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第二話 邂逅

 塩の雪原を歩くこと数時間、完全に日も落ちた所で、アルツィマは足を止めた。


「今日はこの辺にしておこうか。夜に移動するのは危険だ。簡単な結界を張るから、その中で休もう」


 アルツィマの言葉に、サラは怪訝そうな顔をする。


「……使えるんですか? 結界魔術」


 結界魔術は一般に難関と言われる魔術だ。

 安全地帯として機能するレベルの結界、それも一晩中保つようなものを張るには、かなりの技量が求められる。

 結界魔術の術式が複雑で難しいからこそ、それを簡略化し実戦レベルまで落とし込んだ防御魔術は革命的な代物なのだ。


「こう見えて魔術師だからね。結界の一つや二つ張れなくては話にならないさ」

「そう……ですか?」


 アルツィマの発言は明らかに異常だ。結界魔術を使えない魔術師なんて腐るほどいる。

 使えなくて当然なのだ。防御魔術が開発された現代において、結界魔術など無くても魔術師は自分の身を守れる。

 どこかズレたことを言うアルツィマ。しかし、その声音に奇を衒う意図や自身の技量を誇示するような色は無い。

 本心から、魔術師は結界が張れて当然だと思っている。

 その精神性にサラはほのかな違和感を感じたが、些細な感情には蓋をして、アルツィマとの会話を続けた。


「結界、どのくらいの広さで張れるんですか?」

「部屋一つ分くらいかな。寝返りは打ち放題だから安心して良いよ。早く取り掛かりたいところだけど――――」


 アルツィマは言葉を区切り、ある方向に指を差す。

 彼が指差した先、そこにいた者達をサラの瞳も捉えた。


「あっちを片付けてからの方が良さそうだ」


 平坦に広がる塩の雪原。その上を数体の生物が駆けていた。

 一言で形容するなら藍色の蛸。体長は大柄な大人一人分くらい。八本の足をうねらせて、アルツィマ達の下へと接近して来ていた。


「魔物……ですよね」

「塩の雪原は栄養源がほとんど無い。普通の生物があれだけの大きさの身体を維持するのは至難の業だろう。肉体が魔力で構成された魔物だからこそ、この環境でも生きていけるんだろうね」


 アルツィマは蛸の正体を魔物だと断定した。

 塩の雪原という環境での大型生物は魔物以外あり得ないという話だ。

 アルツィマの話を聞き流しつつ、サラは腰の鞘から剣を抜いた。


「倒しますよ」


 サラが抜いたのは彼女の背丈に迫るほどの長剣。

 少女の細腕には到底見合わぬ長い刃だが、サラがそれを構える姿は不思議と様になっていた。


「一人で大丈夫かい?」

「舐めないで下さい」


 そう言うや否や、サラは強く地を蹴った。

 強い踏み込みで塩を巻き上げながら、少女は藍色の蛸の方へと駆けていく。


(速い。並みの剣士じゃないな。明らかに訓練を積んでる)


 アルツィマは魔術師だ。近接戦闘職の知識には疎い。

 それでも、理解させられた。初動の踏み込みと走り出し。その洗練された初速だけで、彼女の剣士としての格を理解させられたのだ。


「一つ」


 サラは長剣を軽々と薙ぎ払い、先頭にいた蛸に斬りかかった。

 振るわれた長剣は唸りを上げ、蛸を胴体から真っ二つに断ち切った。まさに一刀両断。電光石火の早業で、サラは魔物一体を仕留めて見せた。

 魔力の粒となって消えていく魔物。

 その光を振り払うように、サラの長剣が再び空を走る。


「二つ、三つ」


 ブンと音を立てて唸る長剣は、一薙ぎに蛸を二体まとめて両断する。

 反撃の機会すら与えられず、三体の蛸はサラの長剣によって魔力の粒子に帰った。

 先頭の蛸を斬り殺した勢いもそのままに、サラは残りの魔物へと斬りかかっていく。

 後方に立ったアルツィマは、その背中を眺めていた。


(一撃一撃が大振りだけど、それに見合った威力とリーチ。何より、獰猛な魔物相手に一度も受けに回ってない。攻撃特化の戦闘スタイル。これは……自衛のための剣術じゃないな)


 自衛のために剣を学ぶ者は多い。魔物や盗賊から身を守るためには、ある程度攻撃の手段も持っていなくてはならないだろう。

 だが、サラの剣はその域を逸脱している。

 大振りに長剣を叩きつけるその剣技は、明らかに何者かを殺すための剣技だ。


「九つ」


 アルツィマが思索に耽っている間に、サラは魔物の群れを全滅させていた。

 魔力の粒子となって消えゆく魔物を尻目に、彼女は長剣を腰の鞘にしまった。

 ふーと息を吐き出し、呼吸を整えるサラは、酷使した長剣をいたわるように鞘を撫でた。

 懐かしむような瞳で長剣を見下ろすサラに労いの声をかけようと、アルツィマは彼女の方へと近付いていき――――


「お疲れ。流石の腕前――――」


 突如鳴り響いた地響きに足を止めた。

 ゴゴゴゴ、と重低音を響かせて地面が揺れる。

 体の芯に響く振動が、靴裏を通して伝わってくる。


「地面の下、何か、いる……?」


 サラが反射的に足下を見た。

 眼下に見える塩の雪原。砂漠のような真っ白い塩の地面。轟々と揺れるその地下に、圧倒的な気配を感じた。

 それは音。白い雪原を揺らす轟音。

 それは振動。広がる大地を震わす脈動。

 ゆったりと、けれどとてつもない速さで旋回する気配。

 その轟々たる気配は、海底から水面に浮上するように、ぐんぐんと上昇してくる。

 そして、飛び出す。


「Ruuaaaaaaaaaaaa――――――――ッ!」


 全身が潰れるような、大音響の咆哮。

 真っ白い地面の下から、海面に飛び出す鯨のように、それは勢いよく顔を出した。

 水飛沫のように塩を巻き上げながら、砂上に顔を出した巨大な怪魚。

 アナゴのような長い身体が、青灰色の鱗に覆われている。

 家屋の一つ程度なら丸呑みできそうなほどの巨躯をうねらせて、青灰色の怪魚は夜空に吠える。

 その姿はさながら竜の如し。

 突如として現れた怪魚の姿。砂嵐じみた塩の突風に顔を覆いつつ、アルツィマはその威容を見上げた。


「はは、なるほど竜種か。随分と尾ひれがついたものだね」


 アルツィマは晴れやかに、けれど寂しげに言う。

 想像を遥かに超える巨躯と威容に、アルツィマは寂寥感を湛えた笑みを浮かべた。

 一しきり吠えた後、怪魚はじっと眼下を見下ろした。

 その濁った銀色の視線が注がれるのはただ一点。たった一人の少女を見下ろして、怪魚は首をもたげていた。


「――――――――………………ぁ」


 サラもまた青灰色の怪魚を見上げていた。

 塩の突風に吹かれながらも、その目を決して閉じることなく、大きく見開かれた瞳で、青灰色の威容を見上げている。

 目を逸らせない。視線を外せない。釘付けになった双眸が動かない。

 風が吹き抜ける。妙な緊迫感の中で、怪魚と少女は見つめ合っていた。


「まさか、こんなに早く会うとは思ってなかったよ」


 自我というものを丸っきり忘れてしまったかのように、怪魚を真っすぐに見上げるサラ。

 その隣に並び立ったアルツィマは、場違いなくらい陽気に言い放った。


「今戦うのは分が悪い。ここは一つ、見逃してくれないかな?」


 そう言うとアルツィマは呆然と怪魚を見上げていたサラの手を取った。


「フライ・トゥ・ハイ」


 唱えるは飛行魔術。

 アルツィマの身体がふわりと浮き上がったかと思うと、次の瞬間にはサラの手を引いたまま夜空を飛んでいった。

 怪魚が飛行して逃げていくアルツィマ達を追う気配は無い。ただ、彼らが飛んでいく方向を銀の瞳で見つめるのみ。

 アルツィマに手を引かれ、彼と共に空を飛んでいくサラ。

 飛行に伴う風圧に目を細めながらも、その視線は少しずつ遠ざかっていく怪魚の方に向けられている。


(あんな怪物初めて見た。初めて見たはずなのに、なんでだろう――――)


 圧倒的な存在感を放っていた怪魚。

 その目前で立ち尽くしていたサラだったが、それは恐怖故ではない。


「懐かしい……」


 ポツリと零したサラに、アルツィマは答えない。

 ただ、飛行魔術を使って夜の空を飛んでゆく。

 旅の初日、この雪原最大の怪異との、奇妙な邂逅の記憶である。

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