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君との恋は塩の柱に  作者: 讀茸


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第二十八話 再・哀悼

 ――――塩化の防ぎ方か。あたしは魔力で体を守っただけだ。特別なやり方を知ってたわけじゃない


 塩化していたラクルスを元に戻した時、アルツィマら三人はこのことを彼女に尋ねた。

 何故、ラクルスだけが塩化されても肉体が崩れることなく、人の形を保っていられたのか。


 ――――それは、何と言うか……力技だな。でも、ラクルスだけ形が残っていたのも頷ける。君ほど魔力強化に優れた人間は、ホロラーデにいなかった

 ――――悪いな。上手いやり方でもあれば良かったんだが

 ――――いや、むしろ好都合じゃないかな? シンプルな分、ここにいる全員が扱える。特殊な技術じゃなくて良かったよ


 魔力を用いた身体強化。戦闘職の基礎中の基礎であるそれが、塩の怪魚が放つ塩化の魔術に抗う唯一の術だった。


 ――――確かソラニエルは塩になった物、元に戻せましたよね?

 ――――形が保たれていれば、何とか。……正直、塩化された物質の復元はボク自身でも不明瞭な部分が大きい。物質を塩化する塩魔術なんて、塩の怪魚しか使わないから


 ホロラーデ家に伝わる塩魔術と怪魚が使う塩魔術。

 この二つは同じ系統に属してはいるが、その性質は全く異なる。

 怪魚が使うそれは、神の呪詛によってホーリエルが研究していた塩魔術が模倣されたもの。

 ホロラーデ家に伝わるそれは、塩の怪魚という災厄に抗うため、ホロラーデが三百年の歴史の中で試行錯誤を重ねたもの。

 物質を塩に変える魔術など、塩の怪魚にしか扱えない。或いは、ホーリエル・ホロラーデなら可能だったのかもしれないが。


 ――――詠唱は?

 ――――無詠唱では使えるが

 ――――十分すぎるよ。怪魚の塩魔術に対して、ソラニエルはヒーラーとして機能できる


 不明瞭な部分が大きいと言いながら、当然のように無詠唱で魔術を使えると言い切るソラニエル。

 アルツィマは魔力視の魔眼を持っていたくせに、最期まで詠唱を一節も省略できなかった魔術師を思い出し、微かに笑った。


     ***


「Ruuaaaaaaaaaaa――――ッ!」


 塩の怪魚が吠える。

 アルツィマが創出した塩の巨人に食らいついた怪魚は、その喉元を喰いちぎり、白い巨体を瓦解させた。


「かかったね」


 先刻、アルツィマは塩の雪原にある大量の塩を素材として巨人を作り上げ、それを操って怪魚に攻撃した。

 しかし、あくまでそれは鎖魔術の延長線上にある技術。操っていたのは巨人そのものではなく、骨格として巨人の内部に組み込んだ黒鎖。

 肉付けされた塩が瓦解しようとも、その内に隠れた鎖が怪魚を襲う。無数の黒鎖が怪魚の巨躯を締め上げた。


「■■■■・■■・■■■」


 その時、怪魚の口から漏れ出た奇怪な音の羅列。人の耳では言語と認識できない音声群は、怪物の発する詠唱であった。

 瞬間、迸る魔力。そのあまりの密度故に、怪魚の口から放出された魔力は不気味な青色として視認できるほどだった。

 不気味な青を灯した魔力の奔流。怪魚を縛る鎖はそれを直接浴び、塩となって崩れ落ちた。


「塩魔術……! やっぱり桁が違うな」


 塩の怪魚が放った塩魔術。物質を塩化させる破格の性能。

 塩魔術を扱うソラニエルには、そのスケールの違いが実感として理解できた。

 自分達が相対する脅威の大きさを再確認するソラニエルの隣、怪魚の至近距離から離脱してきたラクルスが降り立った。


「ソラ嬢、頼む」


 そう言って、ラクルスはソラニエルに先端が塩と化した槍を差し出す。

 ソラニエルは槍の白くなった部分に手をかざし、一瞬で元の鈍色に戻した。


「助かった」


 一言だけの感謝を残すと、ラクルスは再び走り出していく。

 息つく暇も無いとはまさにこのこと。塩の怪魚討伐戦のスピード感に、ソラニエルとサラは緊張感を高める。


「ソラニエル、魔力の消費はどうだい?」


 張り詰めた糸をほぐすように、アルツィマはゆったりとした口調で問いかけた。


「……ああ。この前、ラクルスを元に戻した時よりは少なく済んだ。ペースにもよるが、魔力切れまで追い込まれるのは相当先になるだろう」

「オーケー。それじゃあ、塩魔術で立体物をいくつか建ててほしい。鎖を引っかけて移動の要にする」


 アルツィマは敢えてスローペースに作戦を話す。

 怪魚との戦いで二人が緊張感に呑まれないように、配慮しての語り口調だった。


「サラはソラニエルの護衛だ。ここから先、ヒーラーのソラニエルは失えない。何としてでも守ってくれ」


 そのオーダーが最もサラのポテンシャルを引き出すと、アルツィマは知っていた。


「了解です」


 意気揚々とした笑顔のサラを見送り、アルツィマも前線へと駆けていく。

 同時、ソラニエルが塩魔術を発動。塩の雪原にいくつもの塩の塔を創出する。

 アルツィマは鎖を塩の塔に引っかけて、巻き取り、空中を飛ぶように移動する。

 飛ぶだけならば、飛行魔術を使えば良い。だが、一度に起動できる魔術は一種類だけ。

 アルツィマは鎖魔術を使いながら空中戦を可能にするため、塩の塔を活用した立体機動を選択した。


「Ruuaaaa――――ッ!」


 大地を駆けるラクルスと宙を舞うアルツィマ。

 天と地の双方から怪魚へと向かって行く両者は、怪魚の視線を上下に振る。

 銀の瞳がぎょろぎょろと動く。その魚眼はアルツィマとラクルスの動きを捉え切れずにいた。


「■■■■・■■・■■■――――!」


 故に、怪魚は索敵を諦め、咆哮じみた魔力を解き放つ。

 不気味な青色の魔力が全方位に炸裂し、触れるもの全てを塩の柱に変えていく。

 アルツィマは直前で遥か上空へと自らの身を投げ出し、魔力の奔流を回避。

 だが、地を駆けるラクルスはそうもいかない。魔力で身を守ったものの、怪魚の塩魔術はそれすらも打ち破り、ラクルスの左半身を塩に変える。


「――――クソっ!」


 半身を固められ、走る勢いのまま転倒するラクルス。

 そこへ怪魚は自らの尾びれを叩きつける。天から迫り来る巨大な怪魚の尾びれ。全身の左半分を塩化させられたラクルスに回避の術は無い。

 一秒後に迫った圧死。

 それを救ったのは、横合いから伸びてきたアルツィマの鎖だった。

 アルツィマは鎖でラクルスを絡め取り、そのままソラニエル達の方へと投げ飛ばす。


「サラ! パス!」


 アルツィマの声に反応し、サラは飛んで来たラクルスを受け止める。

 ほぼ同時に、ソラニエルがラクルスの塩化状態を魔術で解除した。


「生きてますか!? ラクルス!」

「何とかな。ありゃ直撃じゃ受け切れねぇ。避けるのが賢明だな」


 そう言うや否や、ラクルスはまたも駆け出した。

 一度死にかけたとは思えない思い切りの良さで、ラクルスは怪魚へと向かっていく。

 その様は狂気と称しても差し支えない。

 三度目の決戦にかける彼女の戦意は、異常な域に達している。


「■■・■・■■■!」


 ラクルスが九死に一生を得た直後、息つく間も無く、怪魚はさらに魔術を展開。

 今度のそれは、物質を塩化させる魔力の奔流ではなく、塩を創成して操るといった、ソラニエルが攻撃や防御に用いる塩魔術と同質のもの。

 ソラニエルとの相違点はその規模。無数の塩塊を展開し、雨あられの如く降らせる様は、天変地異の領域に足を突っ込んでいた。

 絶え間無く塩塊の弾幕を展開しつつ、怪魚は先刻鱗を割られた部分に、塩の装甲で蓋をする。

 まさに攻防一体。

 アルツィマは立体機動で塩塊の雨を避けつつ、黒鎖で反撃するが、思うような効果は得られない。


(拮抗状態に入ったかな。怪魚の魔術も今の所は躱せてる。ソラニエルに立体物を作ってもらって正解だった。塩は怪魚の魔術で塩化されない。まあ、当然と言えば当然だけど。おかげで、あの魔術で全部を崩されるってことはない。僕がバランサーに徹すれば、誰も死なずに戦況は回せる)


 空中を鎖で移動しながら、アルツィマは思考を巡らせる。


(……塩塊を乱射されてるのが痛いな。防御と回避にリソースを割かれる。大技を撃つ体勢が整わない)


 怪魚が放つ物質を塩化させる魔術。

 それはソラニエルが復元できることも相まって、何とか対処可能な範囲に収まっていた。

 むしろ、脅威なのは塩を操る方の魔術。絶え間ない飛び道具と傷の補強。塩化の魔術に比べればコンパクトだが、それ故にうざったい。


(大技を使わなくても、こいつを崩せる箇所――――)


 アルツィマは三次元的な移動を続けながら鎖魔術を起動。

 照準を怪魚の眼球に合わせる。


「ここ!」


 隙を見て撃ち放った鎖は一本。放たれた鎖は黒い軌跡を描き、銀の眼球へと吸い込まれていく。

 狙いは完璧。速度と威力も十分。アルツィマの黒鎖は怪魚の右目を貫く――――はずだった。


「■・■■」


 怪魚が唱えた塩魔術。

 怪魚の右目を覆うように出現した塩の障壁が、黒い鎖を弾いていた。


「マジか」


 狙いすました一手を防がれ、アルツィマも苦い顔をする。

 ついさっきまで、アルツィマの鎖は怪魚を捉えてはいた。その巨躯と怪力によって千切られたはいたものの、鎖魔術は怪魚に命中はしていた。

 今度は防がれた。怪魚は塩魔術で鎖を防御したのだ。段々と怪魚がアルツィマの魔術に慣れてきている。


(マズいな。もうこれといった打開策が無い。持久戦になれば、先に力尽きるのは僕達の方。一旦、退いて仕切り直す……ってのも無理か。塩の雪原で怪魚の移動速度は尋常じゃない。ここまで敵意を見せたら、もう逃がしちゃくれない)


 刻々と迫るタイムリミットにアルツィマは焦る。

 戦闘が長引けば魔力と体力は擦り減っていく。勝負をかけるには急を要するが、その糸口が掴めない。

 その焦燥感を感じていたのは、ラクルスも同様だった。

 むしろ、過去に二度塩の怪魚との戦闘を経験している彼女は、この状況に抱く焦燥感も強かった。


(ダメだ。完全に前と同じ。負けパターンに入っちまってる。持久戦で勝ち目は無ぇ。必ずこっちが先にほつれる。攻めろ。攻めなきゃ、また――――)


 ラクルスの脳裏によぎる敗戦の記憶。

 一年前に起きたホロラーデの悲劇も、長い時間を塩化して過ごした彼女にとっては記憶に新しい。


「もう、二度と……!」


 或いは、彼女の背を押したのは、二十年前の記憶だったかもしれない。

 仲間と共に塩の怪魚に挑み、ほとんどの友を失いながらも、辛い勝利を手にした記憶。

 親しかった友達を、慕った先達を、愛しかった者を埋葬し、レンリテンと共に立てた誓い。

 もう二度と、この呪いには負けないと。


「あたしは……っ!」


 塩塊が降り注ぐ中、ラクルスは跳躍した。

 狙うは怪魚の眼球。何としてでもその目玉を抉り、この拮抗状態に風穴を空ける。

 そんな覚悟で跳んだ直後、ラクルスは悟る。

 ついさっき、自分が恐れていた事態。持久戦に陥り、こちらが先にほつれるという負け筋。

 今の自分こそが、そのほつれだと。


「■■・■・■■■」


 怪魚は待っていた。痺れを切らした槍兵が、勝負を急いで飛び出してくる瞬間を。

 自らの顔面に跳躍してくるラクルスに向けて、ここぞとばかりに一際巨大な塩塊を落とす。

 まるで、純白の隕石。質量、威力共に圧倒的。

 既に空中へと跳んだラクルスに、それを避ける方法は無い。あまりに刹那の攻防故、アルツィマの援護も間に合わない。

 純白の隕石はラクルスへと衝突し、そのまま彼女を塩の大地へと押し潰した。


「か、ハ――――ッ!」


 地面に衝突した衝撃で粉々に砕け散る塩塊。

 パラパラと崩れる塩の破片の中、ラクルスは全身血塗れで横たわっていた。

 骨は何本砕けたのか。出血は酷く、視界は真っ赤に染まる。呼吸を繋ぐだけで、肺が破けそうな錯覚を感じる。

 横たわる槍兵。動けなくなった敵兵を見て、怪魚は絶好の切り札を切る。


「■■■■・■■・■■■――――ッ」


 塩化の魔術。

 一度はアルツィマの援護とソラニエルの復元によりいなされたそれも、相手が動けないこの状況でならよく刺さる。

 大口を開け、咆哮じみた青い魔力を解き放つだけで、槍兵は今度こそ塩の柱と化すだろう。

 怪魚がその口を開き、魔力の奔流を解き放つ瞬間――――


「それを待ってた」


 ソラニエルの魔術が牙を剥く。

 大口を開けた怪魚に対して放たれたのは、全長二十メートルの超える塩の槍。

 アルツィマとラクルスの奮闘によって稼がれた数分、その間フリーだったソラニエルは時間をかけて魔術を構築。怪魚が口を開けるタイミングを待ち構えていた。


「ぶち抜け――――ッ!」


 最高密度、最高硬度、最高速度で放たれる純白の槍は、怪魚の口腔内に吸い込まれていく。

 強固な鱗に覆われた表皮ではなく、無防備な口内の喉へと突き刺さる。


「Ruuuaaaaaaaa―――――――――ッ!?」


 塩の怪魚が激痛に叫ぶ。

 喉に塩の槍を突き刺された怪魚は痛みのあまり魔術を中断。

 千載一遇のチャンスが訪れる。

 即座に反応したのはアルツィマ。鎖での空中機動を捨て、地面に着地。一度に展開できる最大数の黒鎖を怪魚にぶつける。

 大量の黒鎖はまるで大蛇の大群。怪魚の体に絡み付き、突き刺さり、噛み付く。

 どれも決定打にはならない浅い傷。しかし黒鎖の群れは怪魚へと殺到し、その巨躯を一時的ながら地面に縛り付けた。

 その鎖は足場。

 大地から怪魚の頭部へと、彼女が駆け上がるための黒い架け橋。


(ああ、クソ痛ぇ。いや、痛みすら、もう……こんなに傷負ったのは、あん時以来か……)


 ラクルス・トゥーレイズ。

 先の一撃で彼女は左腕を複雑骨折。後頭部に裂傷。右目を失明。左耳を欠損。右大腿部から出血。内臓の一部機能が停止。その他全身への傷も深く、感覚器官は麻痺。既に痛みすらも感じなくなっていた。

 何も感じなくなった無痛の世界。

 彼女の本能だけが、もう動くなと叫んでいる。


「勝つって、決めたもんなァ」


 壊れかけの両脚が大地を蹴った。

 ただ右手に槍を握りしめて、黒い鎖を駆け上がっていく。

 途切れかけた意識を繋ぎ止め、怪魚の頭部へと走ってゆく。

 ひしゃげた左腕は風に流すまま、まだ生きている左目で敵を見据える。今にも閉じそうな水色の瞳は、怪魚の魚眼を睨んでいた。


「Ruuuaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa――――――――――――――――ッ」


 怪魚が鎖を振りほどこうと足掻く。

 だが、足りない。いずれ引きちぎれるだろうその鎖も、あと数秒だけ形を保つ。

 彼女がまともに動けるのもまた、あと数秒の間だけだった。


(なあ、レンリテン。信じられるか? アルツィマってやつが言うにはよ、終わらせられるらしいんだ。この呪い全部。サラ嬢もソラ嬢も、死なせなくて良いんだとよ)


 鎖を踏み切り、宙高く跳ぶ。


(馬鹿みてぇだよな。それができんなら、あたし達は何のために死ぬ気で戦ったんだっつー話だ。法螺話も良いとこだぜ)


 眼下には、鎖に縛られた怪魚の頭部。


(でも、そいつはさ、マジだって言うんだ。本当にこの呪いに勝てるって言うんだよ)


 槍を強く握って、振りかぶる。

 どうすれば良いかは体が覚えている。

 何も感じなくなった無痛の世界で、ただ一つだけ、ひんやりとした鉄の感触だけが生きていた。


(だから、あたしは賭けるぜ。あたし達が夢に見た、馬鹿みてぇな法螺話に)


 傷だらけの躯で振り下ろすは、怪魚の脳天めがけた槍の一撃。

 渾身の魔力と気力を込めて打ち込んだ一撃は、青灰色の鱗を粉砕し、その奥までもを突き破る。

 満身創痍のラクルス・トゥーレイズが放った一撃は、怪魚の頭部に風穴を空けていた。

 飛び散った鱗が宙に舞い、やがてパラパラと降り注ぐ。頭を穿たれた怪魚は地面に斃れ伏す。

 怪魚の骸に槍を突き刺したまま、ラクルスは目を閉じた。

 かつてこの怪魚の前に散っていった多くの友に、静かな哀悼を捧げるように、彼女の意識は途絶えた。

穿つは脳天、散っていた仲間の想いを乗せて

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