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第21話 それは心の傷

 ノヴァはオリカの心の片隅に宿った淡い恋心を潰すべく、アルムスを呼ぶ。


「お兄ちゃん!」

 

 大声で呼ばれたアルムスは、ガウスの頭を撫でていた手を止めて振り返った。

「うん、俺になんかようか?」

「なんで、ガウスさんの頭を撫でて――って、それはいいや。お兄ちゃん、好きな女性のタイプは?」

「は? なに、突然?」


 この会話を聞いたオリカの耳がピクリと動く。

 その反応をしっかりととらえたノヴァは、強い口調でアルムスに答えを促した。

「いいから答えて! いつものようにね!」

「まぁ、いいけど。いつも言っているが、俺の好きな女性のタイプは!!」



 アルムスは胸を張り、両手を大きく椀上に動かす。

「ボン!」


 次にお尻を突き出す。

「ボン! っと、胸と尻がデカい人だな!! ウエストも太めがいい!!」


 これを聞いたオリカは自身の寂しい胸を見下ろして、そっと押さえる。

 その動作を見たノヴァは意地悪そうな表情でくすりと笑い、ルドルフはそんなノヴァをやれやれといった表情で見つめていた。


 店の客たちは少し悲し気なオリカの姿を目にし、アルムスに対して容赦のない攻撃ならぬ口撃を仕掛け始める。


「おまえっ、最っ低だな!!」

「普通、そういうこと言うか!?」

「ちったぁ、空気読めよ!!」



「な、なんだよ、てめえら!? 俺の趣味に文句あんのかよ?」


「趣味がどうとか言う文句じゃねぇよ!」

「いや、その趣味もおかしい! 少年らしくねぇ!! 何が胸と尻がデカい女が好きだ!!」

「欲望に忠実すぎるだろうが!! だいたい、てめぇの妙な趣味のせいで、みんなの憧れキャリンさんも!!」


「うっさいな、てめぇらだって――――」



 にわかに騒動が大きくなりそうになったところでルドルフが止めに入った。

「そこまでだ、お前たち。アルムス、もう上がっていいから。君は私服に着替えて彼女との約束を果たすといい」

「はいっす、ルドルフさん。そんじゃ、オリカ。着替えてくるけど、今日武器を選んでも大丈夫なんだよね?」

「ええ」

「そんじゃ、ちょっと待ってて! ノヴァ、オリカに何か飲み物を出しててくれるか?」

「わかった、お兄ちゃんのツケでね」

「うぐ……ああ、頼むよ」

 


 アルムスは若干表情を暗くして店奥にある階段を昇り、客室となっている上階へと上がっていった。

 階段を昇り姿を消したアルムスからオリカは視線を外して、カウンター席の内側に立つルドルフへ視線を移す。


 彼女の視線に気づいたルドルフが小さなお辞儀を見せると、オリカは畏まった態度を取り、頭を下げた。

 そして、テーブル席に座るレックスへ尋ねる。


「随分と雰囲気のある御仁ね、あちらの店主は? 背も高く、体躯も見事で」

「ルドルフさんか。昔、どっかの国の騎士をやってたらしい。剣の腕もかなり立つって噂だ。実際に剣を取っている姿を見たことはないが、それでも俺の見立てじゃ相当な腕前だな」

「たしかに、さざ波一つ立たない穏やかさ見せる佇まいでありながら、並々ならぬ気を纏っているわね」



 この二人の会話に、ガラスのコップに入ったオレンジ色の飲み物が割って入った。

「はい、お待たせ。コースティ産のオレンジジュースです。さ、お姉さん、席について」


 ノヴァがオリカへ座るように促すと、彼女はそれに従い、レックスと相対する席へ座った。

 そして、とろりとした濃度の濃いオレンジジュースがオリカの目の前に置かれる。

 レックスはつい今しがた耳にした産地名に苦笑いを浮かべた。


「なぁ、ノヴァ嬢ちゃん。コースティ産のオレンジって、超がつくくらい高級な果実じゃなかったか?」

「うん、そうだよ。でも、これはお兄ちゃんのツケだから。おかげさまでお店が潤う」

「鬼だな……」


 二人の会話にオリカは小さく笑い漏らし、申し訳なさを感じながらも、ジュースをこくりと味わう。

「んく……なるほど、濃厚なオレンジの香りが鼻腔を通りぬけて、とろりとしたジュースが舌先を包み、絶妙なバランスで甘味と酸味が合わさる。これを飲んでしまうと、しばらく並のオレンジジュースは飲めないかもしれないわね」


「本当は風のお姉さんたち用のジュースだけど、今日は特別に用意したの」

「風の? よくわからないけど、ありがとう。えっと、ノヴァちゃんだったかな?」

「うん、あなたはオリカお姉さんだね?」

「ええ。そう言えば、アルムスのことをお兄ちゃんと呼んでいるけど、もしかして?」

「ううん、妹ってわけじゃないよ」

「あら、そうなの?」



 何気ない日常の会話……が、続くと思いきや、ノヴァは口角の端をくいっと上げて、オリカの慎ましやかな胸を見た。

「フフ、残念だったね。お兄ちゃん、お胸の大きな人が好きだから」


 この一言に、レックスの動きが固まる。

(ノヴァちゃん、もしやオリカに……嫌な予感がする。やべ、この席から逃げたい)



 彼の予感は見事的中し、ノヴァの言葉に含まれた棘に気づいたオリカは感情を表に出すことなく、にこやかに声を返した。


「フフフ、アルムスはまだ少年だから、わかりやすいものに飛びついてしまうのかもしれないわね」

「そうかなぁ、一部の女の人はそうやってすぐに否定するけど、男の人から見たら普遍的な魅力じゃないかなぁ?」

「ぬっ……そうでもないわよ、ノヴァちゃん。物事の本質は見た目じゃないの。大切なのは想いなんだから」


「でも、見た目も大事でしょ? 可愛いだけじゃなくて、性格も良くて、そしてプロポーションも大事。どうせ求めるなら、より良いものがいいに決まってるし」

「クスクスクス、ノヴァちゃんもアルムスと同じでまだ若いから、ついつい、そういったことに目が言っちゃうのかもね。でも、大人になって、心の機微をわかるようになったら、それだけじゃないというのもわかるようになるわよ」


「へ~、大人になったらかぁ。ま、私が大人になる頃には魅力的なボディを手に入れるだろうし。なにせ、もう可能性がない大人と違って、私は可能性の塊だし~」

「あははは、そうなるといいわね~」

「うふふふ、そうなるよ~」



 レックスの目の前で見えない火花が飛び散る。

 それは火花でありながらとても冷たく、レックスのサングラスを凍りつかせるもの。

 その冷たさは店内に広がり、先ほどまでオリカについて盛り上がり、アルムスの趣味に対して騒ぎ立てていた客たちも口と足を凍りつかせて動けずにいた。


 そんな状況を見かねてルドルフが声を上げる。


「ノヴァ、やめなさい」

「え~、私は何もやってないよ。ちょっと世間話をしてるだけだもん」

「そうではない。この話でアルムスを傷つけるようなことをするなと言っているんだ」



 少しだけ口調を強くしたルドルフの声に、ノヴァは下唇を噛んだ。それは自分の失態を悔やむ姿。

 これが何の話かわからぬオリカは頭を捻ったが、すぐにその答えがルドルフによってもたらされた。


「言っておくが、ノヴァだけじゃない。お前たちもだぞ。オリカ君は知らないだろうが、皆はアルムスが孤児であることを知っているだろう? 幼いころに両親を亡くしたあの子は、大人の男性と女性に強い思いを抱いている。それは理想の父親像。理想の母親像だ」


 これを受けて、ガウスが小さく声を立てた。

「たしかに、あいつはルドルフを父親みたいに慕っているからな。逞しく強い姿。理想の父親像……か」

「彼にそう思われているとしたら光栄だな……同様に、母親像にもそれが強く反映されてある。アルムスは強い母性を求める。それをわかりやすく体現しているのが、胸や尻と言ったものなのだろう。だから、彼の理想は……彼の心の傷を表すものなんだ」


 

 ルドルフは大人の客たちをざっと睨みつけて、口調穏やかながらも怒りの籠る言葉をぶつけた。

「よい大人が、そんな少年をからかうんじゃない」


 

 誰もが口を閉ざし、己の浅慮さを恥じる。

 そこに階段から足音が響いてきた。


「っと、わりぃわりぃ。ちょっと遅くなっちゃった。キャリンさんのアドバイスを思い出して、服を良いものにしようと思って」



 そう言って、姿を現したアルムスは普段のラフな格好でもなく冒険者のような格好でもなく、気品溢れる洒落た格好。


 白いスラックスに水色のドレスシャツに濃い紺のジレを纏う。首元には黒のリボン帯。足は黒の革靴。


 普段まずお目にかからない、まるで貴族の御坊っちゃんのような姿にノヴァが眉をひそめて問いかけてきた。

「なに、その恰好?」

「ああ、これ? キャリンさんが女の子と出かけるときはちゃんとしなさい、と言って、俺にくれた服。普段着る機会がないからせっかくと思って」

「ふ~~~~ん」

「なに?」

「べ~っつに。ま、女の人と出かけるのに別の女の人のアドバイスを聞いているようじゃ問題ないか」

「はい?」


 彼は疑問符を頭に乗っける。そんな彼へ、客たちが声を掛けてきた。

 それは申し訳なさが宿る声たち。

「あの、アルムス……」

「ん?」


 彼らは親指を立てたり、頷いたり、拳を突き出したりと妙なアクションを見せながら声を出す。

「あのよ、胸と尻。良いと思うぜ」

「ああ、ボン・ボン……キュッはなくて、ふくよかなウエストを好むのは悪くない」

「ボンボン、いい響きだぜ」


 この声に続き、ガウス・ノヴァ・レックス・オリカの声が続く。


「ボン・ボン。ああ、いいな」

「うん、そだね。私も妙なことしちゃったし。お胸とおしり。いいと思う」

「ああ、素晴らしい趣味だぜ」

「ええ、そうね。ボンボン。悪くないわ」



 これら、皆の奇妙な様子を目にしたアルムスの目は泳ぎ、背筋には冷たいものが走った。

「な、なに? 俺が着替えている間に何が起こったの? こ、怖いんだけど……」

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