第37話 灼熱の世界
視界が揺らぎ、整った先に広がるのは、火に染まった大地。
焦熱によって形を失った岩石たちが、灼熱の川となり大地に幾重もの筋を刻む。
赤黒く連なる高き穂先から噴煙が立ち上り、火を纏う噴石と溶岩は天を焦がす。
レックスは鼻をつく卵が腐ったような匂いに顔を顰めながら、デブリへ話しかけた。
「あっつ、なんだここは? デブリ、このままじゃ焼け死んじまうぞ」
「そうならないように障壁を展開している。でなければ、貴様たちはすでに燃えることもなく炭化している」
オリカは薄く貼られた膜のような障壁へ目を向ける。
「たしかに薄い膜が。だけど、それがあってもこの熱さに匂い……」
「有毒なガスは完全に除去している。匂いや熱は体に害を与えるレベルではない」
ノヴァは遠くへ瞳を投げて、確認を行うようにデブリへ話しかけた。
「ここも神様を殺した世界なんだね?」
「ああ、その通りだ。その結果――」
「言わなくてもわかる。神を殺した人たちは滅んだ。そして、ここの神様が司っていたのは熱の力。世界が灼熱に飲み込まれないようにしていたんだ」
「正解だ……フフ」
「なに、今の笑いは?」
「いや、貴様が問い、疑問、答えを述べるのがおかしくてな」
「何がおかしいの?」
「フフフ、おもしろい。実に奇妙なことになっているものだ」
「だ~か~ら~、何がおかしいの!?」
「それはだな…………おや?」
「どうしたの?」
「これは驚いた。このプロセスは七百万年前に中断したものかと思っていたが、二十年前に組まれたもののようだ」
ここで、レックスとオリカが驚きの声とともに会話に加わってくる。
「待て待て待て、二十年前だと!? そんなのあり得ねぇよ。あのダンジョンは最近生成されて、今日、俺たちが初めて探索した場所だぞ!?」
「仮に、何らかの理由であの台座だけを発見できたとしても、どうやって先史文明の技術を扱えたの!?」
「さぁ、わからぬ。ただ言えることは、その者は何かの意図があって、この転移プログラムを組み、放置した。その時点では起動キーがなく、諦めたと推測される」
ノヴァはデブリを睨みつけるように瞳を据える。
「起動キー……それってお兄ちゃんのこと?」
「そうなるな」
「そう……」
彼女は頭の中で、今回の出来事の背後にいる者を探る。
(本来、アークトゥルス級にはありえない仕事なのに、レックスお兄さんを名指しで任命した。それはおそらく、お兄さんがアルムスお兄ちゃんを巻き添えにすると踏んで。そして、私には補助を頼むと言ってきた。つまり、背後にいるのは――ソフィア)
さらに思考を深く沈めていく。
(彼女はギルドマスターケフェウスの意向ではないと言っていた。必ず何かが起きるわけでもないとも言った。起きたら私の力が必要になるとも。何かは起きたけど、今のところ私が力になれるようなことはない)
無意識に人差し指を鉤型に折り曲げて、その背を噛んでしまう。
(そう言えば、私の知らぬ真実に触れるかもとも。そして今、私に対して何らかの含みを持つ存在がいる。ソフィアは私に何かを伝えるためにこの舞台を用意した? ――いえ、それだけじゃない。お兄ちゃんの存在についても何かある。不死者狩りの末裔として以外の何かが……)
「おい、ノヴァ嬢ちゃん? どうしたんだ、険しい顔して?」
「へ? いや、ちょっと考え事を」
「そうか? まぁ、大事なお兄ちゃんを鍵呼ばわれされたらムカつくわな」
「あ、うん。うん! そう、むかつく!!」
そう言って、ノヴァは誤魔化しも込めてデブリを再び睨んだ。
すると彼は、彼女の心を見透かすような言葉を返してくる。
「私はただの案内人としての役目しか与えられていないようだ。だから、答えは知らぬ」
「…………何を言ってるのか、さっぱりなんだけど?」
「フフ、実に人らしい反応。本当に面白い」
「ん?」
「大したことで……おや、地殻変動を確認。各自、揺れに備えろ」
「揺れって――きゃっ!?」
「ぬお!?」
「こ、これはもしかして、地震というもの!?」
地鳴りが響き渡り、地面が激しく揺れ始める。
レックスたちが慌てる中で、デブリだけは冷静に声を生む。
「あまり私から離れるな。死ぬぞ」
「そ、そ、そそそ、それは揺れに言えぇえぇ!!」
「ちょちょちょちょと、いやぁぁあオリカお姉さん!!」
「きゃぁぁあぁ、ノヴァちゃん!!」
揺れは二分ほど続いて収まった。
「ふ~、なんて大きな地震だ。大丈夫か、二人とも?」
そうレックスは唱えて見つめた先には、青い顔で抱きしめ合う二人の姿が。
「も、も、ももう! 地面が揺れるなんて反則じゃない!!」
「こ、こ、こんなのあり得ないわ! 大地の向こうがたわんで見えるなんて」
「なんだ、二人とも。地震は初めてか?」
二人は激しく顔を縦に振る。
「そういや、王都だとプレートが安定してるのか、地震なんて起きねぇしな。それなのに大地が揺れるなんて体験したら驚くか。しかも、かなりデカかったしな」
「もう~、早く移動しようよ! こんなところ!!」
「ええ、そうね! デブリ、移動はまだ!?」
「もう少しかかるな」
「「早くして!!」
二人はずっと抱き合ったまま、体を震わせている。
その様子を見たレックスは大声で笑った。
「あははは、二人とも可愛いところあるじゃねぇか。普段は生意気言ったり、すまし顔なのによ」
「この~、レックスお兄さ~ん、あとで覚えてなさいよ~」
「ええ、許さないわよ~」
「お、また揺れたか?」
「ひゃい!」
「きゃう!」
「あっはっはっは、な~んってな!」
怯える二人の姿にレックスはご満悦……しかしそれは、デブリのある一言で一変する。
「笑っている場合ではないぞ、レックス。あれを見ろ」
デブリが遥か先を指さす。レックスは両手の指をそろえて額に置くと、遠くを見るような仕草を見せた。
「おや、遠くの方からなんか真っ赤な壁が近づいてきてるような?」
「先ほどの地震で津波が発生したようだ」
「津波? いやいや、海なんかないのになんで津波が発生するんだよ」
「海はなくとも、代わりになる液体はあるだろう」
彼はそう言って、そばにあった真っ赤に燃ゆる灼熱の海を指さした。
一拍を置いて、レックスは気づく。
「……溶岩? ――――溶岩!? ま、まさか!? 迫ってきてるのは……溶岩の津波!!」
「正解だ」
「ばっきゃやろぅ!! 今すぐ移動しろよ!!」
「この世界は理力の素が少なく、まだチャージが不十分だ。だが――」
「そ、そんなぁぁあ、いやぁあぁぁあぁあぁ、焼けしぬぅぅぅぅぅうぅ!!」
取り乱すレックス。
その哀れな様を見たノヴァとオリカは口々にこう唱える。
「醜い……」
「情けない……彼は放っておくとして、チャージは間に合うの?」
「津波が届く前には移動できる。それを伝える前にレックスは我を失ったようだ」
「悠長に話してる場合かぁぁあぁ。はやくはやくぅぅぅぅ!! ひやぁぁぁぁぁ、せまってきてるぅぅぅ!!」
「はぁ、お兄さん、私よりも十歳も年上で大人なのに……」
「私よりもね」
「いどういどういどういどう!! はやくしろってぇぇえええぇ! 焼け死ぬとか勘弁だぁぁぁああ!!」




