第33話 氷漬けの神殿
浮遊感から解放され、揺らいでいた景色が落ち着くと、レックスたちは猛吹雪の雪原に放り出されていた。
レックスが自分の体を擦りながら皆に声を掛けていく。
「さむさむさむ、なんだここは? みんな、いるか? 大丈夫か?」
「ええ、いるわ。ノヴァちゃんは?」
「私も大丈夫。お兄ちゃんは? あっ!」
ノヴァは雪原に横たわっていたアルムスへ駆け寄り、すぐさま生死の有無を確かめる。
「息をしてる。心臓も動いてる。温かい」
「そりゃあ良かったが、このままここに居たら、その温かいのもすぐに冷たくなっちまうぞ」
「レックス、あれを? 何か建物があるみたい」
オリカが指さした先――肌を叩きつけるような激しい雪の嵐の先に浮かび上がる建物の影。
「あそこに向かいましょう。このままだと私たち全員、凍死してしまうわ」
「おう、そうだな。とりあえずアルムスは無事なようだし。あそこで状況の確認と整理をしよう。ノヴァ嬢ちゃん、ちょいとどいてくれ。アルムスを背負うから」
「……うん」
ノヴァは不安そうに物言わぬアルムスの姿をブラッドストーンの瞳で追う。
それに気づいたレックスが大仰な声を上げた。
「な~に、心配いらねぇよ。アルムスもすぐに目覚めるさ」
「うん、そだね……」
「さぁ、行くぞ!」
レックスがアルムスを背負い、その後ろをノヴァが歩く。さらに、ノヴァの背後をオリカが守るようについて、三人は吹雪に浮かび上がる建物へと向かった。
――氷漬けの神殿
幾重にも並ぶ石柱の周囲を石造りの壁が囲む、荘厳な建物。
それはまるで神殿。
壁も天井も分厚い氷に覆われており、入り口は正面下部に人の背丈よりも少しばかり低い穴がある程度。
レックスは少し身を屈めて穴の中に入り、そのあとをノヴァとオリカが続く。
中に広がるは、見通しの悪い薄暗い空間。
レックスはアルムスを下ろして、彼に自身の黒いマントをかけた。
そして、両手に装備している魔装腕のうち、左手の魔装腕の手の甲に嵌めてある火の魔石水晶を外し、それを軽く放ると、水晶は空中でぷかぷかと揺蕩う。
火の魔石水晶は熱と光を放ち、建物に光を届け、レックスたちに熱を与えた。
光は闇を退かせて、彼らの瞳に神殿内部の姿を宿らせる。
「こいつはぁ……」
とても高い天井。壁に沿うように巨大な石柱が並び、床は鏡のように艶やかで彼らの姿を映す。
視線を先に向けると、遠くに台座とその上に乗る像のようなものが見えた。
そこまで届く廊下は、何十人もの人が横に連なっても、余りあるほど広い。
レックスとノヴァとオリカは、火の魔石水晶の温もりに両手をかざしながら会話を行う。
「ふ~、中にも雪が入り込んで寒いままだが、風がない分、マシだな」
「そだね。それにしても、レックスお兄さんの魔装腕って便利だね」
「そうね、武器としてだけじゃなくて、こんな応用もできるなんて」
「そいつぁ、どうも。本来こんな使い方は想定してないんだが……ん? おい、あれ、人じゃねぇか?」
レックスは軽く顔を動かして、二人へそちらを向くように促した。
彼らの視線の先には、黄色い衣服を纏う横たわった人影。
ノヴァがそこへ向かおうとしたが、それをオリカが制し、彼女だけで様子を伺うことにした。
倒れている人を覗き込み、一瞬だけびくりと体を跳ねる。
「どうした、オリカ?」
「いえ、こちらに来てもらえる? あ、ノヴァちゃんは来ない方がいいわ」
「そこにあるのは遺体? 大丈夫だよ、私はもう十二歳だし、幼い子どもとは違う。取り乱したりしないから」
「そういった意味で心配した部分もあるけど……これは、ちょっと……でも、そうね。みんなで確認しておいた方がいいかも」
「「?」」
レックスとノヴァは顔を見合わせて、頭の上にはてなマークを浮かべる。
レックスは再びアルムスを背負い、ノヴァと一緒にオリカへ近づいていく。
「二人とも、心の準備は良い。この方はただの遺体じゃないから」
そう言って、オリカは手のひらを遺体の顔へ向ける。
促されるままに、二人はゆっくりと遺体を確認した。
氷漬けの遺体は乾燥した空気に体内の水分を奪われてしまったようで、半ばミイラ化していた。
それだけならば、オリカも動揺を見せたりしなかっただろう。
問題は遺体の顔。
顔を見たレックスとノヴァが小さく声を落とす。
「何もんだ、こいつは?」
「唇が四つに裂けて、牙がある。人間じゃない?」
そう、背格好や見た目は人間に近い姿だが、口の部分が決定的に違っていた。
レックスがぶつぶつと声を生む。
「小部屋は空間を移動とか言ってやがった。ってことは、どこかに移動した? そして、見たこともない種族の遺体。そこから推察すると、移動した場所は俺たちと異なる世界? いや、バカな。そんなのあり得ねぇよな……」
「でも、お兄さん。この遺体はどう説明するの? 作り物には見えないよ」
「ええ、ノヴァちゃんの言う通り、それに、遺体はこの方だけじゃない」
オリカは広い廊下を見回した。
雪に埋もれた者。壁を背にして沈黙を纏う者。
その者たちの全てが、四つに裂けた唇を持ち、牙がある存在。
レックスはアルムスを背負い直して惑う言葉を漏らす。
「よいしょっと……わけがわからねぇ。だが、それに頭を悩ます余裕もねぇ。このままだと俺たちも、氷漬けになりかねないしな」
「レックス、まずはこの施設内を探索しましょう」
「うん、元の場所に戻れる方法があるかも。あの……」
ノヴァは眠り続けているアルムスの様子を伺う。
「アルムスお兄ちゃんは……大丈夫かな?」
「背中越しに心臓の音は響いてるから大丈夫だろ……ともかく、オリカの言う通り探索しよう。そうだな、遠くにある台座のところへ行ってみようぜ」




