最終話 再・考察
「よし、こんなものかな」
足下に作った塩の石碑を見下ろして、ソラニエルは満足げに頷く。
白い直方体の石碑には、アルツィマ・ノートと彫られていた。
塩の怪魚討伐戦から三日後、塩の雪原に赴いたソラニエルとサライエルは、簡易的ながらもアルツィマの墓を建てた。
本当はきちんとした墓地に眠らせてあげたいが、死体も残らなかった上に、アルツィマの身元を保証するものが無い。
そういう訳で、ソラニエルとサライエルは、ホロラーデの呪いを解いたアルツィマが死んだ地に、自作の墓標を作ったのだ。
ソラニエルが魔術で作った塩の石碑に、サライエルが長剣で名前を彫った物。
出来栄えは綺麗とは言い難いが、きっとアルツィマなら気にするまい。
「ラクルスも来られたら良かったんですけどね」
「仕方ないさ。あの怪我で動けたら、それこそ人間じゃない。帰りにお見舞いの花でも買って行ってあげよう」
白い墓標を前に、二人は穏やかな言葉を交わす。
彼の前でしんみりした空気を出すのも合わないから、何となく、気軽な会話を続けていた。
そのはずみでソラニエルが口にした、一つの疑問。
「アルツィマ君が言うには、一年前に肉体を殺されたサラの魂は、塩魔術の影響で保存されて、今のサラの肉体に入り込んだらしいんだが」
ソラニエルはアルツィマとの会話をいくつか想起する。
塩の怪魚が扱う塩魔術の影響は非常に強く、殺した者の魂を塩漬けにして保存していた。
サライエルもその例外に漏れず、保存された魂は、いつしか別人の肉体に宿った。
だが、どうにも、その話には矛盾があるのだ。
「一年前、サラ以外にも塩の怪魚に殺された人は多くいる。彼らの魂は、ホロラーデ邸の庭に眠っていた。どうして、サラの魂だけが、ダンケットにまで移動したんだろう?」
例外だった、と言われれば納得するしかない。
魂の研究は未だ発展途上だ。多少は辻褄の合わない話も出て来るだろう。
魔術に疎いサラに訊いても仕方のない話だったと、今になってソラニエルは気付いた。
きっと、アルツィマに問いかけていたつもりになっていたのだろう。
「はぁ、ソラニエルはそんなことも分からないんですか?」
意外にも、サライエルは呆れた表情でソラニエルに返答した。
本当に朴念仁なんだから、と零しつつ、サライエルは単純な考察を口にする。
「言ったじゃないですか。生まれ変わったら、必ず会いに行くって」
考察の答えは至極単純に、魔術理論などは一切関係無く。
一つの恋がサライエルの魂を、ホロラーデ邸からダンケットまで動かしたのだと、彼女は言い切った。
「ああ、そうか。うん、きっとそうだな」
その答えを抱きしめるように、ソラニエルも首肯する。
二人の呪いを解いて消えていった彼も、頷いてくれている気がした。
君との恋は塩の柱に、これにて完結です。
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