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ちゃぶ台の向こう側 (改訂版)  作者: 仙道 神明


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14/20

十三品目 オムライス

夕方の台所。フライパンの上で、バターの香りがふわりと広がった。


「ケチャップ、もう少しね」


と、母ちゃんが木べらを動かす。


ちゃぶ台の上には、湯気を立てる卵と、ハート型に絞られたケチャップ。


今日のメニューは、家族全員が大好きな“オムライス”だった。


「おっ、今日オムライスか!」


昭一が鼻を鳴らして座る。

和夫は「ハートだー!」とはしゃぐ。


澪はその様子を見て、ふっと笑った。


ただひとり、良子だけがスプーンを手にしたまま、ぼんやりしている。


「どうした?」と昭一。


「え? 別に。……ダイエット中」


いつもの調子で返すが、スプーンは動かない。


「成長期に何言ってんの!」


母ちゃんのツッコミで、家族の笑い声がちゃぶ台を包んだ。


けれど、澪だけは気づいていた。

良子の笑顔の奥に、ほんの小さな影があることを。


⸻その夜


縁側には、夏の名残を運ぶ風が吹いていた。


スマホの画面を見つめたまま、良子が小さくため息をつく。

そこには、好きだった男子が彼女と並ぶ写真。


「#彼女とデート」


ただの文字なのに、胸がきゅっと痛んだ。


「……好きな人、いたんだね」


背後から澪の声。


麦茶を二つ持って、静かに腰を下ろす。

良子は目を丸くし、苦笑した。


「ばれた? わたし、演技下手だな」


「ううん。ちゃんと頑張ってた。でも、少し寂しそうだった」


少しの沈黙。

虫の声が、遠くで鳴いている。


「……告白もしてないの。でもさ、勝手に期待して、勝手に落ち込んで。SNSって、ほんと残酷だよね」


笑おうとした声が、かすかに震える。


澪はゆっくりと麦茶を差し出した。


「勝手に期待するのって、悪いことじゃないと思うの。誰かを信じてみたいって気持ちは、きっと優しいことだから」


良子はしばらく黙っていたが、やがてぽつりとつぶやく。


「……澪ちゃん、変わったね」


「え?」


「前は、誰かの気持ちなんて分かんないって顔してたのに。今の澪ちゃん、ちゃんと“人を包む”顔してる」


澪は照れくさそうに笑った。


「ちゃぶ台の魔法、もらったから」


ふたりの間に、静かな風が吹いた。


家の中から、昭一と和夫の笑い声が聞こえる。

その音が、まるで心の傷をやさしく包み込むように響いていた。


良子は、膝の上のスマホを見つめる。

画面の中の彼は、もう遠い存在になってしまった。

けれど、胸の奥には、澪の言葉が温かく残っていた。


「……ありがと」


「うん」


短い返事。だけど、そこに全部が詰まっていた。


⸻翌朝


良子は鏡の前で髪をまとめ、いつものようにスマホを開いた。


“#失恋”の下に、小さく“#ありがとう”とタグをつける。


そこへ澪が顔を出して、微笑んだ。


「いいね、それ」


「でしょ? あたし、結構ポジティブだから」


ちゃぶ台のある居間から、母ちゃんの声が響く。


「朝ごはんできたよー!」


良子は笑顔で返事をして、スマホをポケットにしまった。


昨日より少しだけ、胸の奥が軽かった。

ちゃぶ台の向こう側には、今日もぬくもりの光が差していた。


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