番外編①「父ちゃん(鉄夫)」
朝五時。まだ薄暗い台所に、新聞をめくる音だけが響く。
「……今日もいい天気だ」
矢崎鉄夫、職人気質の大工で、早起きは三十年以上の習慣だ。
一口、ぬるくなった緑茶をすすって、ゆっくりと新聞をたたむ。
炊き立てのごはん、焼き鮭、具だくさんの味噌汁。
特別なメニューじゃないが、そんな朝食にこそ母ちゃんの心がこもっている。
誰よりも早くちゃぶ台に着き、誰よりも早く食べ終えるのが、鉄夫の「けじめ」だった。
自転車に道具箱を括りつけて出発。
向かったのは、町はずれの古い木造家屋。
今は空き家になっているが、「いつか住むから直しておきたい」と若夫婦から依頼された家だった。
柱の傾きを確認し、軒先の修繕に取りかかる。
ときどき鼻歌まじりにカンナをかけ、黙々と釘を打つ。
「最近の連中は“DIY”だなんて横文字使いやがるがな……」
鉄夫は木くずを払ってつぶやいた。
正午、弁当の時間。ちゃぶ台ではないが、道端の石に腰掛けて、和代が包んでくれたおにぎりを頬張る。
梅干し、昆布、鮭。
どれも手がかかっているわけではないが、噛みしめるほどに懐かしさが広がる。
午後、陽が傾くころには作業も一段落。
汗をぬぐいながら帰り支度をする鉄夫。
「……俺も、だいぶ年取ったな」
そんな独り言を風がさらっていった。
帰宅は夕方。いつものように靴を脱ぎ、玄関に手をかけると、見慣れない靴がある。
(ん?客か……)
「ただいま」
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