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第20話 歪んだ想い

 早朝のバカ騒ぎと悪巧みが終えて、俺たちは一日の仕事へ本格的にとりかかろうとしていた。

 そこへギルドメンバーの一人、オリカが訪れる。

 すると、彼女の姿を見た客たちが小さな歓声を上げた。


「おい、オリカだ」

「ギルドの紅一点か。噂に聞いちゃいたが……なるほど、美人だな」

「個人的には線が細いのが寂しいが、それでもあんな良い女を連れて歩いたら自慢になるだろうな」


 と言う、下品な声はオリカの耳にも入っているようだが、彼女はいつものことと言った感じで聞き流し、さらさらとした金色の髪を揺らして顔を左右に振った。


「失礼、こちらにアルムスと言う……」

「いるよ、どうしたのオリカ?」


 俺は黒のスラックスに白のカッターシャツという給仕の姿でオリカに近づく。

 その姿を新緑の瞳に納めたオリカが少々驚いた表情を見せたので、一言で説明をした。

「暇なときはここでバイトしてるから」

「ああ、そういうことなの。だとしたら、今日は都合が悪いかしら? まぁ、今日でなくてもいいんだけど」

「ん? もしかして、ギルドからのお仕事の依頼?」

「いえ、そういうわけじゃ。ほら、あのとき……え~っと」


 オリカは言葉の途中で音を下げて、口をもごもごとする。

「どったの?」

 尋ねると、彼女は少しだけ顔を赤らめる。何か、言いづらい内容なのだろうか?



 俺はルドルフのおっちゃんへ顔を向ける。そして、客のいない店の奥へ案内していいかと尋ねようとしたところで、オリカが意を決したように声を生んだ。

「竜退治の時の約束を果たしきたの!」

「約束?」

「えっと、ほら、武器のことで」


「武器? ああああ~、武器を見立ててくれるって話か! しかも奢りで!」

「ええ、そう、その話。それであなたがこの宿を借りていることをギルドから聞いて、都合の良い日を、と。あなたの都合が良ければ、今日にでも」

「そうだなぁ、早朝のお仕事はもう終わりだし、午前中は特に。午後も予定はないけど~」


 そう言いながら、ルドルフのおっちゃんを見ると、おっちゃんは無言でこくりと頷いてくれた。

「うん、特に予定はない」

「あ、そうなの!」


 オリカはパッと表情を明るくして声を弾ませた。

 なんだか感情に落ち着きがないけど、どうしたんだろう?

 するとここで、俺たちのやり取りを見ていた店の客たちから、野次じみた声が飛んできた。



「なんだ、アルムスめ! イチャイチャしやがって!」

「あのオリカとデートの約束とはぁ、ここから生きて出られると思ってんのか!」

「どうする? 斬るか、煮るか、焼くか、埋めるか?」


 俺はこれらしょうもない声に両肩を落としながら声を返した。

「あのなぁ、どこの世界にデートで武器選びなんかするんだよ? これはこの前の竜退治で、オリカを助けたお礼みたいなもんだよ」


 そう伝えても、もてない男たちのひがみの声は消えない。

 オリカはそのやっかみに戸惑っている様子。


 そんな彼女の姿を見て、感情に落ち着きがなかった理由を察した。

(こうなることを予想して挙動不審だったのか? まぁ、今を時めくギルドの花。アイドルみたいなもんだからなぁ。プライベートの時間に男が絡むと周りから妙な反応をされて面倒なんだろうな)


 俺は困り顔を見せるオリカのために、アホな客ども鎮めようとテキトーに相手してやることにした。

 そのオリカはレックスの姿を見つけて、何やら彼に話しかけている。



――オリカとレックス


 レックスはニヤけ顔でオリカに声を掛ける。

「おいおい、デートのお誘いか? 年下の男の子を(もてあそ)んじゃあいけないなぁ」

「まったく、あなたまで。私は約束を果たしに来ただけよ」

「それにしちゃ、浮ついているような」

「レックス……」


 じろりと新緑の瞳に睨みつけられたレックスは大仰に両手を軽く上げて、話題をギルドとアルムスのものへと移す。

「アルムスについてギルドに報告したが、あの口止め、どう思う?」

「妙だと思うけど、口止めされた件をこのような場所で語る気はないわ」


 そう言って、二人はアルムスと客がやり合う姿を見つめ、少しばかり過去の記憶に触れる。



―――二日前・王都ギルド本部


 レックスは金竜が本来神竜しか使用できないはずの不可視の咆哮を放ち、それを不思議な力で相殺したアルムスについて報告を行っていた。

 すると、あまりお目にかかる機会のないギルドマスター直属の秘書である女性が現れて、この件に関して一切口外しないことを命じられる。さらには、誓約書まで強要された。

 もし、口外しようものなら……。



――――

 二人の意識は今へと帰り、レックスとオリカは言葉を交わし合う。

「アルムスはギルドにとってどういった存在なんだろうな? そもそもあいつは一体?」

「よしなさい。自由を標榜するギルドなのに、わざわざギルドマスターの秘書が出てきて、さらに誓約書まで書かせるなんて異例中の異例よ。触れない方がいいわ」


「ま、そりゃそうだ。だから、余計なことに首を突っ込むなよ、オリカ?」

「え?」

「俺は疑問を抱いても、しょせん井戸端会議ていどの種にしかしねぇ。だが、お前さんは割り切っているようで、その実は深く突っ込みそうでな。だから、先輩ギルドメンバーとしての忠告だ」

「余計なお世話よ。でも、忠告は感謝する」



 この二人のやり取りをカウンター席からこそりと見つめる少女がいた。

 それはノヴァ。


(レックスお兄さんは心配なさそうだけど、あのオリカって女は少し危険かも。おそらく、お兄ちゃんに対してくだらない感情を抱いている。だから――)


「不安なのか?」


 不意に声を上げたのはルドルフ。

 すると、ノヴァは丸椅子を回転させて体をルドルフへと向けた。

「べ~っつに。ただ、あの女が余計なことに首を突っ込み始めたら面倒かなって?」

「そうか。それに……フフ、大切なお兄ちゃんを取られるかもしれないからな」


 このからかい言葉に、ノヴァは眉間にしわを寄せて乾いた声を漏らした。

「はぁ、ルドルフさんまでお店の客と同じようなくだらないことを……」

「おや、そうかな? 君は目的以外にも、個人的にアルムスを慕っているように見えるがね」

「……目的以上に勝るものはないよ」




 冷たく、感情の籠らない機械的な声を造り出して、彼女は表情から色を消した。

 だが、すぐに表情に感情を纏い、アルムスを見つめる。それは、憐憫。

「お兄ちゃんにそんな感情は存在しない。そういう存在だから……」

「たしかに、不死者狩りには感情がない。そう伝わっているが、アルムスを見るかぎり、彼は言い伝えから遠くかけ離れた存在に見えるが?」

「それについては驚いている。でも、歓楽街の顔役であるキャリンさんのおかげで、お兄ちゃんにそういった欲がないことがはっきりしているから。お兄ちゃんが女性を慕う時は……」


 ノヴァはアルムスに向けた憐れみを纏う声と共に、濃くぬめりを感じさせる血のように赤いブラッドストーンの瞳にオリカの姿を封じた。

「だから、あの女はお兄ちゃんの歯牙にもかからない。だけど……念には念を入れて、あの女の小さな恋心を砕いておこうかな」

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