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第5話 不死者の少女

――――その日の深夜・酒場ナイキストの裏手



 酒場の裏は細い道となっており、普段から人通りが少なく、深夜となれば全く人の気配などない。

 だが、今宵は、そんな路地に男三人の姿が……。



 その中で、顔に包帯を巻いた男は小さな樽を持ち、にちゃりと粘着(ねばつ)く笑みを浮かべた。

「この油で酒場ごと焼き殺してやる。へへへ」

「お、おい、それはさすがに」

「王都に居られなくなる、ってか、バレたら縛り首に」


「だからなんだ? この俺に芋引けってか? こんな顔にされたのにかよ!!」


 男は顔に巻いていた包帯を解いて、その傷を二人の男へ見せた。

 青白い月夜に浮かぶは、頬の肉がそぎ落とされて、歯茎が丸出しになった姿。

「許さねぇ、許さねぇ、許さねぇ。お前らもここで芋引くってなら許さねぇ」

「い、い、いやいや、そんなこと思ってねぇよ」

「ああ、あんたには美味しい思いさせてもらった恩があるしな」


「だったら、黙って俺に――」



――本当にバカなんだから、降格くらいで済んだのに――



 突如、闇夜に響く、幼い声。


「だ、誰だ!?」



 月明りが届きづらい闇の奥から、その者は姿を現す。

 それは蒼白の光に浮かび上がる、白と黒が交わるフリルのついた白いワンピースを着た少女。

 少女は年に見合わぬ妖艶な笑みを漏らし、実に少女らしい柔らかな声に毒を仕込む。


「クスクス、お痛はダメだよ~。ザコお兄さんたち♪」


「女? ガキ?」

「あの子は、あのクソガキの」

「もしや、俺たちのことがばれて!?」



 三人は取り乱し、警吏(けいり)やギルドの者たちに囲まれていないかと辺りを確認する。

 その姿を目にした少女はコロコロとした笑い声を生んだ。


「ふふふ、おっかしいの? そんなに臆病なネズミさんなら、こんな大それたことしなければいいのに」

「な、なんだと、このメスガキが!」


「え~、きこえな~い。歯の隙間から空気が抜けてるよ、お兄さん?」


 そう言って、少女は自分の頬をぷにぷにと押さえた。

 そこは、アルムスによって削り取られ、歯茎がむき出しとなっている男の頬の部分を意味する。

「て、てめえぇ~」

「ま、お兄ちゃんはちょっとやりすぎたかもね。一生の傷になってるし。だから、一度だけ機会を上げる。このまま黙って立ち去れば、見逃してあげる。だから、消えなさい」



「何をふざけたことを……おい、お前ら?」

「ああ、周りに誰もいない」

「この子だけだ」


「へへ、そうか。なんの真似か知らねぇが、俺たちがやろうとしたことを知ってしまった以上、黙って返すわけにはいけねぇな」

「そうだな。おい、このガキ、『好き』にしていいよな?」

「けけけ、あれくらいの子を無理やりってのがたまらねぇな。股間が(うず)くぜ」


「お前らなぁ、変な趣味してるぜ。まぁいい、火をつけるよりもこのガキを滅茶苦茶にしてやった方が、あのクソガキも苦しむだろうしな」

「よっしゃ! 穴という穴に注ぎ込んでやる!」

「終わったら、きっちり()かせてやるから安心しろよ」



 男たちの淀んだ性欲。そして濁りと腐臭の漂う視線は、幼い少女の肢体を凌辱する。

 少女はそのまとわりついた視線らを(はた)き落とすように、服の表面を手の甲でさっさと数度撫でた。


「なるほど、両サイドのおまけも虫けらけらなんだね。それなら、遠慮なんていらないか」



「わけのわからないことをぐだぐだと」

「遠慮しねぇのは俺らの方だよ。俺のはデカいからな。お嬢ちゃんじゃ、裂けて血まみれになっぞ」

「それならそれで、丁度いいローションになりそうじゃねぇか」


「「「ぎゃはははは」」」



「……本当、屑ばっかり。ねぇ、力量の差もわからないザコお兄さんたち?」

「なんだ?」

「フフ、あなたたち……この私に本気で勝てると思ってるの?」


「なんだ、このメスガキは? お前ら、取り押さえろ」



 リーダー格の男は二人の男に呼び掛けた。

 しかし、返事はない。


「ん? お前ら、どうした?」


 男は右を振り向く。

 すると、右に立っていた男の肩口の衣服が、紙片(しへん)のようにひらりと舞い落ちる。


「なんだ?」


 それは次々に舞い落ちていき、薄く切られた衣服が落ちて、スライスされた肉が落ちて、内臓がぺらりと落ちて、眼球が刻まれ落ちて、脳も透き通るように薄く落ちていく。


 だが、体液は薄くなることなく、重なり広がる肉片の下に深い血の海を作る。


 リーダー格の男は言葉を発せず、瞳だけを左へと動かした。

 左にいた男もまた同じく薄く刻まれ、肉を落としていき、人としての形を失い、やがてはただの肉片となった。


 震える瞳を正面に立つ少女へ向ける。

 すると、その視界に無数の縦線が刻まれた。


 瞳に映る世界が、一つまた一つと剥ぎ取られていく。

 世界の半分を暗闇に奪われたところで、男は気づいた。


(おれ、もう、死、ん……)



 物言わぬ肉片と成り果てた男たちへ、少女は申し訳なさそうに声を生む。


「あら、ごめんね、紹介がまだだった。私の名前はノヴァ。ギルド最高ランク・サン級の一席を預かる一人。ギルドでの通り名は時間と空間(マスターオ)を従僕せし者(ブエスティ)のイオ。って、もう聞こえてないよね、フフ」



 ()せ返るような血の匂い包まれた路地裏で、ノヴァは小さな笑いを漏らして、次に眉をひそめた。

「う~ん、勝手しちゃったかな? ギルドからペナルティを食らっちゃうけど仕方ないよね。だって、私の大切なお兄ちゃんに手を出そうとしたんだもの」



 そう言葉を漏らすと、酒場の三階……アルムスが眠っている部屋を見上げて、血の匂いに酔い、頬を薄紅色に染めて、両手を胸に置き、きゅっと握りしめる。

「お兄ちゃんは強くなる。その邪魔は誰にもさせない。そして『不死者狩り』としての力を覚醒した時、私を殺してもらうの。『不死者』であるこの私を……」

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