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第二十二話 余生

 長い旅だった。遥か遠くの街を目指して、延々と塩の大地を歩く旅。

 気の狂いそうなくらい真っ白な地平線だけを眺めて、四人は塩の雪原を横断した。

 全てが白に染まった世界に娯楽と呼べるものは無く、故に、辿り着いたそこには全てがあった。


「街……街です! やっと着きました!」


 気の遠くなるような旅の果て、ついに見えた街の輪郭にサラは走り出した。

 この真っ白な世界から抜け出せるのが余程嬉しいのだろうか、サラはぼんやりと見えるダンケットへと疾走していく。


「サラは元気だねぇ。ボクはもう歩けそうにないよ。後から追うから、先に行っていてくれて――――」


 疲れた顔のソラニエルは地面に腰を下ろし、息を吐く。

 体力の無いソラニエルにとって、この長旅は相当堪えたのだろう。


「ソラニエルー! 街! 街ですよ! ダンケットです! やっとまともな物を食べれますよー!」


 そんな彼女の心境を知ってか知らずか、サラは前方で元気よく手を振る。

 屈託の無い笑顔で叫ぶサラは、早くソラニエルと街に繰り出したくて仕方無いという様子だった。


「はぁ、サラの我儘にも困ったものだよ。ボクはもう一歩も動けないというのに。……君も、そう思わないかい? アルツィマ君」


 真っ白な地面に腰を下ろしたまま、ソラニエルは隣に立つアルツィマを見上げる。

 同情を誘うような視線だが、アルツィマはそれには構わず、懐から財布を取り出した。

 その中からさらに銀貨を五枚取り出したアルツィマは、それをソラニエルの方へと差し出す。


「なんだい? この銀貨は?」


 ソラニエルは突如として差し出された銀貨に疑問の声を上げる。


「お小遣い。君、屋敷からお金持ってきてないだろう? ほら、これで遊んでおいで」


 銀貨五枚。

 陽光を浴びて鈍く輝く銀のコインは、アルツィマが彼女らに贈る思い出。

 明日にも始まる最後の戦いを前に、これで目一杯思い出を作ってくれれば良い。

 そんなささやかな願いの結晶だった。


「……ああ、今日で最後なのか。サラの我儘、聞いてあげられるの」


 ソラニエルはアルツィマの手から銀貨を受け取り、立ち上がる。

 そして、そのままサラのいる方へと走って行った。

 やがて二人は並び立って、二人でじゃれ合いながら、街の方へと走っていく。

 真っ白の世界ではしゃぐ少女二人の姿を、アルツィマはぼんやりと眺めていた。


「粋なことをするもんだな」


 どこか寂しげに言ったのはラクルス。

 槍を肩に担いだ彼女もまた同様に、少女らの行く先を見つめていた。


「あんなに苦しんできたあの子達に、デートイベントの一つも無いのはあんまりだろう?」

「……確かに。そいつは、言えてる」


 長い旅の末に、彼らは辿り着いてしまった。

 塩の怪魚との決戦の地。禁忌を犯した少女らが死にゆくための戦場に。

 どうしようもなく禁忌に縛られた彼女達の恋の終着点に。


     ***


 ソラニエルとサラがダンケットで遊んでいる内に、アルツィマは塩の怪魚討伐戦に必要なものを買い集めていた。

 といっても、目当ての品があるわけではない。戦闘に使えそうな魔道具が無いかと露店を見て回っているだけだ。

 塩の怪魚との戦いに使えるような魔道具がそうそう露店に転がっているはずも無く、アルツィマは店先に並ぶ色々な品を見ながら、ぼんやりと通りを歩いていく。

 アルツィマ自身、ダンケットで買える魔道具にそこまで期待していたわけではない。

 長期戦を見据えて携帯食品がいくつか買えれば良いだろうといった程度の気持ちだ。

 彼がダンケットまで足を運んだ理由の大半は、ソラニエルとサラの二人に街で遊んでほしいという願い一つ。

 彼女達にできる限り多くの思い出を作ってほしいだけだった。

 一抹の寂しさに目を細めながら、アルツィマはぼんやりと通りを歩く。

 そんな中目にしたのは、懐かしい一つの露店だった。


「久しぶり、店主」

「おおー! あん時の兄ちゃんじゃねーか! さっきサラのやつが来たぜ! いやぁ~、あの馬鹿が面倒かけたみたいで。兄ちゃんが付いててくれて助かった! 恩に着るぜ!」


 どうやら、サラは既にこの露店を訪れていたらしい。

 ダンケットに入って真っ先に彼の下を訪れるあたり、サラにとっても彼の存在は大きかったのだろう。


「にしても、サラが友達連れて来るなんてなぁ。あいつは喧嘩強いせいで周りにビビられがちでよ、いっつも一人だったんだ。それがあんなに仲良さそうに……良かったぜ、ホント」


 しみじみと言う店主は、心の底から嬉しそうだ。

 まるで、子の成長を喜ぶ父親のよう。全てを失ったサラがダンケットで暮らしていけたのは、間違いなく彼のおかげだろう。


「面倒見てくれてたんなら、兄ちゃんも知ってるだろ? サラの記憶のこと。……あいつは小さい頃落石事故に遭ってな、家族全員逝っちまったらしい。サラだけ生き残りはしたんだが、それから抜け殻みたいに眠っちまったんだと。医者が言うには魂が完全に消えちまってるっつって、もう二度と目覚めないって話だった。その時点で死なせてやるって話も出たそうなんだが、サラの家はちっと名の売れた豪商でよ、身内をぶっ殺すわけにもいかねぇんだと。そんで、サラはずっと体だけ生かされたまま眠ってたんだ」


 店主が語るサラの過去をアルツィマは、静かに聞いている。

 それはサライエルではない誰かの半生。サラの肉体の元の持ち主が辿った人生だった。


「それが一年前に目覚めたのは良いんだが……親戚はどこも引き取りたがらなかったんだ。起きるはずのないヤツが起きたってのは、まあ、不気味がられてな。塩の雪原が出来たのと同じタイミングってのも災いした。縁起だのなんだのって、商人はそういうのを気にすんだ。そんであちこちをたらい回しにされて、結局俺ん所まで回ってきた。不憫ったらありゃしねぇよ。こんな子供を貧乏神みたいに」


 店主の話を聞いて、アルツィマは完全に合点がいった。

 恐らく、店主の語るサラという人物は、医者の言う通り魂が完全に抜けていたのだ。

 魂だけが死んだ抜け殻だけの状態。幼少期の事故によってそんな状況に陥ったサラの肉体に、サライエル・ホロラーデの魂が入った。

 本来、このようなケースはまず起こり得ない。肉体の死を以て、魂は霧散するからだ。今回の一件は塩魔術によってサライエルの魂が保存されたが故に起きた、レアケースだと言えるだろう。

 魂の識別が不可能な以上、証明しようのない仮説ではあるが、アルツィマはこれが真実だと思うことにした。


「じゃあ、店主って結構良いとこの商人なのかい?」

「やめてくれ。俺ぁとっくに勘当された放蕩息子だ。んな大したもんじゃねぇよ」


 店主は照れ臭そうに笑う。

 言われてみれば、その所作もどこか育ちの良さを感じさせる気がする。


「悪ぃな。こっちの話ばっかり。うし、なんか入用なんだろ? 兄ちゃんには恩があるからな。お代は良いぜ。何でも好きなもんを持って行ってくんな」

「おお、それは助かるよ。もう手持ちが銅貨五枚しか無くてね。ここで出費があると、宿が取れるか怪しかったんだ」

「兄ちゃん、も少し計画的に生きようや」


 店主の少し引き気味のツッコミに、アルツィマは楽しそうに笑う。それに釣られて、店主も微笑を零した。

 些細なことで笑い合う、露店での愉快な一幕だった。


     ***


 ダンケットに入って真っ先にアベンの露店に行った。

 久しぶりに挨拶でもしようと思ったのだが、アベンは私の顔を見るや否やめちゃくちゃ怒ってきた。

 色々ありすぎて忘れていたが、私はアベンに黙って塩の雪原へ旅立ったのだ。

 私にはしこたま説教したアベンだが、ソラニエルには終始好意的だった。「この馬鹿と付き合ってくれてありがとな」なんて言っていたくらいだ。

 ソラニエルはかなり緊張していたみたいで、私とアベンに置いていかれ気味だったが、それも可愛らしくて笑ってしまった。

 その後は、気の向くままにダンケットを歩いて回った。

 露店でアクセサリーを買ってみたり、ちょっとした喫茶店でお茶してみたり。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気付けば空は夕焼けで赤く染まっていた。

 街の中でも一番標高の高い位置に作られた広場、といっても丘程度の高さしかない広場に、私達は並んで立っていた

 私は手すりを両手で掴み、体重を乗せる。錆びた手すりは以外にも頑丈で、私の重みには軋みの一つも上げない。

 小高い広場から見下ろす雪原は、夕焼けを浴びてほんのりと赤く染まっていた。


「もう一日終わっちゃいますね」


 白い地平線に沈んでいく夕陽を眺めて、私はぽつりと呟いた。

 このまま時間が止まって、あの夕陽が沈むこともなくて、今日が永遠に終わらなければ良いのに。


「楽しかった。あっという間だったよ。……こんなに、短かったんだな」


 二人並んで眺める夕焼けの空。

 一日中一緒にいてたくさん喋ったからだろうか、とっくに言葉は尽きていて、私達はただ地平線の向こうを見つめている。

 少しずつ、太陽は沈んでいく。

 時は止まらない。

 永遠は訪れない。

 ずっと一緒に、なんて幻想は、幻想のまま消えていく。


「終わっちゃいますよ、ソラニエル……」


 食い入るように見つめる太陽が、地平線の下に埋まっていく。

 終わる。終わってしまう。今日という日が、私達の人生が。

 何故だろう。これが一番だと決めたはずだ。ここで終わるのが一番幸せだって、分かっているのに。

 涙が溢れて止まらない。


「私っ、もっと……っ、ソラニエルと一緒にいたかった……」


 落ちていく陽を眺めながら、私は子供みたいに泣きじゃくった。

 手すりにしがみついて泣き続ける私の背中を、ソラニエルは優しくさすってくれた。


「サラ。君が妹でなければと、何度思ったか分からない。それでも……ボクは、君の姉に生まれて幸せだった。ありがとう、サラ。これからは……ずっと一緒だ」


 涙でぼやける視界の中、見上げる彼女の横顔は、悲しいくらいに優しくて、私は余計に涙が止まらなくなってしまう。

 叶うはずのない永遠を誓って、私達は夜を迎える。

 塩の地平に、夕陽は落ちた。

落陽と共に、最後の時間は終わりを告げる

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