カップ焼きそば
今日はあいにくの雨模様だ。
キュゥン、キュゥン。
窓際で、アリスが足踏みしながら鳴いている。
「はいはい、オシッコかな?」
窓を開けてやると庭に飛び出した。
トイレは部屋の隅と庭側の庇の下に置いてあり、よほどの荒天以外は、庭側の方を使っている。
アリスは濡れることを至極嫌うので、雨の日は絶対散歩に行かない。仔犬の頃に何度か連れて行きはしたが、そのたびにお腹を壊してしまったので、無理に連れて行くのはやめたのだ。
雨は小雨になったようだな。そろそろやむといいんだけど。
そんな事を考えながら空を見上げていた桔平が、ついと視線を下げると、そこにアリスはいない。
「アリス?」
見ると、2枚の段ボールを器用にくわえ、嬉々として地面に並べているところだった。
「あちゃー!ダンボールの紐ほどけてたか!」
桔平は、思わず右手で目を覆った。
アリスはダンボールを2枚使って用を足すことがある。わざわざ庭の中ほどまで運んで、20cmくらいの隙間を空けて並べると、左右それぞれの上に両脚を乗せ、隙間の地面めがけて用を足すのだ。
そもそもトイレは清潔にしているし、どうせダンボールを持っていくなら、庇の下にあるコンクリートたたきの上にすれば、脚も濡れなくて片付けも楽なのに、わざわざ土の上にダンボールを持って行く。
初めて見た時は、雨の中ダンボールで遊ぶのかと思い、慌てて片付けに行こうとしたが、予想に反して便座のように使ったものだから、緑菜と2人で驚きつつも感心したものだ。
普段、ダンボールがあっても持ち出すことはなかったし、天気が回復してからは見向きもしないので、あれはたまたまだったんだろうと油断していたら、次に雨が降った時に、まったく同じことをされた。
それはそれで可愛いのだが、雨の中、オシッコならまだしも、うんちやダンボールを回収するのは汚いし、面倒なことこのうえない。そのため、ダンボールは紐で縛り、届かない場所に置くことにした。にも関わらず、今日に限ってダンボールを縛っている紐が解けてしまっていたらしい。
部屋に入りたがるアリスの脚を洗って、身体中をよく拭いてやると、すっかり満足したようでゴロリと寝てしまった。そんなアリスを横目に溜息をつくと、桔平は庭へ片付けにいった。
「あ〜あ、なんか疲れちゃったな。」
桔平がひとりごちた。
なんとなく汚れた気がして、仕方なく昼間からシャワーを浴びると、すっかりくたびれてしまったのだ。
横にくっついて寝そべっているアリスを撫でながら、遅い昼食を食べるか否か迷っている。小腹がすいているものの、緑菜は、朝から仕事の打ち合わせに行っているので、食事の用意も1人分だけだからだ。
「自分だけのために何か作るのも、面倒だよなぁ。」
ちょっと考えてから、カップ麺を食べることにした。
「お湯を沸かすだけだし、すぐできるし、考えた人って天才だよな。安藤百福さんに感謝しなくちゃ。」
食べながらドラマでも一気見しようと考えた桔平は、TV画面に集中し過ぎてスープをこぼしたり、麺が伸びたりしないように、焼きそばにしようと決めた。
「焼っきそば、焼きそば〜〜。」
鼻歌を歌いながら、片手鍋に水道水をジャッと入れて火にかける。ヤカンは蓋を取ってから水を入れるから、そのたった一手間が面倒臭い。
「U、F、O!U、F、O!」
カップ麺のストックの中をゴソゴソと探した。
「あれ〜?なんでないんだ?」
防災用の保存食も兼ねて、カップ麺と袋麺をそれぞれケースにストックしているのだが、お目当てが見つからず仕方なく一つずつテーブルに出していった。
「なんだよ!ペヤングしかないじゃん!!」
テーブルには、焼きそばは焼きそばでもペヤングがずらりと並んだ。
「もう!ナッパのやつ、なんだってペヤングしか買ってないんだよぉ。」
もう頭の中はU.F.Oでいっぱいだ。本当はすぐにでも買いに行きたいのだが、アリスを置いていって部屋中を荒らされたら、たまったもんじゃない。
「しょうがない、ナッパに連絡しとこ。」
背に腹はかえられない。どうしてもU.F.Oを食べたい桔平は、帰りに買ってきてもらうことにした。
「ああ〜。食べられないってわかると、お腹が減ってきちゃったよぉ。」
アリスをワシワシワシワシッと強く撫でてやると、お腹を見せて喜んだ。
「おい!買ってきたぞ!」
「ほぇ?」
「なにアリスと一緒になって、ヨダレ垂らして寝てるんだ。」
見ると、緑菜がレジ袋いっぱいのU.F.Oを持って立っていた。
「お!おぉっ!U.F.Oだ!イェーイ!」
桔平がカップ焼きそばに飛びつき、アリスは緑菜に飛びついた。
「ペヤングがあっただろうが。」
「そうなんだよ。ペヤングしかなかったんだよ。なんでペヤングなの?普通U.F.O買うでしょ?」
「何を言ってる?普通はペヤングだろうが。」
桔平は、数時間前にお湯を沸かそうとしてた鍋を、いそいそと再び火にかけた。
「あ!ナッパもU.F.O食べる?」
「バカを言うな。ペヤングに決まってるだろう。」
緑菜も食べるならと、水の量を増やした。
「だいたい、なんだってカップ焼きそばを食べようとしてたんだ?」
「いろいろ大変だったんだよ〜。」
これまでの事情を聞いた緑菜に
「そうか、本当にお前は頭が良いんだなぁ」
と言って撫でられて、アリスは盛大に尻尾を振った。
「なんで?僕、大変だったんだけど?」
「どうせお前がダンボールをしっかり結んでなかったからだろう?」
「ギクーン」
桔平が胸に手を当てて、大袈裟によろけてみせた。こういうところが、憎めないところなんだろう。
「ほら、もうお湯が沸くぞ。」
「あっ!やば!早く用意しなくちゃ!」
桔平は、いそいそとU.F.Oとペヤングの外装フィルムを外し始めると
「カッコいいよね〜、赤と黒を基調としたU.F.Oのデザイン!攻めた感じだし、麺の写真も目立つし、ほんっとお腹減ってたら間違いなく飛びつくね。」
とU.F.Oを褒めちぎった。
「まったくお前は子どもだな。腹が減ってるからといって、即物的に飛び付くものじゃない。白地に暖簾、その暖簾には黄色文字でハッキリ「やきそば」と書いてある。店や屋台を意識したこれこそ、ペヤングを食べようと大人が自ら選ぶものだ。」
緑菜は桔平の横に立ちペヤングを受け取ると、中蓋を開けてかやくとソースとスパイスを取り出した。
「こっちのかやくは最初から一緒に入ってるけど、そっちのかやくは小袋に入ってるんだよね。」
緑菜が、頷きながら麺を持ち上げてかやくの中身を麺の下に入れるのを見て、桔平はクスリと笑った。
「相変わらずだねぇ。湯切りで流れ出ちゃうのが嫌なんだろう。」
「貧乏性で悪かったな。」
2つの焼きそばにお湯を注ぎながら、
「昔は蓋もプラスチックだったよね。湯切りの時は爪を持ち上げて、そこからお湯捨ててさ。キャベツが流れちゃうともったいなくてね。」
「うっかりすると、蓋がズレて流しに中身をぶちまけたりしたな。」
アハハと桔平が笑った。
「ナッパ、今どきはシンクっていうんだよ。」
「うるさい。黙って時間測っとけ。」
緑菜はそう言うと、テーブルに箸を用意した。
「あ!もう3分になるよ。」
湯切りシールを剥がして、2人で湯切りをすると、それぞれにソースをかけて麺をかき混ぜた。
「これこれ、このストレートでモチモチの麺!すごくいいよね。」
「いや、この縮れ麺が旨いんだ。ソースがよく絡むからな。まったく、なんでこの旨さがわからないんだ?」
どちらの焼きそばも、容器の周りに残っているソースが麺へと吸い込まれていく。
「うっひょ〜。肉がさぁ、小っちゃいけどちゃんと肉なんだよ。」
「このキャベツを見てみろ。乾燥野菜とは思えないぞ。」
麺にソースのムラが無くなったところで、桔平はふりかけを、緑菜はふりかけとスパイスをそれぞれ投入して
「いただきまーす!」「いただきます」
揃って食べ始めた。
「ズッ・・うん、うん、これだよ!U.F.Oはさ、カップ麺とは思えないんだよ。ソースも・・ズズズ・・これぞザ・焼きそばって感じで、お店で使ってるみたいなソースだし。手軽に焼きそばを食べたい時は・・ズルッ・・やっぱりU.F.Oに行き着くんだよ。」
「なに言ってるんだ。ズルズルッ・・ペヤングは特別だぞ?この・・ズズズッ・・唯一無二のスパイスにこそ、中毒性があるんだ。ズズッ・・特別な欲求を完璧に満たしてくれるんだ。焼きそばを食べたい欲も、ペヤングを食べたい欲もな。」
向かい合わせに座りながら、カップ焼きそばをすすっていると、緑菜のスマホが鳴った。
「万だ。」
「ねえ、U.F.Oとペヤングどっちが好きか訊いてよ。」
緑菜は電話に出て要件を聞くと、スピーカーに切り替えた。
「万ちゃんはさ、U.F.Oとペヤングどっちが好き?やっぱU.F.Oだよね?」
桔平が楽しそうに尋ねると、ワクワクした様子で答えを待った。
「あん?俺か?俺は、明星一平ちゃん夜店の焼きそばだ。大盛りな。」




