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君との恋は塩の柱に  作者: 讀茸


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第二十五話 禁術指定

 それから、ホーリエルとは腐れ縁とでも言うべき関係が続いた。

 僕が本物の呪術師に捕まりそうになった所を助けてくれたり、逆に賊に殺されそうになったホーリエルを僕が助けたり。

 そんな感じの物騒なイベントも多々あったが、僕達が共に過ごす時間の大半は、共同の魔術研究に充てられた。

 ホーリエルは魔力視の魔眼という、魔術師としての大成が約束されたような魔眼を保持していた。

 本来、人間には視認することのできない魔力。それを視覚情報として捉えられるこの魔眼は、数ある魔眼の中でも特に評価が高い。

 とりわけ魔術師にとっては、術式視と並んで最高峰の魔眼と称される。

 ホロラーデ家が貴族として領土を与えられたのも、ホーリエルが残した魔術研究の成果故だ。

 しかし、魔力視の魔眼という魔術師としてこれ以上無い才能を持ちながら、ホーリエルは魔術師として欠陥品だった。

 詠唱を短縮できないのだ。

 高速詠唱、詠唱短縮、詠唱圧縮、ワンフレーズチャント、そして無詠唱魔術。

 魔術の歴史は詠唱の歴史とは、無詠唱魔術が確立された昨今は聞かない言葉だが、実戦において詠唱を省略することの重要性は語るまでもない。

 魔力視の魔眼を持っていようとも、たらたらと詠唱をしていては実戦では役に立たない。

 ホーリエルの才能は歪で、優れているのに欠陥品という、捻じれたカタチをしていた。

 そんな彼女に僕はシンパシーのようなものを感じていたのかもしれない。

 エルフという魔術に優れた種族でありながら、呪術師に狙われ続けた苛烈な半生を過ごした。そんな自分の境遇と彼女の歪な才能を重ね合わせていた。

 お互い魔術の才はある。二人で魔術研究に打ち込む時間は、楽しかった。


 ――――見て見てアルツィマ! 術式できた! これ傑作でしょ!


 本当に楽しかったのだ。

 生まれて初めてできた対等な友達だった。


 ――――そういえば、アルツィマってなんで鎖魔術使ってるの? エルフなんだし、属性魔術とかの方が向いてるよね?


 だから、僕の生い立ちについても話してしまった。

 別に同情してほしかったわけではない。そんなものは両親から腐るほどもらっている。

 ただ、僕の生きてきた人生とか、その中で考えたこととか、そういうことを共有したかった。


 ――――嫌い? 両親のこと


 何となく、答えに窮した。

 嫌いだったはずだ。僕をこんな体に生んだ両親のことを嫌っていたはずだった。

 近親相姦なんていう禁忌を犯して、僕に凄惨な運命を押し付けたあの二人を、軽蔑していたはずなのに。


 ――――アルツィマは、生まれてこない方が良かった?


 僕はその時、そんなことはないと言い切れただろうか。

 記憶が朧気で思い出せない。

 僕は彼女に、自分は生まれてきて幸せだったと伝えられただろうか。

 苛烈な半生を過ごした。凄惨な運命を背負った。それでも、僕の人生の全てが辛かったわけじゃない。

 少なくとも、君と過ごした時間は幸せだったと、僕は言えただろうか。


 ――――そろそろね、魔術もなんか一本に絞って研究しようと思うんだよ。塩魔術! 良くない? 私的には結構可能性あると思うんだよね


 出会って三年が経った頃から、ホーリエルは塩魔術の研究に打ち込むようになった。

 僕は今までみたいに気の向くまま魔術研究を楽しめば良いと思ったのだが、ホーリエルは塩魔術に執心していた。

 まあ、塩魔術でも良いやと僕は気楽に考えていた。

 それが間違いだったと気付くのに、僕はどれだけの時間をかけただろうか。


 ――――う~ん、これじゃダメだ。どうしてもこの部分が邪魔になる。いっそのこと全部取り除いて、いやでも、それだとこっちが回らないし……


 ホーリエルは少し変わった。

 今まではもっとラフに魔術研究をやっていたのに、塩魔術に関してはやけに真面目だった。

 失敗しても「ダメだったぁ」と笑えるような感じじゃなくて、ちゃんと結果を求めているような真面目さだった。


 ――――アルツィマ、そのー……なんか気付かない? 今日の、私……


 ホーリエルの頭から寝癖が消えた。服も少し凝ったものを選ぶようになった。

 今までは髪型や服装には興味を示さなかったのに、そういうのを気にするようになっていった。

 身長を気にしているのか、毎日牛乳を飲んだりし始めた。

 「もう二十歳も過ぎてるんだし伸びないよ」と言ったら、ポコポコと殴られた。


 ――――あー! ちょっ、ダメ! これ読むの禁止だから!


 特定の本を僕に読ませないようにしていた。

 すぐに取り上げられたのでよく見えなかったが、魔術研究の法律に関する本を僕から遠ざけているようだった。


 ――――お姉ちゃんさ、一人目が生まれたんだってー。……ねえ、もしかして、二十四歳で独身ってヤバい? 


 年齢を気にし始めた。

 エルフの僕には分からない感覚だが、ホーリエルは自分が年老いていくのを少々気に病んでいるようだった。

 ホーリエルは変わった。

 塩魔術に執心するようになって、見た目に気を遣うようになって、法律に関する本を僕から遠ざけるようになって、たまに僕を外出に誘うようになって、騎士団を少し警戒するようになって、寝室にも遊びに来るようになって。

 ホーリエルが変わっていくのを理解しながらも、僕は変わろうとしなかった。

 ずっと変わらずにいられるのは僕だけなのに。


「できた……やっとできた! これで、私も……!」


 そして、塩魔術の研究も大詰めにかかった頃には、僕も気付かざるを得なかった。

 ホーリエルが僕に隠していること。法律に関する本を取り上げられる程度で、隠し通せるはずもなかった。

 本当は僕も理解していたのに、最後の最後、ホーリエルが本当に引き金を引く寸前まで言えなかった。


「ホーリエル、これ禁術だろう?」


 ホロラーデ邸の地下室で、僕はついに口にした。

 彼女が今までになく追い求めていたものの正体を。


     ***


 ウィゼルトン公国の禁術指定。

 国の法律によって研究、及び行使が禁止された魔術群を指す言葉だ。行使のみが禁止され、研究は特別な許可の下認可されている準禁術指定なるものも存在する。

 ウィゼルトン公国の禁術指定は後世においても適切であったと評価され、後に発足する大陸魔術連盟でも同様の基準で禁術指定が為されている。

 禁術指定の基準は複数存在するが、一つ分かりやすいものが存在する。

 神の呪詛と呼ばれる現象である。

 特定の現象に魔術で至ろうとした際、自然的に生じる呪詛。未だ原因は明かされておらず、判明していることと言えば、その性質が呪術に近いだろうという程度。

 神の呪詛はどんな形で起こるかが不透明であり、共通していることと言えば、人類の呪術では体現できないほど強力なものであるということくらい。

 その危険度の高さから、神の呪詛に該当する魔術の全てを、ウィゼルトン公国は禁術指定している。

 神の呪詛に該当する現象の一つ。永遠の命への到達。

 それこそが、ホーリエルが塩魔術によって追い求めていたものの正体だった。

幸福な日々の中、彼女が求めたのは禁忌

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