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第四話 再会

 ホロラーデ邸。塩の雪原内で唯一、塩ではなく本来の姿形を保つ場所。

 時間が凍結したように静かな屋敷。真っ白の世界にたった一つ佇む白い屋敷は、塩漬けにされたみたいだ。

 そんな屋敷の広い居間。白を基調とした内装は流麗で、施された装飾もシンプルながら洗練されている。

 部屋の中央に置かれた長机は、十数人で囲めるほどの長さと広さ。席もそれに見合った数が用意されている。

 しかし、座っているのは少女一人。

 長机の端の席に一人で座り、少女自らの手で用意した朝食を口に運ぶ。

 髪は青灰色。瞳は銀色。日に焼けていない肌は白く、やや病的な雰囲気を漂わせる。

 フォークとナイフを器用に使い、味気無い朝食をもしゃもしゃと貪る。

 今日のメニューは白身魚を焼いたものとパンとサラダ。

 ふと、口の端から魚の食べこぼしが落ちた。


「あ」


 一度口の中に入り水気を帯びた白い肉がテーブルの上に落ちる。

 カーテンを閉め切った部屋。

 暗いテーブルに落ちた魚の肉は、何かの死骸のようだった。


 ――――もう、何してるの。汚いでしょ

 ――――そう急がずとも食事は逃げない。ゆっくり、落ち着いて食べなさい


 幻聴。

 バッと顔を上げた少女だったが、その瞳には正面の空席しか映らない。

 テーブルマナーにうるさい母親も、鷹揚としていた父親も、大好きだった妹も、もうここにはいない。

 一年前、少女以外の全ては塩の柱と化した。

 どんなに食べ方が汚くても、誰も正してはくれない。


「……いや、ボクの方はほとんど言われてなかったんだっけ」


 テーブルマナーに関しては、彼女自身よりも妹の方がよっぽど酷かった。

 思えば、両親に食事の仕方で注意されたことはほとんど無い。いつも小言を言われていたのは、不器用だった妹の方だ。


「もう一年か……あと、どれだけここにいれば良いんだろうねぇ」


 呟くは独り言。

 誰とも会わず過ごす生活が長いせいで、すっかり独り言が癖になってしまっていた。

 ずっと口を開かないでいると、言葉の発し方を忘れてしまいそうだったから。


「会いたいよ、サラ……」


 ふと、零した。

 言わないようにしてきたはずの言葉。口にしないようにしていた名前。

 思い出せば、胸が苦しくて泣いてしまうから。だから、ずっと、考えないようにしてきた人。


「え、私ですか?」


 ギィーと音を立てて開いた扉。

 廊下の窓から差し込む光が、開いた扉の奥から差し込んでくる。

 薄暗い居間の床に、光の線が伸びる。


「今サラって言いました? 聞き間違いじゃないですよね?」


 扉の前には一人の少女が立っていた。

 長い黒髪を後ろで結んだ少女。腰には長剣を提げ、肌は健康的に日焼けしている。若草色の双眸は、陽の光を目一杯に浴びる双葉のようだ。


「あのー、聞こえてますかー? 私サラっていうんですけどー。……あれ? 聞こえてない?」


 聞こえている。

 ただ、衝撃に震える体が言うことを聞かないだけだ。

 彼女の姿を目に焼き付けるのに精一杯で、それ以外の身体機能が失われてしまったみたい。

 幻想だと思った。これは、一年間の孤独に耐え切れなかった少女の脳が生んだ妄想に違いない。

 でも、今はそれで良い。

 幻想でも妄想でも空想でも良い。

 ただ、この真っ白の日々の終わりが欲しかった。


「アルツィマー! ちょっとこっち来て下さーい! なんか人いるんですけどー! 全然答えなくてー! もしかしたらお化けかもー!」


 サラは顔を横に向けて、誰かの名前を呼んでいる。

 その時には、既に椅子を蹴っ飛ばして走り出していた。

 一年間まともに運動していなかった身体は重い。バクバクと早鐘を打つ心臓の音がうるさい。

 それでも、今目の前にいる彼女の前では些細なことだった。

 数メートルも無い短距離を全力で駆け抜け、少女はサラの体を強く抱きしめた。


「うわー! 何!? 何ですか怖い! めっちゃ怖いです!」


 少女の奇行にサラは悲鳴を上げる。

 しかし、少女が彼女を抱きしめる腕を緩めることは無かった。


「えぇ!? なになに!? 怖い怖い! もしかしてホントにお化け!? アルツィマー! 助けてぇー!」


 強く強く抱きしめる。

 もう二度と放さないように、もう二度と失わないように。


「サラ……! 会いたかった……!」


 少女がそう言った途端、サラは抵抗をやめた。

 少女の腕から逃れようと藻掻くのをピタリと止め、真っすぐな眼差しで少女の瞳を見つめる。


「もしかして、私のこと知ってるんですか……?」


 縋るような少女の問い。

 その問いに少女は半ば衝動的に答えた。


「何を言い出すか思えば……サラはボクの妹だろう? 知らないはずがないじゃないか。赤ん坊の頃からずっと一緒だったんだぞ?」


 少女の答えにサラは目を丸くする。

 少女が縋った妄言は、サラの求めていた言葉そのものだった。


「おかえり、サラ」


 皮肉なまでに赤い運命の糸に導かれて、姉妹は再会を果たした。

屋敷で待っていたのは、姉……?

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