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ちゃぶ台の向こう側 (改訂版)  作者: 仙道 神明


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7/20

六品目 鍋

教室の空気は、昨日と何ひとつ変わっていなかった。

スマホの画面を覗き込み、笑い声を上げるクラスメイトたち。

誰かが動画を見せては、「これウケる」「まじやばくない?」と盛り上がる。


澪は静かに席に着いた。

スマホには、先日の“笑っている自分”の写真。

その存在が、心のどこかに小さな灯をともしていた。


「ねえ、澪ちゃん! あの新しい映えスイーツ、知ってる?」


隣の女子が話しかけてくる。澪は少し戸惑って首を傾げた。


「え……?」


「駅前にできたやつ! ほら、プリンの上にソフト乗ってるやつ!」


「あ、見たことないかも……」


「うそ!? スイーツ興味ないタイプ?」


澪は少し考えてから、ふと微笑んだ。


「……パンの耳のカリントウとか、ビンのラムネ……が好き、かな」


「なにそれw パンの耳?」

「やばっ、昭和すぎでしょ!」


――教室に軽い笑いが広がる。

何気ない会話。悪気のない声。

でも、ほんの少しだけ、胸の奥がちくりと痛んだ。


少しだけ、息を止めた。

でも――


(大丈夫。私は、笑ってもいいんだ)


ちゃぶ台を囲んだ、あの夜。

みんなで笑った時間が、背中をそっと押してくれた。


——放課後。


澪は校門を抜け、人気のない道を一人で歩いていた。


途中、小さな公園のベンチに腰を下ろす。

夕日が差し込む中、スマホを取り出して画面を開いた。


そこには、昭一と並んだツーショット。

良子が撮ってくれた一枚だ。


不思議だ。

自分がこんなふうに笑っているなんて、想像もしていなかった。


「……私は、笑いたいんだ」


ぽつりとつぶやく。

誰に聞かれるでもない言葉。


その言葉に、自分自身が少し驚いて、

でも、それが本音だとすぐにわかった。


——


家に帰ると、母はいつものようにソファでスマホをいじっていた。


「ただいま」


「……あぁ、おかえり」


画面から目を離さず、母は短く返す。

その言葉の軽さに、心が一瞬だけ沈む。


でも、今日はもう沈み切らない。


自分の部屋で、机にノートを開く。

そのページに、ボールペンでゆっくり文字を書いていく。


《ちゃぶ台って、なんだろう?家族の真ん中にあるもの。笑い声と、ごはんと、ぬくもり。

――私は、それを守りたい。》


小さく口元が緩む。


ちゃぶ台のない場所でも、私はもう大丈夫。

あのぬくもりが、ちゃんと胸の中にあるから。


——金曜日の放課後。


教室では友達同士の予定が飛び交っていた。


「明日どこ行くー?」「プリ撮りたい!」


澪はそれを横目に、静かに鞄を持って廊下へ出た。


(みんな、楽しそう……でも、私は)


ふとスマホを取り出す。

画面には、良子がふざけて撮ってくれた昭一とのツーショットが映っていた。


(……こんなふうに、笑ってたんだ)


自分でも気づいていなかった笑顔が、そこにあった。


「……行ってみようかな」


足が自然と、矢崎家の方向へ向いていた。



家の前に着くと、ちょうど昭一が庭で落ち葉を集めていた。


「おおっ、澪!? 今日も来てくれたんだな!」


「……うん。来たくなっちゃって」


少し照れながらも、きちんと目を見てそう言った澪に、昭一の顔が一気に明るくなる。


玄関の奥から、和夫が元気よく飛び出してきた。


「澪ちゃんだー! 今日は鍋だって!俺、ウィンナー10本食べる予定!」


「……そんなに入ってないからね」


良子が後ろから現れ、スマホをポケットにしまいながら言う。


彼女は澪の姿を見て一瞬驚いたが、すぐに優しく微笑んだ。


「なんかさ、澪ちゃんが“自分から”来てくれるとさ……すごく嬉しい」


その一言が、澪の胸にすっと染みこんだ。


「……私も。来たくなっただけだから」


「ふふ、そっか。じゃ、今日はあたしの部屋くる? またちょっとだけ、女子トーク付き合ってよ」


その前に、と昭一が澪を居間へ案内する。


「見せたいのがあってさ。これ、うちの父ちゃんが昔直した真空管ラジオ。今もちゃんと鳴るんだ」


「ほんとだ……なんか、優しい音」


「でしょ?で、これが昭和の“パタパタ時計”。目覚ましにもなるけど、たまに時間ズレるんだよな~」


昭一が夢中で紹介していると――横から和夫がずいっと割り込んできた。


「それより! こっち見て見て! 俺のコレクションだから!」


棚の一角には、ウルトラマンやバルタン星人、ゴモラなどのソフビ人形がズラリと並んでいた。


「すごい……」


「これは全部、昭和の“怪獣図鑑”に載ってるやつ!昭和って、ほんとにカッコいいんだぜ!」


得意げな和夫を見て、澪はクスッと笑った。


「うん、なんか……懐かしいって感じ」


「へへっ、澪ちゃんもそう思う?」


夕食は矢崎家名物、月に一度の“特製鍋”。

大きな土鍋を囲んで、みんなで具材を取り合う光景は、まるで昔話のようだった。


「澪ちゃん、春菊食べられる? うち、好きなものから消えるから気をつけて!」


「しらたきも早いよ! あとウィンナーも俺が5本は先取してるから!」


「和夫、せめて人の顔見て話しなさい」


母ちゃんのツッコミに、みんなが笑い声をあげる。

澪も、その中に自然といた。


(いつのまにか……笑ってた)


食後、澪は立ち上がり「そろそろ帰ります、今日はごちそうさまでした」と言って玄関へ。


見送りに出た昭一が、ドアの前でぽつりと呟いた。


「……なあ、澪」


「ん?」


「無理に話さなくてもいいけどさ。

もし困ってることあったら……俺に言ってもいいからな」


澪は目を丸くして、でもすぐにうつむいて微笑んだ。


「……ありがとう。そういうの、はじめてかも」


昭一は照れくさそうに頬をかきながら、


「……なんかさ、最近……澪、表情やわらかくなってるなって思って」


「え?」


「うん。だから、嬉しいなって」


その言葉に、澪は心の奥が温まるのを感じた。


「……じゃあ、また来てもいい?」


「もちろん!」


——


家に戻った澪は、自分の部屋で静かにノートを開いた。


そこに、そっと書き足す。


《ちゃぶ台が、私の“帰りたい場所”になっていく。誰かに受け入れられるって、こういうことなのかもしれない》


ペンを置いた指先が、わずかに震えていた。

だけどそれは、不安じゃなくて、期待の震えだった。


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