第二十四話 再・追憶
親元を離れた理由を挙げろと言われれば、実に合理的な回答ができる。
近親相姦の末に生まれた僕の容姿は、先天性色素欠乏症かつ奇形。肌や髪は異様なまでに白く、他のエルフとは違い耳も尖っていない。
尖らない耳はエルフとしては奇形であったが、普通の人間と思えば何ら不思議は無い。
外見的な情報のみで判断するならば、僕はアルビノの人間。ホワイトエルフなんて代物には見えないわけだ。
エルフの夫婦の下で暮らしているということこそ、僕がホワイトエルフであるという証拠、ひいては呪術師達に狙われる要因なのだ。
事実、両親から離れてからは、呪術師に狙われる頻度も減った。
自分の身を守るために両親から距離を置いたと言えば、誰もが納得してくれるだろう。
でも、家を飛び出した十五歳の僕が抱えていたのは、そんな理性的な考えじゃない。
僕は両親が嫌いだった。憎んでさえいた。
僕を家の外へと走らせたのは、ただそれだけの悪感情だった。
***
家を出てから二年間。僕は実に平和な暮らしを送っていた。
旅をしながら魔術で日銭を稼ぐ日々。戦闘の依頼もよくこなした。悪漢や山賊の相手など朝飯前。魔物の退治も、凶悪な呪術師から逃げ回ることに比べれば楽なものだ。
たまには呪術師に狙われたりもした。エルフに見えないとはいえ、アルビノはアルビノ。呪術の触媒として使えることには変わりない。
しかし、人間のアルビノとホワイトエルフでは触媒としての完成度が桁違いだ。呪術師の本気度もレベルも段違いに低い。
両親の下で暮らしていた時は、呪術の極致に至ろうとしているような狂人が本気で僕の命を獲りに来たが、今は駆け出しの呪術師を適当に追い払うだけで良い。
平穏で満ち足りていた。
エルフだということを隠しさえすれば、僕は望む安寧を手に入れられた。
僕は嫌いな両親の下を去り、理想の生活を送っていた。
「君、エルフだよね!」
彼女に出会うまでは。
それは、いつも通りのある日のこと。
とある貴族の護衛を請け負っていた最中のことだった。
馬車の中、向かいに座っていた女が急に言い放ったのだ。
不思議な雰囲気の女だった。痩せ型で背丈も低く全体的に小柄。青灰色の髪には寝癖が付いていて、服装も凝ったものには見えない。
銀の瞳はくすんでいて、どちらかというと灰色に近い。
しかし、左目。オッドアイとして輝く赤紫の左目だけが、一点、鮮やかな色彩を放っていた。
「……気のせいじゃないかな?」
「いーや、絶対エルフだよ! だって魔力のロスが無いなんてエルフしかあり得ないでしょ。それとも何かの魔眼持ち?」
戦慄した。
確かに、エルフには魔力のロスが無い。生成された魔力は漏出することなく全身を巡り、ほぼ百パーセントの効率でエネルギーに変換される。
それは確かな事実であると同時に、余程優れた魔力感知を用いなければ知り得ぬことだった。
エルフでもその域に至れる魔術師は少数だ。魔力のロスなんて微量の魔力を捉えるなど、人間にとっては至難の業。
今の一言だけで、目の前の女が卓越した実力差であることが理解できる。
「知りたいかい? 僕がエルフかどうか」
この瞬間、最も恐ろしかったのは彼女が呪術師である可能性。
僕をホワイトエルフだと見抜けるほどの呪術師を相手に油断はできない。
「知りたい知りたい!」
呪術師という連中の狂気。その恐ろしさは身を以て知っている。その上、相手は魔力感知に長けている。
まず間違いなく、魔術の起こりは読まれる。ならば、読まれても関係無いほどの出力と質量。展開速度でねじ伏せる。
「教えてあげるよ。何百年後かにあの世でね」
無詠唱魔術で鎖魔術を起動。錬成した黒鎖で女を縛り上げにかかる。
黒光りする鎖は即座に無数の輪を描き、女の小さな肉体へと全方向から迫った。
この黒鎖は魔術であると同時に、僕の呪術触媒としての適性の高さ故に、呪詛返しとしての側面も孕んでいる。
その身を呪いに浸した呪術師ほど、この鎖にはよく縛られる。
目の前の女ほどハイレベルな呪術師ならば、黒鎖の圧力での圧死や窒息死も狙える。
無論、それほどの呪術師ならば、黒鎖に縛られる前に何らかの手を講じてくる可能性が高いが――――
「ぎゃー! 痛い! 痛いんですけど!?」
しかし、驚くほどあっさりと彼女は拘束された。
黒鎖にぐるぐる巻きにされて馬車の床に転がる彼女は、ミノムシみたいな恰好で飛び跳ねている。
痛い痛いと喚いてはいるが、大した苦しみは無さそうだった。
「え、君呪術師なんじゃ――――」
「呪術師じゃないよ! 魔術師魔術師! そっか! 君アレか! ホワイトエルフだから、触媒として狙われがちなんだ! でもこんな仕打ちってないよ! 私はエルフが珍しくて声かけただけなのに!」
呪術師との戦闘に移行するつもりが、どこかコミカルな光景になってしまった。
だが、彼女の言葉も嘘には聞こえない。彼女が呪術師だったとしたら、呪詛返しの黒鎖に縛られて喋る余裕は無いはずだ。
僕は彼女を黒鎖から解放した。
「なんか、ごめん……」
「もう、失礼だよ君! こう見えて私貴族なんだよ! 最近領土もらったばっかりだけど」
鎖から解放された彼女は。プンプンと怒っていた。
「こうなったらもう、アレだよね。私の魔術研究手伝ってもらうしかないよね。うん、そうしよう。そしたら、貴族への無礼もチャラで良いよ」
「あー、じゃあそれで。あと名前とか聞いて良い?」
「依頼主の名前くらい覚えててほしいよね!」
ツッコミ気味に叫んだ彼女は、すぐに気を取り直して胸を張る。
そして自慢げに自らの名を口にした。
「私はホーリエル・ホロラーデ。ラーヴァイスを治める貴族にしてスーパーな魔術師だよ」
えっへんと誇らしげに名乗られたのは、特に聞き覚えの無い貴族の名前。
ホロラーデ家初代当主、ホーリエル・ホロラーデとの出会いだった。
三百年前、今も色あせぬ出会いの記憶




