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みつ豆

「ああ、あそこだ。」

「並んでいないみたいだな。すぐに入れそうだ。」

角を曲がると、通りの向かいに新しくできたという甘味処「鶴羽や」が見えた。

黒に近い焦茶色の柱が2本立ち、瓦のひさしを支えている。柱の色に合わせた格子ガラス戸は上品で、上部に下がっている店名を書いた真新しい暖簾も、短めだがバランスが良い。

ここは万が教えてくれた店で、餡が絶品だと言っていた。甘党の万は、甘い物を提供してくれる店の情報に、アンテナを張っている。

「見た目からして、味に期待しちゃうね。」 

緑菜は黙って頷くと、自動ドアになっている引き戸を開けて中に入り、桔平もそれに続いた。

店内は、それなりに混んでいる。それでも待つことなく入れたのは、混雑するであろう時間を避けたからだ。

「いらっしゃいませ〜。」

濃紺の制服を着た愛想のない中年の女性店員が振り返り、案内されたのは端にある2人用テーブルだった。

温かいお茶とおしぼりを置き、お辞儀をして店員が下がると、さっさとメニューを開いてみる。

「うわぁ、どれも美味しそうだなぁ。こだわりのかき氷っていうのもあるよ。餅もあるし、おっ!どら焼きもあるぞ。」

「俺はみつ豆だ。」

「え?もう決めてんの?」

「初めての店だ。甘味処ならば、どこも餡はそれなりに旨いが、寒天は違いがはっきりわかるからな。」

「確かに。僕もみつ豆にしようっと。」

桔平は、店内を見回してさっきの店員を見つけると、軽く手を挙げてテーブルまで呼んだ。

「ご注文をどうぞ。」

ここにきてまだ愛想がない。定員の愛想と味は比例しないから、2人とも、特に緑菜は全く気にしないが、桔平は、ちょっと笑顔が見えると、途端に居心地が良くなるんだけどなぁと思った。

「みつ豆を2つ。」

「白蜜と黒蜜どちらになさいますか?」

「白」「黒」

店員に訊かれて2人同時に答えた。

「ここは白だろう。」

「そっちこそ、なんで黒蜜のふくよかな美味しさを味わわないんだよ。」

「白蜜の潔い甘さこそ、砂糖の真価が問われるんだ。黒蜜の野暮ったさを選ぶ意味がわからんな。」

「野暮ったいとはなんだよ。黒蜜の力強さを味わったら、白蜜なんて物足りないだけじゃないか。」

2人で力説していると、クスクス笑いが聞こえた。

はっとして周りを見ると、客達の視線は、蜜の色で揉めている2人の男性客に注がれている。

うわぁ!しまった!

桔平は恥ずかしくなって真っ赤な顔で俯いたが、緑菜の方は飄々として気にしている様子はない。

「じゃあ、白と黒1つずつで。」

2人のやり取りと対照的な様子を見て、無愛想な定員まで思わず笑っていたのが、桔平にとってせめてもの救いだろう。これで少しは居心地が良くなったはずだ。

店員が下がると、

「も〜、恥ずかし〜。」

両手で顔を押さえた桔平に、緑菜は腕を組みながら

「何が恥ずかしいんだ。自分の主張に自信がないのか?ならば、やはり白蜜にするべきだったな。」

と言った。


「お待たせいたしました。」

さっきとは打って変わったにこやかな表情で、定員が2つのみつ豆がのったトレイを運んできた。

「こちらが白蜜、こちらが黒蜜でございます。」

目の前で白か黒かで揉めていたからだろう、黒蜜の桔平の前には、外側が黒っぽく内側は薄茶色の陶器の器が、白蜜の緑菜の前には、切子の入った透明なガラスの器が、小さな蜜入れに入れられた蜜と共に、間違えることなく置かれた。

「うわぁ。」

「ほう。」

半透明の寒天キューブが盛られ、その上に杏の甘露煮が2つ、パインと桃が2切れずつ、みかんの蜜漬けが3つ、そして紅白の牛皮がバランスよく並べられ、赤えんどう豆が散りばめられている。

「ここのはチェリーが無いんだね。」

「そうだな。俺は無い方が良いが。」

「僕は好きなんだよなぁ。唇で簡単に潰せてちゃって、やる気を感じないくらい柔らかいくせに、それでいて形も崩さず、軸まで真っ赤で見た目も可愛いやつ。」

「ふん。乙女か。」

そんなことを話しながら、それぞれの蜜をとろりとかけた。

「この寒天はセピア色だから、無漂白の寒天だな。」

「僕の器は内側が薄茶色だから、わかりにくいけど、確かに色が残ってるね。てことは、粉寒天を使ってない昔ながらの寒天ってことだ。」

「見ろ、この透明感。清らかな水にしか見えないのに、とろみがあることで艶々と寒天に纏わりついていく。」

「いやいや、この黒蜜見てよ。濁りがなくて輝いてる。まるで宝石を溶かしたみたいじゃない。」

蜜を残さずかけると、容器を脇に置いて2人してスプーンを握り、寒天をすくった。

「やはりまずは寒天だな。」

「そうだね。先に味の濃い物を食べると、寒天の味がわからなくなるから、やっぱり寒天からだよね。」

「白蜜を纏った寒天の美しさときたら。光にかざすと、向こう側が艶めきの中にうっすら透けて見える。この輝きを食するわけだ。」

そう言って口に運ぶと、緑菜は目を閉じた。

「特有の風味がほのかに残る歯切れの良い寒天に、滑らかでスッキリした甘さの白蜜が絡んでくる。」

桔平は、かかった蜜を確かめるように、スプーンの周りをぐるりと見た。

「沖縄県産の黒砂糖は、島によって全然味が違うから、それを原料にしてる黒蜜も味に違いが出てくるんだ。それに、黒砂糖以外にも蜂蜜とか水飴を入れるから、何を入れるか、どこまで煮詰めるかによっても味が全く変わるんだよ。」

そんなことを言っているうちに、黒蜜の衣を脱いでスプーンに溜まらせた寒天と、溜まった黒蜜を、桔平はジッと見つめてからゆっくり口に運んだ。

「んっ、すごいぞ!この黒蜜は、寒天特有の風味を包み込んで融合させることで、風味を際立たせるんじゃなくて、まろやかな深い味に変えてるんだ。」

2人で顔を見合わせると、

「旨い!」

と言ったのは同時だった。

「これ、本当においしいね。」

「そうだな。また来てもいいな。」


食べ終わって店を出ようとレジに向かう途中で、筋骨隆々の男が1人で座っているのを見つけた。

「あれ?万じゃん!来てたの?」

「おう!お前らも来てたのか。」

「僕らは、もう帰るところだよ。」

「で、お前は何を頼んだんだ?」

「俺か?みつ豆だ。」

桔平と緑菜の2人がピクリと反応した。

「白蜜だろう?」

「黒蜜だよね?」

2人から食い気味に言われた万は、目をパチクリした。

ちょうどそこへ、先ほどの店員がトレイを持ってやってきて、

「お会計ですか?少々お待ちください。」

と、またしてもにこやかに言った。

「あ、いえ・・。」

そう言った桔平と、会釈した緑菜が見ている前で、テーブルの上に2つのみつ豆が置かれた。

「クリームみつ豆と、あんみつでございます。」

「・・・・・・・」

無言で傍らに立つ桔平と緑菜に向かって、万が言った。

「餡子の味を邪魔しないように、あんみつは白蜜にしてるんだ。クリームみつ豆は黒蜜にして、ソフトクリームに変化があるようにしてる。つまり、白黒両方ってことだな。」

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