あったかもしれない。
楽しんで!
「おっと失礼」と独り言を呟いて魔王はおならをした。
その威力たるやみかんの木をゆっさゆさと揺らすほどでその反動でみかんは全部ぼとぼとと落ちた。
みかんの木は坂道にせり出しており、魔王が入っていたみかんはその先端にあったので落ちたみかんは坂道をごろんごろんと転がり出した。
「な、なんだ、なんだ!」中の魔王にはなにがなんだか分からない。
そしてみかんは坂の下まで転がって行った。
「もうなんであなたはそうなのよ!」とお母さんは昨日の夜もお父さんとケンカしていた。
学校ではインシツないじめを受けていた。
「どうしてなんだろう・・・・・・」えっちゃんは考える。
今日は上履きを隠された。
きっとわたしは生きていちゃいけないんだ。みんなのジャマなんだ。
暗いことを考えていると坂道からみかんが転がってきた。
それはこつんとえっちゃんの靴に当たって止まった。
えっちゃんはそれをなんとなく拾い上げる。
えっちゃんの手には収まりきれない大きな夏みかんだった。
「キレイ」とえっちゃんは呟いた。
みかんはツヤツヤと太陽の光を受けて光っていた。
「おいしそう・・・・・・」
「ばうっ、ばうっ!」
「きゃっ」
「こらっ、ジロー!」
いきなりえっちゃんは通りがかった大きな犬に抱きつかれた。
犬はえっちゃんが取りこぼしたみかんをその口にしっかりと咥えた。
「いや、ごめんねぇ」と田中さんちのおばあちゃんは言った。
「大丈夫です」えっちゃんは答える。
「あなたのみかん、ジローが」
「いえ、わたしのじゃないんで、ごめんなさいっ!」
えっちゃんはその場から逃げるように立ち去った。
「仕方ないねぇ」とおばあちゃんはポリポリと頭をかいた。
「ジロー。そんなの食べたらお腹壊すよ」
おばあちゃんはジローの口元を引っ張ったがジローはそれを離そうとしない。
「仕方ないねぇ、この子は。今日は河原にでも行こうか」
ジローはみかんを咥えたまま頷いた。
河原までの道を田中さんちのおばあちゃんはジローを連れてのんびりと歩いた。
歩きながらおばあちゃんは昨日のことを思い出していた。
「どうしておばあちゃんはお茶の中にうめぼしを入れて飲むのよ! 気持ち悪いったらないわ!」
反抗期の姪っ子にそう言われてしまったことをずっと気に病んでいた。
ブツブツと独り言を言っているうちにいつもの散歩コースから外れていることに気がついた。
国道に面した大きな橋を渡って対岸の土手沿いの道に来てしまっていた。
ジローの口からはいつの間にかみかんが消えていた。
「ちくしょー!」
ユニフォームに身を包んだ大地は夕方の土手で涙を流し叫んでいた。
周りの人は知らないふりをして通り過ぎていく。
つい先ほどのことが脳内でフラッシュバック! フラッシュバック!
この世のなにもかもを恨むような目で後ろを振り向くとおばあさんと散歩している犬が咥えているみかんを落とした。
ぽとっと。
うおおおぉぉぉ!
大地は青春と怒りの衝動に身を任せた。
バットでノックの練習よろしくおもいっきり打ち上げたそれはひゅーっと国道まで飛んでいった。
「ぬっすんだバイクではしりだすぅ!!」
ぐしゃっ!
そんなことが日常の裏であったかもしれない。