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チーズケーキ

「うわぁ!美味しそ〜。」

仕事の帰り道、桔平は張り付かんばかりにしてショーケースを見ている。


仕事のために初めて降りた駅で、そのお店を見つけた。

生垣が続く大きな家を通り過ぎたところに、金平糖を付けたコニファーが植えてある。正確には、金平糖ではなく球果きゅうかと呼ばれる、杉や松など針葉樹のつける実だ。

「おっ!ゴールドクレストの実だ。可愛いなぁ」

これ何とかボールに似てるんだよね。名前忘れちゃったな、何ボールだっけ?

そんなことを考えながら歩き出すと、家というには不自然なガラス窓に気づいた。

木製の壁に、磨き上げられた大きな窓。外から丸見えなのに、カーテンもない。こちら側から目を凝らして見ると、何やら冷蔵ショーケースらしき物が見える。

桔平のアンテナが瞬いた。

これは美味しいお店だ!

外の光が反射して中が見えづらいので、自分を影にして覗き込むようにすると、ケーキが見えた。

横には丸いガラス窓のあるドアがあり、『Open』の札が下がっている。

中を見てみたいけど、今は買えないからなぁ。なんていうお店なんだろう?

ふとドアの脇にある、申し訳程度の小さな看板に気づいて、その正面に回り込んだ。

「へぇ。『パティスリー フェーヴ』っていうのか。今日は打ち合わせが終われば帰るだけだし、帰りに寄っていこうっと。」

桔平はそう呟くと、どんなケーキがあるのか想像しながら、足取りも軽く打ち合わせ先に向かった。

そして現在、ショーケースに張り付いていると言うわけだ。

並んでいるのは、アプリコットジャムが塗られてつやつやぷるぷるのスフレチーズケーキ。

表面がキツネ色に焼けて、中央に向かって少し窪んだベイクドチーズケーキ。

土台(ここのは多分グラハムクラッカーだろう)があって、見るからにクリーミーそうな艶感のあるニューヨークチーズケーキ。

チョコレートがかかっているのかと思ってしまうほど、香ばしく焦げ目のついたバスクチーズケーキ。

粗く砕いたクッキーを土台に、白に近いアイボリーの滑らかな断面が美しいレアチーズケーキ。

どれもフルーツや生クリームがのっているわけでもなく華美ではないものの、丁寧に作られているのが一目でわかる。わかるが・・・

「あの、こちらはチーズケーキの専門店なんですか?」

桔平は思わず店員に尋ねた。

この店に店員は1人しかいない。眼鏡をかけてヒョロリとした男性だ。男性といってもかなり若い。なんなら学生と言っても通りそうだ。

「いえ、好きな物ばかり作っていたら、チーズケーキだけになってしまって。時々ティラミスとかダブルチーズケーキなんかも出すんですけど。」

「それもチーズですね。マスカルポーネだ。」

桔平が人好きのする顔でニンマリ笑うと、確かにそうですね、と言って大人しそうな店員は笑顔を見せた。

「一人なので、凝ったものとか、あまり色々な種類は作れないんです。」

「え!?一人で作ってるんですか?これ全部?」

「はい。ここはもともと祖父の店だったんですけど、引退するって言うので、だったら僕が、って好きに使わせてもらってるんです。」

「へぇ〜。まだ若いのに、一人でケーキ屋をやるなんてすごいなぁ。お祖父様も嬉しいでしょうね。」

感心しながら冷蔵ケースの中を見ていくと、改めて種類毎の違いに気づかされる。

「チーズケーキも、こうやって並べると面白いですね。」

「そうなんです!」

突然、店員が身を乗り出してきて、桔平はたじろいだ。

「どれも材料はクリームチーズなんです。クリームチーズにもメーカーによって味に微妙な違いがあるので、ケーキの種類や作り手の好みによってメーカーを変えることもあるんですが、僕はレシピの方を調整して、あえて全てのケーキで同じメーカーを使ってるんです。つまり、使っているのは全く同じクリームチーズなのに、加える材料や作り方によって、違う種類のチーズケーキができあがるんです。めちゃくちゃ面白いですよね!特にこれなんかは、」

そう言って慌ただしくショーケースの前に出てくると、レアチーズケーキを指差しながら熱く語り続けた。

「加える材料を変えるだけで、味も食感も全然違うものになるんです!無限ですよ、無限!生クリームだったりヨーグルトだったり、ゼラチンを入れたり入れなかったり、フルーツを使ったり。フルーツだって、何にするかで本当に違う物が出来上がるんです!化学反応みたいだと思いませんか?」

「・・・お、おう。」

大人しそうな店員が豹変したことに気圧されながら、桔平はやっとのことで返事をした。

何かに気づいたのか、店員はハッと我に返ると

「す、すみません、つい夢中になっちゃって。」

そう言いながら、気恥ずかしそうにカウンターの向こうに戻った。

「いやいや、ものすごく熱い想いが伝わりましたよ。よっぽどチーズケーキがお好きなんですね。」

「いつか、このどれにも属さないオリジナルのチーズケーキを作りたいんです。」

「大丈夫!それだけの熱意があれば、絶対できますよ。僕が保証します。」


「で、これを買ってきたのか。」

「うん!美味しそうでしょ。」

桔平は家に帰ると、ケーキの箱をテーブルに置いて緑菜に中身を見せた。

保証っていったい何の保証なんだ、とブツブツ言っている緑菜のことは無視して、桔平が一つずつ説明した。

「僕はスフレチーズケーキ。絶対これ。口の中でシュワッとなくなるのがたまんないんだよね。ふるふるしゅわん!って感じでさ、チーズだけど重くないんだよ。」

「メレンゲのおかげで、空気が大量に含まれてるからな。おまけに湯煎焼きで、蒸しているのと同じだからこその口溶けだ。」

「ナッパにはレアチーズケーキだよ。好きでしょ?」

「ああ。冷たくてサッパリしてる中にも、特有の濃厚さがある。泡立てた生クリームを加えて作ったゼラチンなしのレアチーズも美味いが、ゼラチンの入ったレアチーズのプルンとして滑らかな食感も後を引くんだ。たまらんね。」

桔平はうんうんと頷きながら、ご機嫌でハミングしている。

「これは万の分!ニューヨークチーズケーキにしたんだ。」

「ニューヨークチーズケーキは、小麦粉を少なくして湯煎で焼くからな。ベイクドチーズケーキよりしっとりとして、チーズの味が濃厚なんだ。万はこういう味が好きだから、この中なら間違いなくこれを選ぶな。」

「だよね!そうだよね!」

それにしても、そう言って緑菜は首を傾げた。

「なんで全種類買ってこなかったんだ?あとこれは何だ?」

緑菜は、3つ並んだ小さなパイのような物を指差した。

「ああ、これ!これはね、ガレット・デ・ロワ。」

「ガレット・デ・ロワ?これが?」

「の、マイクロ版。」

そう言って、桔平はイタズラっ子のようにクツクツと笑った。


ショーケースの端っこに、丸いパイのようなタルトのような物が並んでいた。

表面にはナルトのような渦巻模様が描かれて、美しい焼き目が付いている。

「これは何ですか?エッグタルト?」

「ああ、これですか?これは、ガレット・デ・ロワです。」

「え!?ガレット・デ・ロワ!?」

そう言って目を見開いて驚く桔平を見て、店員が満足そうな顔をした。

「公現祭のお祝いに食べるお菓子ですよね!中に「フェーヴ」って呼ばれる小さな陶器とかが1個だけ入ってて、それが当たった人は一日王様か女王様になれるやつ!いやこれ本当、大好物なんですよ。初めて食べた時にめちゃくちゃ美味しいと思って、それ以来毎年買って食べてます。そうか!だからこのお店も『フェーヴ』っていうんですね。」

「そうなんです。本当は、フェーヴってそら豆のことなんですよ。昔はそら豆を使っていたからなんですけど、その名残で今もフェーヴって呼ばれているんです。」

そう言って、店員は満面の笑顔になった。

「僕もガレット・デ・ロワが大好きで、常々1月のイベント菓子なんて立ち位置はもったいないと思ってたんです。だけど、特別なお菓子なのに普段から作るのは、なんだか文化を蔑ろにするみたいで嫌で。だから、伝統模様は入れずに大きさも変えて、気が向いた時だけ焼いて出すことにしたんです。」

「伝統模様?」

「表面に『レイエ』と呼ばれる装飾としての模様をつけるんです。主に4種類あって、月桂樹とか麦の穂とかが描かれてるんです。もちろん、『五穀豊穣』とか『勝利』みたいに、それぞれ意味もあるんですよ。」

「いやあ、嬉しいなぁ!これって、アーモンドクリームなんですよね?」

「アーモンドクリームの物もありますが、アーモンドクリームにカスタードクリームを加えたフランジパーヌを使う物もあります。僕が作るのは、フランジパーヌの物です。」

「へぇ。2種類あるなんて知らなかったなぁ。だから店によって味も違うのか。バランスよく小さく作るのも、難しいんじゃないですか?」

「そうなんです!」

わかってくれましたか!と言わんばかりに、またしても店員は身を乗り出してきた。

「単に小さくするだけじゃダメなんです!生地の厚みがそのままでは、大きさが小さくなるぶんクリームの量が減ってしまいます。かといって、あまり厚みを変えると生地とクリームのバランスが崩れて、本来の味が保てなくなります。だから、少し厚みをもたせるようにしてあるんです。」

「で、伝統模様は入れてないってことでしたけど、このぐるぐるとした渦巻模様は、なんていう意味なんですか?」

あまりの勢いに、桔平は少し話しを変えてみた。

「意味はありません。」

「え?」

「ただのカタツムリです。」

「・・・・・」

「カタツムリの殻は黄金比なんで。」

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