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ちゃぶ台の向こう側 (改訂版)  作者: 仙道 神明


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2/20

一品目 あんぱん

朝。

矢崎家の一日は、決まってちゃぶ台の前から始まる。


「ごはん、できたよー!」


台所から母ちゃんの声が響き、味噌汁の湯気が立ちのぼる。

木製のちゃぶ台には、焼き魚、卵焼き、漬物がきちんと並べられ、茶碗の数だけ白いごはんがよそわれている。


居間の隅では、ブラウン管テレビがぼんやりと朝のニュースを流していた。

カチャッ、とチャンネルを回す音。

だが――


「テレビは食事が終わってから!」


父ちゃんの低くて重たい声が飛ぶ。

言われた弟・和夫は、バツが悪そうに正座し直し、箸を握り直した。


矢崎家では、食事中にテレビをつけるのは禁止だ。

それが“矢崎家ルール”であり、昭一にとってはごく普通のことだった。


「ねえ、コーヒーない?」


ふいに妹の良子が言った。

朝から眠たげな顔で、髪を軽く結んだままちゃぶ台に座る。


「はあ? コーヒー?」


母ちゃんは眉をひそめながら、おもむろに戸棚から何かを取り出した。


湯を注いで、スッと差し出されたそれは

――湯呑み。


「はいよ、インスタントだけど」


良子は手に取って、数秒固まった。


「……湯呑みにコーヒー……?」


母ちゃんは悪びれもせずに返す。


「カップが見当たらんかったの。うちは湯呑みで十分よ」


「いやいやいや、せめてマグでしょ! 湯呑みで飲む人、いる!? 今どき!」


ちゃぶ台を囲んだ朝は、こうして騒がしく始まっていく――。


朝食を終えると、昭一は立ち上がって制服の襟を整えた。


「いってきます!」


「気をつけてねー!」


母ちゃんの声を背に、家を出る。

玄関先に置かれたのは――

古びたスーパーカー自転車。


ハンドルに謎のレバー、サイドミラーに意味深な赤ランプ。

変速ギアはとうの昔に壊れていて、坂道では逆に重くなるというポンコツ仕様だ。


「これ、本当にスーパーカーなのかよ……」


ため息をつきながらまたがると、チェーンがギィィと鳴る。

毎朝これで学校まで通っているのだから、もはやトレーニングに近い。


ちなみに父ちゃんの自転車はもっと古い


「昔は紙芝居に使ってたやつだ」


という謎の由来を持つ。

昭一には意味がよくわからないが、昭和の父親はそういうことを平気で言う。


ガタつく車体を漕ぎながら、いつもの路地を抜ける。

道端で近所のおばあちゃんがほうきを片手に掃除をしていた。


「おはようございます!」


「あら、昭一くん。今日も元気ねぇ」


柔らかい笑顔と、朝のあいさつ。

このあたりにはまだ、昭和が残っている。


さらに通りすがりの駄菓子屋の前では、ガラガラとシャッターが半分開き、おじいちゃんがラムネのケースを外に出している最中だった。


「おじいちゃん、おはよう」


「おう、昭一。今日も学校か。まっすぐ帰れよー」


いつもの、変わらない街。

変わらないけど、どこか温かい。

そんな景色を背に、昭一は今日もペダルを漕ぎ続ける。



午前の授業が終わると、教室に賑わいが戻る。

昼休み。クラスメイトたちが笑い声とともに弁当を広げる中、昭一は窓際の席でパンをかじっていた。


隣の席には、いつも静かな少女が座っている。


無口で、クラスでもあまり誰とも話さない。

それでも昭一は、なんとなく存在が気になっていた。


隣からぽつりと声が落ちてくる。


「……それ、あんぱん?」


驚いて顔を向けると、少女は教科書の影からこちらを見ていた。


「あ、うん。近くのパン屋の。あんこたっぷりでうまいよ」


「……あんこ、……私も好き」


それだけ言うと、少女はまたそっぽを向いてしまった。

でも、たしかに少し――口元が緩んだ気がした。


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