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目玉焼き

迷っちゃうこともあるし、自分はコレ一択!っていうこともありますよね。

おじさん達は、何を選ぶんでしょうか。

目が覚めると、「ん〜」と声を出しながら、手足をぐいーっと伸ばした。

足はもちろん、手の方もすっかりはみ出たけど、構うもんか。

ベッドだと、ヘッドボードがあったり、手足がはみ出たりするから、こんな風に思いっきり伸びをすることなんてできない。

布団ならではだな。

「おはよう。」

桔平がダイニングに行くと、アリスが走り寄ってきて飛びかかってきた。

「うおっほ!おはよう、おはよう!」

アリスはブラックタンのアフガンハウンドで、2歳になったばかりだ。まだまだイタズラ盛りだが、最近になってようやく、置いてあるクッションを破らなくなった。それでもまだ、とてもじゃないが和室には入れられない。畳を掘られた過去があるからだ。

ハウンド特有の脚力で、嬉しそうにピョンピョン跳ねるのを落ち着かせながら、立ち上がると胸元までくる細長い顔をガシガシと撫でてやる。少しすると満足したらしく、部屋の隅にあるカウチに戻り、脚を伸ばして座面いっぱいに寝そべった。

「おはよう。休みなのに早いんだな。」

テーブルに英字新聞を広げながら、湯呑みで緑茶を飲んでいる緑菜りょくさいが声をかけてきた。

「まあね。そっちは相変わらず、和洋折衷なんだね。」

「まあな。」

緑菜は、読んでいた新聞を几帳面に畳むと立ち上がり、

「目玉焼きを焼こう。トーストを頼む。」

と言った。

「オッケー!」

昔ながらのポップアップトースターにパンをセットする。桔平は厚切りが好きだから、本当は4枚切りにしたいところだが、8枚切りを好む緑菜と協議の結果、間をとって6枚切りに落ち着いたのだった。

「ナッパ、トマト切る?」

ナッパというのは、緑菜のことだ。緑菜から葉物野菜、つまり菜葉ナッパを連想したからそう呼んでいる。初めは嫌がっていたが、既に慣れてしまったようだ。もしかしたら、諦めたのかもしれない。

「そうだな。頼む。」

「今日は何塩にしようかな〜。」

「ヒマラヤ岩塩にするか。」

「了解!あれ甘くて美味いよね。」

ナッパは凝り性だから、何種類もの塩を揃えている。

桔平は、塩イコールしょっぱいものだと思っていたが、ナッパに言われてしぶしぶ味わってみると、一つ一つの違いに驚いた。以来、ブロッコリーだけ、トマトだけ、アボガドだけ、というような食べ方をする時には、使う塩を選んで食べているのだが、それがなかなか楽しい。といっても、使う塩を選ぶのは緑菜だが。

パンの焼ける香ばしい匂いが漂い始め、アリスの鼻がヒクヒクと動き始める。

「さあ、できたぞ。」

目玉焼きが出来あがるのと同時にパンが焼けて、トースターがポンッと小気味良い音を立てた。桔平は、そこから1枚取り出して皿の上に置くと、再度レバーを下げて残りのパンを追い焼きする。

桔平は、あまり焼けていないトーストを好み、緑菜は耳までこんがりと焼けたパンを好んでいるからだ。

パン祭りでもらった2枚の白い皿それぞれに、緑菜が作り置きしているキャロットラペと、形の良い2個の目玉焼きがのっている。アリスはラペに使われている酢が苦手なので、一気に興味を失ったようだった。

緑菜の目玉焼きは両面焼き、桔平の方は片面焼きだ。丸い黄身がツヤツヤとした半熟の照りを放っている。

「美味しそうだな。」

「ただの朝飯だ。」

「なんだよ。それ言ったら身も蓋もないだろう。」

ちょうど緑菜のパンも焼き上がり、皿に取っている間に桔平はいそいそと中濃ソースと醤油を出してきた。

「よし、いただきます!」

「いただきます」

向かい合わせに座って同時に手を合わせると、目玉焼きにそれぞれの好む調味料をかける。

両面焼きの緑菜はソース、片面焼きほ桔平は醤油だ。

「朝はトーストなのに、毎度毎度よく飽きもせず醤油をかけるな。」

「何言ってんの!目玉焼きは、やっぱり醤油だろう?」

「いいや、目玉焼きにはソースだ。米を食べるんだったら醤油でも良いだろうが、俺達が食べているのは食パンなんだぞ。」

「いやいや、わかってないな〜。」

そう言いながら、桔平は硝子の醤油差しを少しだけ傾けて、数滴を黄身にかけた。

「黄身の甘みを、醤油の塩気が引き立てるんだよ。しかも、アミノ酸の旨みが強いから、火が通ったことで味が濃くなって、まろやかさが増している黄身にも負けず、かと言って出しゃばりもせず、コッテリえも言われぬ味が生まれるんだよ。ソースをかけたら、この繊細な甘みと味が感じられなくなるじゃないか。」

「何を言っているのか、さっぱりわからないな。」

緑菜も自分の目玉焼きに、ソースをシャシャッと斜めにかけた。

「ソースは、野菜や果物とスパイスに、調味料を入れて煮込むことでできているんだ。様々な旨みが複雑に絡み合っている。しかも、ケチャップとバターを混ぜるだけで即席のデミグラスソースにもなるんだぞ。デミグラスソースはオムレツにもかけるくらい、相性は抜群なんだ。」

桔平は頭をゆっくりと横に振った。

「いいや、TKG、卵かけご飯だって醤油をかけるじゃないか。大豆と小麦と塩。これだけでできちゃうんだよ?すごくない?微生物に発酵させて寝かせるなんて、誰が考えたんだよ、ってくらいの大発明だと僕は思うね。見てよこの色。」

そう言って、褐色の醤油をうっとりと眺めた。

「お前はまだ、ソースの奥深さを知らないんだ。醤油なんて、目玉焼きにかけたら油ではじかれるだけじゃないか。その点ソースの場合、半熟はもちろん固茹での黄身にさえ絡みついて、水分を補いながら、さらに旨みも与えている。」

「いや、日本人なら醤油でしょ。」

「ソースを認めないなんて、いつの時代に生まれたんだ?」

2人の静かな攻防が続く。

と、突然アリスがクンクンと鼻を鳴らしながら、小走りで玄関に向かった。

「ん?」

「来たな。」

ガチャガチャと鍵を開ける音がして、

「アリス!よしよし、あ〜!会いたかったよ〜!」

という妙に裏返った声と、アリスがキュンキュン鳴きながらジャンプする音がした。

「今朝は早いな。」

「本当だね。」

しばらくすると、ドスドスと粗暴な足音が響いて、アリスと一緒にダイニングに入ってきたのは、筋骨隆々とした財前ざいぜんばんだ。

「はよーっす!」

「おはよう。なんか早くない?」

「確かに、いつもより1時間は早いぞ。」

「楽しみ過ぎて早く目が覚めちゃってさ。待とうとは思ったんだけど、待ちきれなくなって迎えにきたぜ。」

万はそう言うと、2人の朝食を見て

「お前ら、またやってんのか。」

と言って笑った。

「万、飯は?」

「まだ食ってない。会いたさが勝っちまってな。」

そう言って、アリスの頭を撫でた。

「腹が減ってるなら、お前の分も目玉焼き焼くぞ」

緑菜が尋ねると、

「ああ、悪りぃけど頼むよ。」

そう言うと、万が床にどっかりと座り込んで、アリスを抱きかかえると、アリスも気持ち良さそうに、じっと大人しくしている。大型犬も小型犬と同じように、抱っこされるのが好きなのだ。

「さて、ちゃちゃっと飯を済ませるか。」

「そうだね。」

緑菜と桔平は、急いで残りの食事を済ませると、万のために目玉焼きとトーストの用意を始めた。緑菜が目玉焼きを焼き、桔平は洗い物を済ませてからトーストのセットをして、1人分のトマトを切る。

熱したフライパンに卵を割り入れ、白身の端が縮くれてシュワワッとなるまで焼いてから、卵に直接かからないように少しの水を回し入れると

ジュウゥゥゥッ

水が瞬時に沸騰する音を蓋で遮って、蒸し焼きにする。

一呼吸置いてから火を止め、そのままジリジリと音がするのを聞きながら、タイミングを見計らって蓋を取ると、表面が白くなった黄身と、それを包みこむように広がり、縁が僅かに反り上がって茶色い焼き色がついた目玉焼きができあがった。万の好みは、黄身がしっかり固まった片面焼きなのだ。

「ふふん。良い出来だ。」

緑菜が、満足そうに鼻先で笑うと、桔平が

「こっちも用意できたよ!」

と言った。

「お!旨そうだ。2人ともありがとな。」

万がアリスを降ろしてテーブルにつくと、2人してすかさず中濃ソースと醤油を差し出した。

「今日こそ醤油だよね。」

「無論ソースだろう。」

万はニヤリと笑い、冷蔵庫からトマトケチャップを出してきた。

「俺は、」

話しながら、箸を使って黄身を取り出した。

「固茹でになった黄身にケチャップをつけるのが好きなんだよ。いつも通りにな。」

読んでくださり、どうもありがとうございました。

週1回くらい更新できるように、ゆっくり書いていきたいと思います。

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