プロローグ
世界は、原初の魔女によって率いられた人間と、魔王によって率いられた魔物が領土を半分ずつ管理して生活していた。これはかつての戦争によって生まれたこの世界なりの平和の形であり、原初の魔女と魔王がお互いに合意して決めたものだ。
平和になった世界で、原初の魔女は「人間」の未来を託すために100人もの弟子をとり、それぞれの特性に合った魔法を教え、魔法を後生に伝えていくことが使命であるということを弟子全員に自覚させた。そして、弟子を卒業する最後の試練として魔王陣営で戦わせた。この試練の目的を知る者は原初の魔女以外におらず、弟子ですら目的を聞かされることはなかった。
弟子が全員卒業した後、弟子と原初の魔女で協力し、魔法を教わったことがない者達が魔法を学ぶことができる場所、いわゆる魔法学園を創立した。
「魔法に境界なんてない」
この言葉は、原初の魔女が毎日のように口にしていた言葉だった。そして、魔法学園が創られてから200年ほどが経過した現代でも、この言葉は魔法学園の基本理念となっていた。
しかし、原初の魔女が人間の目の前から消えて100年がたった現代、魔法学園は完全にエリートのみが通うことができる場所に変わっていた。原初の魔女直属の弟子も、魔法学園に関わっていた者は全員戦死あるいは実験中の事故で死んでおり、今魔法学園で教鞭を執っているのは弟子の弟子、あるいは元学生ですらない王族の者となっていた。
そんな魔法学園に庶民は入ることができず、魔法学園の卒業生の一部が庶民のために小さな学校を創り、魔法学校として庶民に魔法を教える活動があったが、全て魔法学園と王家からの圧力によって消滅していた。そのため、今はただ1つ、ギルドと呼ばれる場所が開いている魔法講習会でのみ、庶民は魔法を学ぶことができるという状況だった。
そして毎年、ギルドから1人選ばれた少年少女が魔法学園への入学の切符を手にしていた。
どうしてギルドがここまでの力を持っているのか。それは、ギルドの長が魔法をこよなく愛し、生きている人間の中で最も魔法を扱うことに優れた者であるから、ということが庶民の中で噂となっていた。
そんなギルド長によって今年選ばれたのは、僅か12歳のアリス・フォーミアという名の農民の娘だった。アリスは、友人に誘われて魔法講習会に初めて参加しただけの、いわば初心者だった。
ギルド長はアリスを見た瞬間に目を見開き、慌てた様子でアリスの目の前に行って土下座までして頼み込んだ。
「どうか、私の推薦を受けて魔法学園に通ってくれないか。学費は私が出す!教材費も全て私が出すし、最低限の魔法は使えるようにするから!」
アリスは、その場で回答することはできなかった。自分で決めることができず、アリスは反対してくれる人を探すかのようにいろんな人に相談した。しかし、アリスが相談した人たちは皆、手放しに喜んでいたという。
アリスは数日考えた末、もう一度ギルド長のところを尋ねた。
「どうして、私なんですか?」
「それは、推薦の話が……かしら?」
「はい。私は、魔法なんて使ったことありませんし、使えるとも思えません」
「そうねぇ……あなた、原初の魔女は知っているかしら?」
「原初の魔女、ですか?」
アリスは、少し考えてからうなずいた。ギルド長は、少し懐かしむような表情を浮かべながらアリスに近づき、しゃがみ込んでアリスの頭を撫でた。
「あなた、原初の魔女に似ているのよ。それも、生まれ変わりを疑うくらい」
「……馬鹿にしてるんですか?」
「ううん。そんな気持ちは一切無いわ。私が思ったことをそのまんま伝えただけよ」
「原初の魔女は、文章にしか出てこない幻の存在じゃないんですか?」
「そうねぇ……これは私の1番の秘密だから、他の人たちには内緒にして欲しいのだけど、守ってくれるかしら?」
「内容次第です」
「若いのにしっかり者なのね。良いわ。それじゃあ、裏の部屋まで付いて来てもらっても良いかしら。何もしないことを約束するわ。もしこの約束を破ったら、すぐにでも私を王国軍に突き出してくれていいから」
「……そこまで言うのでしたら」
「ありがとうね。こっちよ」
ギルド長は、ゆっくりと奥の部屋へアリスを迎え入れ、誰も入って来ることができないように鍵を閉めた。
鍵を閉める音に反応して逃げようとしたアリスを、部屋の真ん中にある柔らかそうな椅子に座るように促した。それでも警戒し続けるアリスを見て、ギルド長は苦笑いを浮かべながら奥にある机の引き出しから、あるものを取り出した。
「これを見て欲しいの」
「これは……写真ですか?」
「えぇ。この時代は投影魔法の1つだから、正確には写真ではないのだけどね」
「……この人は?」
「ふふっ。この人が原初の魔女。そして、私の師匠よ」
「あなたは……何者なんですか?」
「私?私は原初の魔女直属の弟子の1人、フレイザ=氷嘉よ。そして、この世界で唯一……彼女の名を知る者」
「……確かに、似ていますね。私とこの人」
「そうでしょ?だからあの時動転しちゃったの。いきなりで怖かったかしら。本当にごめんなさいね」
アリスは、手に持った写真をじっくりと眺めていた。そして、その写真をギルド長に返した。
「あなたを信じます。いえ、信じさせてください」
「本当に!ということは」
「私を、魔法学園に入学させてください」
「ありがとう!本当にありがとう!それじゃあ、この紙が推薦用の書類だから、自分の名前と両親の名前を書いて持ってきてくれる?いつ持ってきてくれても構わないわ。もし私がいなかったら、カウンターにいるお姉さんに渡してもらえるかしら?」
「はい。わかりました」
「魔法についての勉強はまた後日やりましょう」
こうして、ギルド長とアリスの魔法学園入学に向けた二人きりの勉強会が始まった。毎年毎年推薦者を送っていたものの、全員が1年以内に自主退学してしまうせいで推薦者専用の試験が導入されてしまった。そのせいで、ここ数年は魔法学園への推薦者が入学できていない状況だった。
ギルド長のフレイザは、入学試験までの残り200日を毎日アリスの魔法訓練と魔法の勉強に費やしていた。フレイザの本気はアリス、そしてアリスの両親、さらにはフレイザが経営しているギルドの人たちにまで伝わり、泊まり込みで魔法を学んでいるアリスを全員で支援していくという空気ができあがっていた。その空気は市民や農民にも伝播していき、アリスを手助けしたいとギルドにまで食料や衣服を届けてくれる人が毎日のように来ていた。
ちなみにだが、小さな女の子と一緒に生活しているギルド長、口調だけなら女性に間違えそうだがその実態はムキムキマッチョの男性である。だが、安心して欲しい。このフレイザ=氷嘉、ただ堂々としているオカマで、長い時間を生き過ぎたせいで恋愛感情よりも庇護欲の方が強くなってしまっているのだ。
そんな、癖の強いギルド長と純粋で同年代に比べて体の小さな少女の特訓は順調に進んで行った。最初は魔法どころか魔法を使うために必要な力、「魔力」を感じることすらできなかった少女は、入学試験1週間前にはギルドにいる魔法使いと同じ程度の実力を身につけていた。
「……ついにここまで来たのね」
「どうしたの?先生」
「ん?アリスおはよう。起きてきてたのね」
「うん。今日も朝に魔法の練習がしたかったから」
「あら、昨日もう魔法の練習をする必要はないと言ったばかりなのに」
「えへへ。習慣化しちゃってて、やらないと落ち着かないの」
「そう。それじゃあ、私も付き合うわ。久しぶりに一緒に行きましょう」
「いいの?」
「もちろんよ。それに、もう少しでこの生活も終わっちゃうからね」
まだ朝日が昇り始めたばかりの頃、2人の師弟がギルドの裏にある小さな山の中に歩いて行った。これはまだアリスが魔力を制御できていなかった頃、フレイザと一緒に魔力の扱いを覚えるために行っていたこと。今となっては、アリスにとって日課のようなものになっていた。
「入学試験の準備は大丈夫?」
「もちろん!……って言いたいけど、少し不安かも」
「ふふっ。誰だって不安になるわ。それは至って自然なことだから」
「なんだか、先生って頼もしいよね。悩みとか不安を全部拭ってくれるというか、優しく包んでくれるというか」
「それはね、師匠がそうだったからなの。師弟の関係以上に、家族としての関係を大切にすることを教えてくれたのよ。『魔法に境界なんてない』って、いつも口癖のように言ってたわね」
「『魔法に境界なんてない』……素敵な言葉」
「そうでしょう?魔法学園の大切な理念でもあるの。今はもう、形だけ理念って感じになっちゃってるんだけどね」
木が生えておらず、少し先に朝日が見えるような場所に着くと、フレイザは自分の隣に座るようにアリスに手でサインを送った。少し不思議そうに座ったアリスに、いつになく真剣な声で話し始めた。
もう少しで旅立つ弟子に、魔法学園が今どんな場所になっているかの話を始めた。隠してきたわけでもなかったが、今まで説明する機会がなかったのだ。アリスはその話を真剣に聞いていたが、途中で立ち上がって少しずつ白くなる朝日を背に無邪気に笑った。
「私は大丈夫だよ。だって、先生の弟子だもん!」
「全く、言うようになったわね……でも、そうね。あなたの実力は十分あの学園でも通用するわ。それに、何かあったらいつでも私に言いなさい。大体のことは解決してあげるから」
「ありがとう先生!それじゃあ、今からいつもの始めるね」
「えぇ。始めちゃって」
弟子の成長を感じながら、この生活がもう少しで終わってしまうことへの寂しさを、フレイザは感じていた。短い時間だったが、フレイザとアリスの間には、親子とは違う強い絆が生まれていた。
そして、アリスは1週間後の入学試験を無事合格し、その2か月後に晴れて魔法学園に入学した。農民初の魔法学園入学者となったアリスを、ギルド付近の町全体を上げて祝福した。アリスが入学したのは魔法学園中等部で、相当酷い成績を出さなければ6年は魔法学園に通うことができることが確定しているという状態だった。
そしてアリスは、中等部にて学年トップクラスの実力者となっていた。このまま行けば悪くてもエリート魔法使い、上手く出世できれば王族直属の魔法部隊に入隊できるという、一般人にとっては夢のような人生への切符を手にしていたのだった。
初めまして。九十九疾風です。あるいはお久しぶりです。
約3年半ぶりの長編連載開始です。いやぁ、だいぶ期間が空いてしまいましたね。
更新ペースですが、1週間に1~3話を予定しております。
ゆったりマイペースに執筆していこうと思います。よろしくお願いします。




