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クレープ

今日は桔平が休みなので、郊外のドッグランに行くことになっている。アリスを溺愛している万も一緒に行く予定だったが、急に仕事が入ったとかで、泣く泣く後から合流することになった。

お出かけ用バッグとリードを準備しているせいで、アリスはさっきから落ち着きがない。ウロウロ歩き回っているかと思えば、座ったまま尻尾を振りつつ脚をパタタタと動かして、キュンキュン鳴いている。

「もうすぐ行くから、ちょっと待ってろ。」

緑菜に撫でられて、アリスは長い鼻面をクフクフさせた。

熟睡している間に準備を始めても、耳が良いからすぐ起きてしまって、出かける前は毎度こんな感じだ。

「よし、準備オッケーだ。」

後部座席のスライドドアを開けてアリスを乗せる。というより、自分から勢いよく飛び乗った。

「今日はエルムウッドじゃないぞ。どんなところか楽しみだな。」

桔平が手早く犬用シートベルトを装着して、アリスの頭をポンポンと優しく叩くと、アリスはワクワクが止まらないといった様子で、ワフン!と一声鳴いて、目をキランキラン輝かせた。

「さて、行くか。」

「了解!」

現地へは高速道路を使った。緑菜と桔平が2人で出かける時は、目的がない限り下道で行く。その方が、高速代を節約できる以外にも、好きな場所で休憩したり、景色を観たり、自由に寄り道したりできるからだ。まずコンビニに寄って食料と飲み物を調達したら、あとはあてのない旅だ。混んでいたら迂回するも良し、気に入った場所があれば、近くで宿を探す。車中泊もまた良い。だが、今回はアリスを連れているので、寄り道はしない。いや、正確には、途中で犬を散歩させられるサービスエリアにだけ寄るつもりだ。

「アリス、次のサービスエリアに寄るからな。そこは小さい散歩コースがあるんだってさ。」

ほんの数ヶ月前までは、運転しない方が後部座席でアリスの隣に座っていたが、もはやビッグサイズとなったアリスは、後部座席いっぱいに広がっている。

「桔平、アリスの様子が変だ。酔ったかもしれない。」

驚いて振り向いた桔平が見たのは、滝のようにヨダレを垂らしているアリスだった。

「ヤバいヤバいヤバい!さっきまで平気だったのに!」

「アリスごめんな。ちょっとだけ我慢してくれ。」

緑菜がアクセルを踏んで、車はググッと加速した。

ようやく着いたサービスエリアはそこそこ混んでいたものの、車を停めたのは外れの方だから周りはガラ空きだ。

2人は停車と同時に車から降りると、両側から後部座席のドアを開け、空気が通るようにした。

「大丈夫か!?・・って、大丈夫じゃないよなぁ」

口の両脇からダラダラとヨダレを垂らし、目の焦点は定まっていない。車酔いしているのは一目瞭然だ。

「もう止まったから大丈夫だぞ。外の空気吸おうな。」

桔平が、声をかけながらタオルで優しく拭った。

「落ち着いたら降ろしてやって、あそこのベンチで少し休もう。」

そう言いながら、緑菜がグローブボックスからウェットティッシュを出している時、桔平が小さく叫んだ。

「うわっ!吐いた!」


万がサービスエリアに着くと、ベンチに座った緑菜が軽く手を振った。少し奥では、真っ黄色のTシャツを着た桔平と、リードをつけたアリスが散策しており、万に気づいた桔平が手を振った。

万を見つけたアリスは、キュンキュン、クフンクフンと鼻を鳴らし始め、忙しなく動き回っている。パタパタと足踏みをしたかと思うと、左右に体を捻りながら腰を下げて座る・・のかと思いきや、また腰をあげる。そのうち、待ちきれなくなって、万に向かって勢いよくジャンプを始めた。最後には後ろ脚で立ったままものすごい力でリードを引っ張るので、大の男の桔平でも、引きずられないようにするのがやっとだった。

「アリス!会いたかったぞ!遅くなってごめん!」

万が抱えるとアリスは跳び狂って喜び、顔中をベロンベロンと舐めた。

「・・俺たちは何を見せられてるんだ?」

「万ちゃんの顔舐めまくってるけど、さっきゲロ吐いたんだよね。」

緑菜と桔平に見守られつつ、ひとしきりアリスとイチャイチャした万は、まるで小型犬のようにアリスを抱きかかえると、隣のベンチに座った。

「何でまだここにいるんだよ。とっくに着いてる頃じゃなかったのか?」

万に訊かれた2人は、これまでの経緯を説明した。

「だから貧相な体してるくせに、そんな派手なTシャツ着てんのか。」

「貧相で悪かったね!ナッパが買ってきたんだから、ナッパのセンスだよ。」

「仕方ないだろう。臭いままにしておけないからな。そんなことより、ここで合流できて良かったよ。俺たちは中を掃除したいから、アリスを連れて先行ってくれ。」

「もちのろんさだ!そうと決まれば、俺らはすぐに行くぞ!なるべく長く遊ばせてやりたいからな。」

そう言うと、あっという間にアリスを乗せて行ってしまった。

「正面から見なければ、女の人を乗せてるみたいにしか見えないね。」

ブラックタンのアリスが助手席に座っていると、華奢な体つきの黒髪女性のようだ。

「まったくだ。さて、まずはシートカバーを外そう。」


「そろそろ俺たちも出発するか。」

「もうお腹減っちゃったよ〜。あそこにクレープ売ってるから、食べてから行かない?」

桔平が指差す方向に、クレープの旗が立っている。さっきから漂ってくる甘い匂いは、あれのせいだろう。

「万ちゃんは、何か食べてから来てるだろうし。ね!いいじゃん。」

「食べてなくても、あいつはアリスさえいればいいんだろうからな。」

「やった!」

2人で店の前に行くと、横にメニューが表示されており、小さなスタンド看板には、いくつかの写真も貼られている。緑菜は一瞥してさっさと注文を済ませたが、桔平は「迷っちゃうなぁ〜。」と散々時間をかけてようやく注文した。

「お前は時間をかけ過ぎだ。」

「こんだけいっぱい種類があるんだから、そりゃ迷っちゃうでしょ。」

そうこうしていると、緑菜のクレープが出来上がった。

「先に食うぞ。」

「なに?なに?何にしたのー?」

「ハムチーズサラダだ。」

「げげっ!何でせっかくのクレープなのに、そんなの食べてるんだよ。」

「何だと?おかずクレープこそ正義だろう。」

「何言っちゃってんの?クレープといえば、スイーツ系が王道じゃん。」

「見ろ。温かいクレープに包まれてほんのりと温まったハムと溶けたチーズ。」

そう言って一口齧った。

「このチーズ!このチーズがミルキーなコクを出しているんだ。そして温かい中にあって、」

さらにもう一口。

「冷たくシャキシャキしたレタス。ほら、音が聞こえるだろう?ツナも捨て難いところだったが、今日はハムにして正解だったな。」

「あ!僕のもできた!」

「おい、俺の話しを聞いてるのか?」

桔平がいそいそと持ってきたのは、チョコレートがかかった大量のホイップに、イチゴとバナナがぶっ刺さった、ソフトクリームのような代物だった。

「うわぁ!めちゃくちゃ美味しそー!」

「お・・おまえ・・それ食うのか?」

「当たり前じゃん。んぐっ・・うまぁい!!」

桔平は満面の笑みを浮かべた。

「うん!フルーツも甘い!」

そう言って、イチゴとバナナの順に食べた。

「ホイップに負けない甘さがあって、チョコには甘いだけじゃなくコクと苦味があるから、甘さにメリハリがでるんだよ。そこへもってきて、この、」

そこまで言うと、添え付けのスプーンで下の方からクリーム色のドロッとした物をすくってパクリと食べた。

「これ!このカスタードクリーム!ん〜、たまんない!」

「いやいや、そんなのただ甘いだけじゃないか!いいか、生地の炭水化物、ハムとチーズのタンパク質、ここはトマトケチャップが入っているから、レタスとケチャップのビタミン。これだけで完全食じゃないか。」

「なに言ってんの!クレープ1つで完全食も何もないだろう。フルーツ、ホイップ、チョコ、カスタードクリーム。甘さの種類は違うけど、クレープで包まれることによって、これらが渾然一体となって、口の中に夢の国が広がるんだよ。」

「クレープ1つで、夢の国なんかに行けてたまるか。」

互いに譲らないまま食べ終わると、万とアリスの待つドッグランに向かった。


目的地に着いて大型犬のエリアに向かうと、なぜか万が白いものに張り付いているのが、遠目にもわかった。

「あれ?ねえ、あれ万ちゃんじゃないかな。」

「そうだな。あいつ何やってんだ?白いのは・・犬だな。グレートピレニーズだ。」

「え!あれ犬なんだ。デカいね。」

近くまで行くと、万がしゃがみ込んで白い犬に顔を埋め、アリスも同じ犬に跳びかかっているところだった。白い犬の方は、置物のように微動だにしない。周りには、グレートデンや秋田犬が飼い主と遊んでいたが、グレートピレニーズことグレピの飼い主はいなかった。

「お前、何やってんだよ。」

「お!やっとお出ましか。俺たちは楽しくやってるよ。」

「楽しそうなのは見ればわかるよ。何してんの、ってこと。そのワンコは?」

「タローって言うんだよ〜。すげぇ可愛いヤツなんだよ〜。飼い主のお父さんが怪我しちゃったから、お母さんと来てるんだけどさ、コイツは力が強いから、俺が相手させてもらってんだよ!な、タロー。」

万はそう言って、タローに顔をスリスリしている。

「ねぇねぇ万ちゃんはさ、クレープ食べるんだったら、生クリームいっぱいの甘いヤツと、ツナとかハムみたいな甘くないヤツ、どっちがいい?」

「なんだそりゃ」

「さっきのサービスエリアで食べたんだけどさ、どっちがいいかってことになったんだよ。」

「甘くないヤツに決まってるだろう?」

「当然、甘いヤツだよね?」

2人して万に迫っていると、

「私ならバターシュガー一択ね。」

後ろから中年の女性が声をかけてきて、お互いに「どうも」と会釈した。どうやらタローの飼い主のようだ。

「私だけだと物足りなさそうだったんだけど、万さんに遊んでもらったらあんなに喜んじゃって。」

置物みたいになってるけど、どうやら喜んでいるらしい。

「あそこのバターシュガーは、めちゃくちゃ美味しいのよ。生地本来の味がわかるから、誤魔化しがきかないしね。バターの塩味と、グラニュー糖の少しザラッとした部分を残しながら溶けてしっとりとした甘味。たまらないわよ〜。」

緑菜と桔平は顔を見合わせた。

「お前ら、帰りに寄ろうと思ってんだろ。」

話しを聞いていた万が声をかけてきた。

「反対側のサービスエリアには、あの店ないぞ。」

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