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第二十六話 再・約束

 ホロラーデ邸の地下室。僕達が幾度となく研究に打ち込んだラボ。

 地面に直接描いた大きな魔法陣の前に座り込み、ホーリエルは硬直していた。


「あー……バレてた?」


 どこか無理のある笑顔を作ってホーリエルは僕の方を振り返る。


「それは……流石にね」


 何を言えば良いか分からなかった。

 何故、と問うべきだったのだろうけど、僕はそれを上手く言葉にできなかった。

 ただ、魔法陣の前にうずくまる彼女を、見下ろすことしかできなかった。


「好きなんだよ、アルツィマのこと」


 僕は立ち尽くすことしかできなかった。

 何も言えず、彼女の想いを聞いていることしかできなかったのだ。


「私だけが歳をとる。君はずっと変わらないのに、私だけが老いていくんだ」


 この瞬間まで、僕は気が付かなかった。

 どうして、ホーリエルは永遠の命を求めたのか。

 どうして、ホーリエルは見た目に気を遣い始めたのか。毎朝髪を櫛でといて、クローゼットの前で何分も唸っていたのは、何のためだったのか。背を伸ばしたくて牛乳を飲んでいたのは、何回も遊びに行こうと誘ってくれたのは――――


「ダメだホーリエル。失敗する。神の呪詛を受けるだけだ」

「呪術の対策も組み込んであるよ」

「そんなもので、神の呪詛を跳ねのけられるはずないだろう!? 何が起きるか分からない! こういうケースで一番危ないのは、術者である君自身なんだぞ!」


 僕は叫び散らした。

 何が言いたかったかは、自分でも分からない。

 やめろとも言えずに、ただ危険だと叫ぶだけ。

 危険なんて、ホーリエルは百も承知だったろうに。


「だったら、止めてよ。アルツィマが。あの日みたいに、私を鎖で縛り上げれば良いでしょ」


 その言葉に、僕は硬直した。

 だって、気付いてしまったから。

 口では危険だ何だと言っておきながら、心の底では望んでいる。

 ホーリエルが永遠に生きてくれること。彼女とずっと一緒にいられる未来。


「アルツィマ……私、未来が欲しい」


 だから、僕は動けなかった。

 ホーリエルに神の呪詛が降りかかるその瞬間まで、一歩も動けなかったのだ。


     ***


 好きな人ができた。

 生まれて初めてできた友達で、エルフの男の子。

 いつまでも一緒にいたかった。彼を一人にしたくなくて、私も一人になりたくなかった。

 ずっと、永遠に、一緒が良かったのだ。

 そんな子供じみた願いで、私は禁術に手を染めて、結果失敗した。

 私の手足は塩に変わって、少しずつ崩れていく。神様っていうのは皮肉なやつだ。私の魔術で私を罰しようというんだから。


「ホーリエル!」


 塩に変わっていく私に駆け寄って、アルツィマは私の名前を呼ぶ。

 アルツィマが触れられるほどすぐ近くにいるというのに、残念なことに、私の手は塩と化して崩れ落ちた所だ。

 こんなことになるなら、もっと彼に触っておけば良かった。

 いや、もっと早く告白して、恋人になれたら――――


「ダメだ。解呪できない。呪詛の構成要素が……くそっ、何か手は――――」


 アルツィマは色々な魔術で私を救おうと試しているみたいだった。

 でも、多分それは叶わない。

 私の左目が無理だと言っている。


「アルツィマ……」

「今は喋らなくて良い! 魔力で体を守るんだ! そうすれば、少しでも呪詛の進みを――――」

「アルツィマ、聞いて」


 ふと、彼の手が止まる。

 私の声音を聞いて、私がもう助からないと悟ったらしかった。

 色々鈍いくせに、こういう所ではよく気が付くのだから憎めない。いや、どうあっても、私が彼を憎むなんて無理だろう。


「この呪い。多分、血縁関係を辿るやつだよ。お姉ちゃんに迷惑かけちゃったなぁ。未来永劫、ホロラーデ家の人に降りかかる呪い。発動条件は……分かんないや。ごめん」


 少しでも、情報を遺そうと思った。

 魔術において、私の左目ほど情報収集に役立つものは無い。私が死ぬまでの数分数秒が、ホロラーデの命運を分けかねない。


「良い……! そんなこと、今は良いから……!」


 それを分かった上で、アルツィマは良いと言った。

 それがちょっと嬉しかった。これから私の家族に降りかかる呪いの仔細より、アルツィマがこの時間を優先してくれたことが、嬉しかったのだ。

 私はなんて悪いヤツなんだろう。


「アルツィマ、私ね、少しも後悔してないんだよ。こうして良かったって、本気で思ってる。これからお姉ちゃんとか、お姉ちゃんの家族とか、たくさんの人を傷付けるのに。……私、とんでもない悪者だったみたい」


 不思議だ。散々な結果で、最悪な末路なのに、これで良かったと言い切れる。

 決して上手くはゆくまいと、半ば分かっていたのに、私はアルツィマとの未来を望んだ。

 最低な結末を招いたこの決断を、私はどうしても悔やめない。

 きっと、私は大悪党だ。


「僕も止められなかった。……いや、止めなかった。君との未来が欲しかったから。誰かを巻き込む可能性も分かってた。それでも君を止めなかった。だから……僕も共犯だ」


 体が塩になって消えていく。ゆっくりと崩れ落ちていく。

 あと少し、あと少しだけで良いから一緒にいたくて、私は魔力で肉体を守った。


「約束する。何百年かかったとしても、僕はこの呪いを解呪する。それで、君の分まで罪を清算してから……また、君に会いに行くよ」


 アルツィマは神の呪詛を解呪するなんて馬鹿げたことを言っていた。

 でも、アルツィマなら、もしかしたらできるかもしれない。

 それに、アルツィマが会いに来てくれるなら、私はそれだけで、何百年も待てるだろうから。


「うん、約束だよ。……次に会ったら、一緒に地獄、見て回ろう」

「ああ、約束だ」


 そうして、私は完全に塩と化し、肉体は完膚なきまでに崩落した。

 私が恋した数年間、君との恋は塩の柱に消えたのだ。

約束だけを遺して、彼女は塩の柱に

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