十六品目 あんぱん
間宮家の玄関前。
夏の終わり、蝉の声もまばらになった午後。
鉄夫は帽子を取り、汗をぬぐいながら澪と母の前に立った。
「これで、全部の修理が完了しました」
母は深々と頭を下げる。
「本当に……ありがとうございました。
矢崎家の皆さんがいなければ、私たちはきっと……このまま壊れていたと思います」
「おいおい、大げさだな」
鉄夫は照れくさそうに頭をかく。
「でもまあ、家はな、壊れても直せる。
……けど、家族ってのは……気づいたときには直せなくなってることもある」
母と澪が顔を見合わせる。
鉄夫はそんな二人を見て、にっと笑った。
「……だから、澪ちゃん。これからは、いっぱい笑え。いっぱい喧嘩もして、でもいっぱい話してやれ」
「……はい」
「それから――」
鉄夫が玄関に向かって指をさす。
「ああ、そうだ。特別サービスで家具をひとつ置いておいた」
「家具……?」
不思議そうに玄関を開けた母と澪。
その視線の先にあったのは、
一台の、木目の丸い“ちゃぶ台”だった。
どこか矢崎家のそれに似ていて、角の丸みや傷跡すらも懐かしい雰囲気を漂わせていた。
「……これって」
「昭一と一緒に作ったやつだ。そいつがひとつあるだけで、家族の距離は変わるかもしれねぇぞ…… まあ、昭一のアイデアなんだけどな」
ちゃぶ台を見つめながら、澪の目に涙が浮かぶ。
「昭一くん…」
母がそっとその肩に手を添える。
「このちゃぶ台で、これからちゃんと話していこう」
「……うん」
あの日、あのちゃぶ台の前で交わした小さな「うん」は、
やがて家族をつなぎ直し、未来を少しずつ変えていった。
⸻
そして、月日は流れた。
場所は、少し古びた木造の一軒家。
ちゃぶ台を囲んで、笑い合う二人の姿。
澪はエプロン姿で、昭一は新聞を片手に座っている。
「ねぇ昭一、今日の夜はカレーでいい?」
「お、カレーか! 昔を思い出すな~」
「ふふ、矢崎家伝統のカレーよ!」
ちゃぶ台の上には、パンの耳カリントウとビンのラムネ。
昔と違うのは、"あんぱん"が追加されたことだ
そして、部屋の片隅には――
あのブタ型蚊取り線香が、静かに煙を立ち上らせていた。
昭和みたいな、ぬくもりのある暮らし。
それが、いま確かにここにある。
ちゃぶ台は、私たちの“原点”なのかもしれない。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
昭和の家族の温もりを、少しでも感じていただけたなら嬉しいです。
また、番外編も公開しております。矢崎家のスピンオフ的な内容となっておりますので、読んでいただけたら幸いです。




