第二十三話 再・邂逅
翌日。
ダンケットから塩の雪原に入って二時間ほど歩いた座標。
四人の人間が集まっていた。
一人はアルビノのエルフ。純白の美貌を湛えた青年は、フィールドワーカーじみた旅装姿で佇んでいる。
一人は槍を持った女。湖畔のような水色の瞳をした彼女は、年季の入った槍を肩に担いでいる。
そして、姿の異なる双子の少女。
「土地の塩化状態を解除していけば、いずれ塩の怪魚が現れる。そうだったね? アルツィマ君」
「自分の領土を塗り替えられて黙ってる王様はいないだろう? 少し前の話になるけど、この付近で塩の怪魚を確認もしてる。まず間違いなく塩の怪魚は出て来るよ」
塩の雪原は塩の怪魚が行使した塩魔術によって形成された領域。自らの領土にも等しい雪原を荒らされれば、姿を現すだろうというのがアルツィマの予想だ。
事実、その予想は正しかった。仮にソラニエルが塩の雪原の塩化状態を解除したならば、塩の怪魚は間違いなく姿を現しただろう。
「いや、んなことする必要は無いらしい」
最も早く気付いたのは、ラクルスだった。
二度に渡る塩の怪魚との接敵経験。この場で最も塩の怪魚との戦いに慣れている彼女は、その音を聞き逃さない。
僅かながら聞こえる地鳴りの音。広大に広がる塩の一粒一粒が振動し、地響きのような音を立てる。
やがて大きくなったその音は、他の三人の耳にも入った。
大地を揺らす轟音。それは怪魚の遊泳音。塩の海を泳ぐ怪物が響かせる行進曲だった。
そしてついに、四人の視線の先、それは姿を現す。
「Ruuuaaaaaaaaaa―――――――――――――ッ!」
水面から飛び出す鯨のように、怪魚は澄み渡る空へと躍動する。
青灰色の鱗に覆われた巨躯。アナゴのように長い身体は、蒼空に綺麗な弧を描く。
銀の瞳で地表を見下ろす怪魚の姿は、竜の如き威圧感を纏う。
「久しぶりですね。あなたと会うのは二度目……いや、三度目なんでしたっけ」
塩飛沫を撒き散らして吠える怪魚を見上げて、サラは慈しむような声で呟く。
サラが塩の怪魚と邂逅するのは二度目。かつてアルツィマと二人で塩の雪原を旅した時に出会った時以来だ。
再びの邂逅を果たした少女は、自らが生んだ怪物を前に何を思うのか。
「それじゃあ、いきましょうか。ソラニエル」
涙がどこまでも透き通った雫であるように、彼女の声もまた澄んでいた。
「ああ、いこう。サラ」
少女二人が前に出る。
日常との別れなら昨日告げた。
あとは、自らの過ちにこの手で決着をつけ、禁忌に縛られた人生を終えるだけ。
ソラニエルとサライエル。どちらもホロラーデの歴史でも類を見ない才の持ち主。
アルツィマとラクルスが援護に回ってくれることも加味すれば、塩の怪魚への勝ち筋もゼロではない。
いや、彼女らにとって勝敗は既に問題ではないのだろう。
ここで終わりたい。ただそれだけの消滅願望が、彼女らを怪魚との決戦に向かわせる唯一の原動力であった。
「塩の怪魚との戦いで君達二人は戦死。あわよくば僕とラクルスの二人で塩の怪魚を撃破。それが叶わなくとも、僕の飛行魔術で離脱できる。それが君達の描いたシナリオだね」
怪魚へと向かう少女らの背中に、アルツィマは声をかけた。
普段の彼らしからぬ、どこか陰を帯びた声。
いや、むしろ、やっとアルツィマ。ノートという人間の本質が垣間見えたような――――
「アルツィマ……?」
何かおかしい。
アルツィマの声に不気味な何かを感じ取ったのは、サラだけではなかった。
ソラニエルもまた、彼らしからぬ雰囲気に並々ならぬ異変を見ていた。
思わず振り向いた二人。
彼女らは初めて目にする。真の意味でのアルツィマ・ノートを。
「悪いけど、君達の願いは叶わない」
純白のエルフ。悠久の時を生きる種族の欠陥品。
この世界に二人といないであろうホワイトエルフ。
その魔術的素養、呪術的素養は、常人のそれを遥かに上回る。
アルツィマはここまで披露することはなかった。優れた素養を三百年かけて磨き上げた、研鑽と研究の極致を。
「君達は既に選んだ。ここからは僕達のステージだ。禁忌の代償は僕達に払わせてもらおう」
瞬間、アルツィマが発動した無詠唱魔術。
それは皮肉にも、彼の容姿とは正反対の代物。
地面からせり上がる漆黒の鎖。巨大な黒の鎖が突如として出現し、塩の怪魚を縛り上げる。
「子供に未来を手渡すのが、僕達大人の役目だからね」
無詠唱かつ超大質量の魔術展開。
一時的ながらも、黒鎖で塩の怪魚を拘束したアルツィマは、声高に叫ぶ。
「そうだろう! ホーリエル!」
きっと地獄にいる彼女にも届くように。
怪魚を前に、本性を現したアルツィマ。彼の真意とは……?




