第41話 同胞
ノヴァは歪曲された空間の中心に立ち、ギルド最高ランク・サン級と名乗った。
レックスとオリカは互いの視線を交差させ、少女へ震えを纏う言葉を問いかける。
「サ、サン級? ノヴァ嬢ちゃん?」
「あなたは、一体……?」
「ごめんね、黙ってて。でも、説明は後。戦士のお兄さん!?」
「なんだ?」
「神を傷つけられるのはお兄さんの剣だけなんだよね?」
「ああ、神は私たちとは、次元の違う存在。通常の方法では、傷一つつけること叶わない。だが、この剣はそれを可能した武器」
「そう。それじゃ、私がサポートにつく。防御は任せて、お兄さんは攻撃に集中して!」
「助力、感謝する!」
異形の戦士は大剣を手にして、再び神へと突貫していく。
少年の姿をした神ゴルゴーは数十もの光の玉を生み出して、迫りくる戦士へ放つが、それをノヴァが許さない。
「空間閉鎖。転移。亜空間変異」
彼女は光の玉全てを空間に閉じ込めて、それらをゴルゴーの周囲に転移させた。そして、物理法則をあざ笑う空間にて神の力へ介入し、大爆発を起こさせる。
激しい閃光が神と人の瞳を貫く。
だが、戦士はそれをものともせずに、白に染まる中心へ大剣を振り下ろした。
「だぁああ!!」
シュッとした、何かが剣先に触れる感触を戦士は柄から感じ取る。同時に、蛇のようにうねる光の線が自分へ襲い掛かってきていることを知り、彼は後方へ飛び退いた。
閃光は消え、無数の光の鞭を背負う神ゴルゴーが姿を現す。
光の爆発による傷は皆無――だが、頬に僅かな傷があり、そこから光の粒子が煙のように揺らめいていた。
その姿を目にしたノヴァは小さく舌を打った。
「チッ、物理法則が違う力へ変換した力なら、次元の違う存在にも通じるかと思ったけど駄目みたいね。やっぱり、効果があるのは戦士のお兄さんの大剣だけ」
ゴルゴーは頬にうっすらと走った傷を人差し指で撫でて消す。
そして、笑みを見せた。
その笑みに滲むのは、腹立たしさ。苛立ち。屈辱。
「ククク、よくも低次元の存在が私に……消え失せろ!」
少年の姿をした神ゴルゴーが大きく片手を振るうと、彼の頭上に再び光の玉が現れた。
その数は――――数千!
「脆弱な空間操作ではこの数は押さえられまい!」
隙間なき光の雨がノヴァと異形の戦士へと降り注ぐ。
戦士が大剣を盾にして構える中で、ノヴァは見下し笑う。
「フフ、くだらない! 位相変異!」
そう叫ぶと、彼女を覆う空間が揺らぎ、そこから五人のノヴァが現れる。
そして、彼女たちは同時に光の玉を封じる言葉を生んだ
「「「空間断絶!!」」」
戦士とノヴァの周囲の空間に亀裂が走り、そこへ光の玉がぶつかる。
すると、空間はガラス片のように砕け、無限の闇が広がった。
神の力は次々と闇へと吸い込まれていく。
「戦士のお兄さん!」
ノヴァの声を合図に、異形の戦士は大剣をまっすぐと突き立てて、体ごと神ゴルゴーへと突撃した。
そうはさせまいとゴルゴーは光を収束させて、それを線として放とうしたが――――
「「「時間凍結!』」」」
五人のノヴァによって、神は止まった時間に拘束されてしまった。
神は顔を歪ませて、辛うじて時の枷から逃れられた唇を震わせた。
「ば、ばかな、局所とはいえ、時間を止めるなど、人の技では――――っ!! まさか、あの娘は!?」
「だぁぁあぁ!!」
異形の戦士の大剣が神の胴を貫かんとする。
しかし――!
「光よ、盾と成れ」
剣先に現れた小さな光の盾が刃をそらし、胴よりずれて神の左肩を貫いた。
「ぐぅぅぅ! 人間如きがぁあぁあ! 光よ、針となりて、穿て!!」
目視できぬほど細い光の針が、戦士とノヴァへ突き刺さる。
戦士は大剣で己の姿を隠すことでそれらを回避できたが、時間を凍らせることに力を注いだノヴァには針を防ぐ手立てがなかった。
「このっ、空間障壁!」
急ぎ、前面に圧縮した空間の壁を生み出すが、光の針は壁に生じた隙間をすり抜けて、五人のノヴァたちの体を穿つ。
四人は数え切れぬ針によって全身を貫かれて肉塊となり、一人残されたノヴァも左の肘から下を失う。
これにはたまらずレックスとオリカがノヴァの名を呼んだ。
「ノヴァ嬢ちゃん!!」
「ノヴァちゃん!!」
しかし、ノヴァは涼しい顔を見せて、こう返す。
「この程度の傷なら問題ないよ」
その言葉を終えると、肉塊となったノヴァたちがもぞりともぞりと集まり、一塊となり、左手が生み出される。
ノヴァはその左手を手に取り、失った肘へ押し当てた。
すると、傷口の肉が新たな左手を求め繋がり、傷一つない左手へと戻った。
ノヴァは左手の指を流れるように何度も折って、左手の感覚を味わう。
その姿を見たレックスは声に怯えを纏い、オリカもまたあり得ない事象に声を震わせた。
「な、な、なんだ、今のは……?」
「手、手が再生して……くっついた?」
二人の怯えを見たノヴァは、悲し気な笑みを生む。
「私はね、たとえ心臓を穿たれようと、首を切り落とされようと死ぬことはないの。そういった存在だから」
悲しみが混じる声と共に答えを受け取ったレックスは、サングラスに隠された銀の瞳を大きく見開いた。
「ま、まさか、ノヴァ嬢ちゃんは…………不死者、なのか?」
彼の問いに、ノヴァは眉を折り、そこから諦めの混じる瞳を見せて頷こうとした。
そこに、神の声が届く。
「不死者? そのような下卑た存在ではないだろう。貴様は崇高であり、堕ちた存在」
ノヴァは瞳から悲しみを消して、疑念だけを浮かべる。
「あなたは何を言ってるの?」
問いに、神はぽつりぽつり独り言のようなつぶやきを重ねている。
「空間の位相をずらし、一時的に同一存在を生み出す技。さらには時間の凍結。このようなこと、生身の人間では行えない。行えるとすれば、科学や魔導の頂点に立ち、その技術を扱う人間か…………我が同胞のみ」
「……同胞?」
「そうだ、貴様は我が同胞――――即ち、神だ!」