負けを覚悟させるほどに。
そうして、魔王が戦う前に魔女の前に跪いて負けを認めたことで永きにわたる戦いが幕を閉じた。約1000年。それまで人間たちが積み上げてきた時間と同じだけの時間を、2人は戦い続けていた。
魔女は魔王に歩み寄り、「もう一度話し合おう。私たちはいつもそうやって仲直りしていたじゃないか」と笑いながら声をかけた。魔王は、「お前、ここまでボコボコにしておいてどの面下げて言ってんだ」と答え、笑ったという。そうやって、2人は人間の街で一番大きな建造物の中で話し合った。これからどうやって共存していくのか、明確な魔族と人間の境界をどうするか。それから、お互いが今まで歩いてきた時間の話。話し合いは3か月にも及び、その時間は:二人ともずっと明るい表情で話し続けていた。
そうして、今にも続く人間と魔族との間に平和協定が結ばれた。
内容は、今回のような圧倒的な実力差が生まれないように魔女の弟子を定期的に魔王陣営に送り、実際に戦闘することでお互いの実力を共有すること。世界の資源はお互いの領域にあるものを使用すること、相手の領域にある資源を使いたい場合は原初の魔、又はそれに準ずる立場の存在が話し合うことで共有すること。領域への無許可の侵攻があった場合、侵攻した者を殺害、処刑することができること。そして、原初の魔2人で定期的に話し合いをする場を設けること。他細かい事項を協定とし、お互いに破棄することができないように2人で魔法を使って世界に刻み込んだ。




