第17話 同胞にして友だった存在
激闘の末、正気に戻った金竜とオリカは交渉を行い、互いに謝罪を交わし合い、事なきを得る。
金竜は去り際に、俺たちの名を尋ねてきた。
「私の暴走を止めてもらい、感謝する。お前たちの名を心に留めておきたい」
「では、私から。改めてとなりますが、ギルドランク5・ベスタ級のオリカ」
「俺はギルドランク4・アークトゥルス級のレックスだ」
「俺はギルドランク10・セドナ級のアルムス!」
「セドナ級……ふむ」
金竜は戦いとなった場をじっと睨みつけたかと思うと、すぐに俺へ瞳を振って観察するように見つめてくる。
「あ、あの、なんすか?」
「……いや、将来が楽しみな少年だと思ってな」
「え、そう? えへへへ、まさか上位竜に認めてもらえるなんて。なんか気分いいっすね」
「フフ、精進するといい。では、私は去ろう」
金竜は翼を広げ、大きくはためかせて土埃を舞わせる。
ふわりと巨漢は浮かび上がり、空へ舞い上がると、次の瞬間には空気の破裂音とともに姿を消した。
俺たちはその姿を見送ってから、地面にへたり込む。
「はぁ、疲れた」
「俺もだ。そういや、アルムス。両腕の傷と体の方は大丈夫なのか?」
「もう、血は止まってるし問題ない。全身は痛いけど、まぁ、歩けないほどじゃないし」
「相変わらず無駄に丈夫だな」
「無駄ってなんだよ、無駄って!」
「やかましい坊主だ。オリカの方はどうだ?」
「問題ないわ、と言いたいけど、さすがに無理ね。しばらくは立ち上がりたくない。でも、そうはいかないから」
オリカは倒れている戦士たちを見つめて、立ち上がろうとしてる。そう、彼らを放っておくわけにはいかない。
そんな彼女へレックスが声を掛けた。
「無理すんな。あとは救援部隊に任せとけ」
彼はそう言って、懐から魔石の信号弾を取り出し、空へと放り投げた。
浮遊の力により信号弾は空高くにまで浮かび上がり、遥か遠くまで光と煙の姿を届ける。
「あれを見た救援部隊がやってくる。だから、休んどけ」
「そうしたいのはやまやまだけど、私は部隊を率いる隊長だから責任があるわ。動けるなら手当てしてあげないと」
「真面目だねぇ。アルムスも言ってやれよ、休んどけって」
「そうだな」
俺は痛む体を押して立ち上がり、オリカの前に立つ。
そして、立ち上がろうとしている彼女へ手を差し伸べた。
「ほら」
「え?」
「みんなの手当てをするんだろう。俺も手を貸してやるよ」
「止めないの?」
「休んでいた方がいいと思うけど、助けられるなら助けたい。そう思う気持ちはわかるから」
「アルムス……ええ、手を貸してちょうだい」
彼女は俺の手を握りしめた。
その手を引っ張り上げて、ふらつく彼女を支える。
そんな自分の姿にオリカは自嘲を纏う。
「ふふ、立つことも覚束ないのに、少し虚勢を張りすぎたかしら?」
「リーダーは虚勢張ってなんぼでしょ。そういうの好きだぜ、俺は」
「くすっ、ありがとう」
「いいって。あ、そうだ、剣を返しておかないと」
俺は左手に持っていたオリカの剣を彼女へ返す。
「ありがとう、おかげで助かった」
「それは私の言葉。命を救われた」
オリカは剣を受け取り、ふらつく足に意思と言う力を送り込み、剣を鞘に納め、まっすぐと立った。
「ふぅ~、では救援部隊が来るまでやれることはやっておきましょう」
「うん。それにしても、その剣、すごいね」
「そう?」
「やっぱり得物にはお金かけないとダメなのかもなぁ。俺のロングソードはあっさり折れちゃったし。それなのに、その剣は竜の尾っぽを切断しちゃうんだもん」
「いえ、あれはあなたの剣のうで――」
「あ~あ、お金ないけど、次に新調する武器は良いもの選ぼうかなぁ?」
剣なんて相手を斬れさえすればよいと思っていたが全然違うようだ。仕送りや家賃の心配はあるけど、今回得られる報酬でもっと良い剣を買おうと思う。
おそらくその方が、より一層稼げることになるだろうから。
俺は気を失っている戦士たちの介護へ向かおうとした。
だけど、オリカが動こうとしない。
やはり、傷の具合が悪いのだろうか。
そのことを尋ねようとするとオリカは……。
「アルムス」
「ん、なに?」
彼女は胸元に片手を置いて、意を決したようにこう伝えてくる。
「良ければ、私が武器を見立てましょうか?」
「え?」
「目利きには自信があるから」
「いいの? あ、でも、俺、そんなお金ないからあんまりお高いものは……」
「それなら、私があなたに贈るわ。命の恩人である貴方へ」
「はい?」
「迷惑かしら?」
「いやいやいや、ありがたいけど、本当にいいの?」
「ええ、もちろん」
「やった! 武器代浮いちゃった! あ、でもオリカ」
「なにかしら?」
「あんまり恩とか気にすんなよ! オリカは一緒に戦った俺の大切な仲間なんだから!!」
「大切な……」
「って、ちゃっかり武器を貰うくせに何言ってんだって話だよな! あははは!」
「そうかもね、ふふふ」
俺とオリカの笑い声が交わり響く。
思わぬ金竜との戦い。何度も死を覚悟したけど、生き残れた。
そして、大きな経験を得た。
あの時掴んだ、剣を振るう感覚。
これは俺の大きな財産となるだろう。
――――レックス
アルムス・オリカの二人の様子に、レックスは蛸のような丸口を見せた不満顔でこう呟く。
「とどめ刺したのは俺なのによ。まぁ、とどめはさせてはないんだが。しっかし、オリカめ」
オリカはうっすらと頬を紅潮させている。
「四つも年下の坊主になんて顔を見せてやがる。どうせなら、三つ年上の俺にその顔を向けろっての。はん、やってられねぇな」
彼は一度、顎の無精ひげを手でじょりっとなぞり、戦士の救助に当たるアルムスをちらりと見てから、オリカに近づく。
「オリカ、『あの時』、何を見た?」
「それは金竜の咆哮を受けた時の話?」
「ああ、あれは人では受け止められない不可視の咆哮」
「不可視の咆哮?」
「ま、普通はしらんわな。本来なら神竜しか持ち得ない力だが、何故か金竜が使いやがった。あの咆哮は、対象の存在自体を否定して消失させる力。初めからこの世の存在しなかったと書き換えられることのできる、理を覆す力だ」
「存在、否定、書き換える?」
「ああ、すでに形づいた世界に介入する人智を越えた力だ。だってのにアルムスのやつ、そいつをまともに受けて、存在してやがる。だから、オリカに再度聞く。お前は『あの時』何を見た?」
「……『あの時』、薄い膜のようなものが私たちを包み、あの咆哮を相殺していた。あの力は魔力とはまったく別種の力。おそらく、古代の力である理力」
「理力? たしかそいつぁ、魔法が生み出される前に使用されていた先史文明人たちの力だな」
「ええ、魔法は大気中に含まれるマナと呼ばれる力を借りて魔法を発現するのに対して、理力は自分の精神力を消費して力を生む。だけど、人の精神力ではさほどの力を生み出せないために廃れてしまった」
「そいつをアルムスが使った。しかも、不可視の咆哮から身を守るほどの力を……いや、相殺していたならば、不可視の咆哮と同じ力と言うべきか……なんなんだ、あいつは?」
レックスはサングラス越しにアルムスを睨みつける。そこにあるのは疑心と疑念。
そして、人非ざる者に対する言い知れぬ恐怖。
しかしそれを、オリカが斬って捨てる。
「彼に助けられた。今はそれで十分。そうでしょう、レックス?」
「追及がぬるいなぁ。惚れたか?」
「――なっ!? 彼は私よりも年下の少年。そんなわけ――」
「あ~あ、経験の薄いお嬢様はころりと行きやがるからな」
「黙りなさい!」
「へいへい」
レックスは舌先をベーっと出しておちゃらけた態度を見せる。
オリカはそれにため息を一つぶつけ、表情を真面目なものへと変えた。
「一つだけ、あなたの言葉に訂正を書き加えたいわね」
「何にだ?」
「不可視の咆哮と呼ばれる力。たしかに、アルムスの薄い膜と同じ系統の力のように見えたけど、竜の力は理力とは全く別物だと感じた」
「別物?」
「あれは理力でも魔力でもない。私たちの知らない未知の力。それが何かはわからないけど」
「ふむ、なんにせよ、謎ばかりってか。金竜のことも含めて、アルムスのことも一応ギルドに報告しておいた方がよさそうだ」
――――金竜
風を切り裂く轟音を纏い、空飛ぶ竜は心の中で笑う。
(ガハハハ、まさか、我らが同胞とは見えるとは思わなんだ。共に戦った同胞の残存がいたとはな。絶滅したとばかり思っておったが)
顔を戦場となっていた盆地へ向ける。
(あの場には不可視の力が残っていた。そうか、神竜は逝ったか。故に、次代である私に力が宿ったのだな)
金竜はこう言葉へ音を纏う。
「人間たちが不死者狩りなどと言う、偽りの名で呼ぶ存在。我が同胞にして友であった存在。つがいの気配は感じられぬが、もし、存在したとするならば……」
竜は人間が作り上げた王が坐する都へ顔を向けて目を細める。
「ギルドマスターであるケフェウスは更なる高みを求めるか。フフ、さすがは人間。欲深き我が父にして母。呪いと絶望の中でもがき、這い上がり、神を超えし存在を目指すか。悪魔の所業と呼ばれる沙汰をものともせずに……」




