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第十一話 追憶

 サラが白い肉塊を斬って捨てる。

 澄み渡るような一閃で亡霊と決別する彼女の姿を、ソラニエルは背後から眺めていた。


「サラ……」


 その背中に手を伸ばそうとして、すぐに引っ込める。

 ソラニエルには今の彼女が何を考えているのか分からなかった。

 昨日まで自分はソラニエルの妹ではないかもしれないと泣いていた少女が、何故今日は自身の過去そのものとも言える亡霊の前に、堂々と立っていられたのか。

 それが分からなくて――――彼女が自分の理解さえ超えてどこか遠くへ行ってしまいそうで、ソラニエルは庭の片隅に立ち尽くしていることしかできなかった。


「結局、僕の出番は無かったなぁ。すぐに魔術を撃てるように準備してたのに」

「アルツィマって戦えるんですか? 今の所、飛行魔術しか見てないですけど」

「ふふん。こう見えて、若い頃はゴリゴリの武闘派だったんだぞぅ」

「若い頃って、今も若いじゃないですか……」


 戦闘とも呼べぬ一瞬の剣戟を終えて、サラは隣のアルツィマと話している。

 アルツィマの自慢げな言葉にやや呆れ気味な彼女は、どこか楽しそうに見える。

 嫉妬、などと言うほど強い感情は無い。けれど、背後から眺めるサラの姿に、ソラニエルは一抹の寂しさを感じた。

 アルツィマとサラ。未来へと進んでいく二人に、自分だけが置いて行かれてしまったようで。


「ソラニエル」


 ふと、振り返ってサラが言った。

 声をかけられるなんて少しも予期していなかったソラニエルは、驚いたように目を見開く。


「私、ソラニエルが好きです」


 沈黙。

 ソラニエルの脳はショートし、思考回路は全力で稼働を拒否する。

 ただ、サラが告げた一言だけが、彼女の脳内を駆け巡っていた。

 ヒューヒュー、と茶化そうとしたアルツィマが、サラの肘鉄を脇腹に食らっていた。

 脇腹を押さえて悶えるアルツィマの横で、サラは真剣な顔で言葉を続ける。


「これからずっと、私とソラニエルは一緒。頼まれたって離さない。罪も償いも、ソラニエルだけのものじゃない。ソラニエルは私のもので、私はソラニエルのもの。……だから、教えて下さい。ソラニエルが隠してること、抱えてること――――」


 そして、サラは踏み込んだ。

 ソラニエルが意識的に、サラが無意識的に避けて来た真実。


「一年前、私達は何をしたんですか?」


 停滞していた時間が動き出す。

 この一週間、あまりにも幸せ過ぎた。未来も過去も要らないと思えてしまうくらい、甘くて幸福な現在いまだったから、二人は足を止めてしまった。

 自分の過去を知ることも彼女に過去を知らせることも、幸せな今を壊すくらいならば、後回しにしていたかった。

 アルツィマもそれを責めることは無かった。それは少女らに与えられるべき当然の権利だと断じた。

 けれど、サラは踏み込んだ。

 踏み出して、前に進むことを選んだ。


「分かった。話すよ。長くなるから中に入ろう。……ここよりかは、いくらか冷静な気持ちで受け止められると思うから」


 一週間の停滞を経て、彼女らの時間は動き出す。


「一年前、ボク達が触れた禁忌の話を」


 まるで、塩漬けになった日々が溶け出していくように。


     ***


 ホロラーデ邸。奇妙なまでに白い魔術都市の中心部に佇む屋敷は、ラーヴァイスを統治する貴族の住み家。

 国に統治を任された領土の割には小さい屋敷に住むホロラーデ家。

 その歴史は三百年以上にも渡り、代々魔術研究を生業にしてきた貴族である。

 ホロラーデは歴史の割に規模の小さい貴族であり、遠縁の親戚との関わりはあれど、ごく少人数で形成された血統だ。

 魔術研究の分野で残した成果と領土支配の手腕は卓越しているが、小さくクローズドな性質を持っていることから、ホロラーデは謎の多い一族として貴族社会から見られている。

 塩魔術という一風変わった魔術を扱うこと。魔術を生業とする一族でありながら、保有する私兵の練度を不気味なまでに高く保っていること。家の者を外に嫁入り婿入りさせることがほぼ無いこと。

 糾弾されることこそ無いが、どこか怪しいと思わせるだけの要因が、ホロラーデ家には垣間見えた。

 その謎の正体は、ホロラーデに代々伝わる呪いに集約される。

 三百年もの間、ホロラーデは呪いの存在をひた隠しにしてきた。その結果、隠し切れなかった部分が、謎の多い一族として貴族社会から認知される要因になったのである。

 呪い。現代では呪詛魔術という分類をされるが、元々は魔術から独立した技術体系であった。

 ホロラーデ家にかけられた呪い。その発動条件は血の濃さだ。

 一定以上の血の濃さに対して呪いが行われるのではない。血の凝縮という方向性。ホロラーデの血がさらに濃くなる、という変化の方向を起点に呪いは発動する。

 血を凝縮、平たく言ってしまえば、近親で結ばれた男女が子を産む場合である。

 ホロラーデにおいて、近親の男女の間に生まれた子供は化け物へと姿を変える。全てを塩に変える権能を持った塩の怪魚と化すのだ。

 ホロラーデが塩魔術を研究するのは、塩の怪魚への対抗策を探るため。私兵の練度を高く保つのは、塩の怪魚が出現した際に抗えるようにするため。家の者を他家に入らせないのは、血の流れを管理できるようにするため。

 そして、そもそも塩の怪魚を産まないために、ホロラーデでは近親間の恋愛は禁忌とされている。

 禁忌として封じたからといって、人間は機械のようにその約束事を守れるわけではない。

 三百年の歴史において、塩の怪魚の出現例は幾度かある。

 しかし、そのいずれもホロラーデは勝利してきた。産まれてしまった化け物を、その度に自らの力で討伐してきた。

 初めての敗北を喫したのは、つい一年前のこと。

 ラーヴァイス塩化現象の原因となった敗戦の記録。

 これはボク達が触れた禁忌の話。

 実の妹に恋してしまった愚かな姉が、全てを塩に帰すまでの物語だ。

語られる、一年前の真実

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