"一笑江湖"
アパートメントの安い木扉が、勢い良く開く
飛び込んで来た君は息を切らしながら、きょろきょろと様子を探っていたが、僕の姿を視線の先に認めると、泣きそうな顔で安堵を視せて僕に抱き着いてきた
「こんな白昼から男同士が抱き合うのは、感心しないね」
鬱陶しげに君の躰を押し返すと、君はついに泣き始め、ぐしゃぐしゃになった表情と声で僕に事情を説明し始めた
内容は案の定、『あの手紙』の事だった
「あの手紙、遺書なのかと思ったよ」
君が胸ポケットから出したハンカチで涙を拭う
僕は事実を話さないとこじれる雰囲気を感じ、白状する事にした
「あの手紙な……」
バツが悪そうに視線を逸らしながら、僕は続ける
「あれ、使い回しなんだよ」
「実はその……同じゼミの女の子から、手紙を貰ってね……」
「恋文のようだったから……君がどんな反応をするかと、自分が書いた風を装って渡してしまった」
君が、きょとんとした顔で僕を視る
遺書と恋文
認識もずれている事だ
僕たちは改めて手紙を読む事にした
お待たせしてしまいましたね
前にお会いしてから随分月日
を置いてしまいました
呪いの様に、思慕の心が私を締付けて止みません
いつも心には貴方様が居りました
殺したい程に愛しい、貴方様
しあわせになさって下さいね?
ただ、それだけが私の願いです
いとしい方、私の愛した貴方
「「縦読みか……」」
落胆を隠しもせず、僕たちは手紙を投げ捨てた
丸められた便箋は放物線と共に屑籠に入る
暫くすると、屑籠からおびただしい数の蝿が群れとなって湧き出して来た
窓を開ける
蝿達はゆっくりとだが、部屋を暴れ回ったあと唯一の出口である窓から飛び去っていった
「呪いかな」
トイレに隠れていた君が、恐る恐る安全を確認しながら這い出てくる
僕は「そんな事ある?」と言うと換気扇を回し、その下でマッチを擦ると煙草に火を付けた
僕に恋文をくれた女の子であったが、後日、入居しているアパートメントの一室で、縊死して居るのが発見された様だった
聞けば、死亡推定時刻は蝿が湧いた時刻と一致するとの事だ
お返しに僕はある夜、墓に忍び込むと刷毛で彼女の墓に水飴を厚塗りした
蝿が集まる
「ざまあみろ……!」
僕は刷毛とバケツを放り出すと、後も視ずに走り出した




