第13話 不可視の咆哮
俺・レックス・オリカの三人は金竜の前に立つ。
金竜は虚ろな紫の瞳をレックスへ向けている。
竜が警戒しているのはレックスの魔装腕だけ、というところか?
だが、それはこちらも同意。
だからこそ、レックスがこう指示を出す。
「鱗が固くて俺の攻撃が通らねぇ。なんとかお前らで肉に傷をつけてくれ。その傷口に俺の一撃を叩き込んでやる。そうすりゃ、体の内部から炎で焼くことができる! アルムスは――」
「傷をつけりゃいいんだな、行くぜ!」
「ま、待て、人の話は最後まで――」
「とりゃぁぁあああぁ!」
俺は自分の背丈の倍はある巨大な足に剣を振るう。
刃が鱗とぶつかり合うたびに火花が散るが、傷一つつかない。
それどころか、こっちの剣があっさり刃こぼれしてしまう。
「ああ、この剣じゃ駄目だ! 次だ次!!」
そこらに倒れている戦士から剣を借りて、再び剣を振るうが結果は同じ。
「おりゃりゃりゃりゃりゃ! くそぉぉ! なんで切れないんだぁああ!」
剣の振るう俺に向かい、鋭い爪を持った巨腕が体を引き裂こうとしてきた。
「ひぇ!? あっぶな!」
鋼鉄よりも固い、黄金色の鱗に包まれた尾っぽが俺の胴を薙ぎ払おうとする。
「うきゃ!? しぬしぬ! だけど、負けるかぁぁあ!!」
俺は刃こぼれを繰り返す剣や槍のポイ捨てを繰り返しながら、竜へ挑み続けていた。
俺がこんなに懸命に頑張ってるのに、レックスとオリカが全く動こうとしない。
「そこの二人! ぼさっとしてないで働けよ!」
この声に、なんでかレックスが天を仰ぎつつ額に手を置いてため息を落とし、その彼にオリカが話しかけている。
「はぁ~、作戦も何もあったもんじゃねぇな。いきなり飛び出すなよ」
「レックス、あのアルムスとか言う少年は?」
「三か月前にギルドメンバーになった坊主だよ。ランクはセドナ」
「セドナ!? そんな子が竜を相手にしたら!?」
「ああ、普通ならやべぇが……」
レックスがサングラスの真ん中を指先で食いっと上げて、こちらを見て何かぼそぼそと言っている。その姿に、俺は竜の攻撃を避けながら怒鳴りつけた。
「てい! よっと! せや! ひっ! レ、レックス! 援護しろぉぉお!!」
「見ての通り、金竜の動きをしっかり避けてやがる。無駄な動きは多いがな」
「ええ、たしかに。だけど……」
「戦力としては役に立たない。だが、囮になる! オリカ、金竜の攻撃があいつに集まっている間、一太刀でいいから傷をつけろ!」
「ええ、任せなさい!」
オリカが腰元から細身の剣を抜き、刃に風の力を纏わせて、金竜の死角となる左腹部を斬りつけた。
それにより、無数の金の鱗が剥がれ落ちてキラキラと宙を舞う。
だが――肉には届いていない!
「クッ! なんて装甲の厚さなの!?」
金竜は頭をもたげてオリカに首を振った。同時に顎を大きく開き、口腔に炎の球を生む。
次に放つは火球だろう。
そうはさせじと、俺は竜の体を蹴り上がて登り、これまた固そうなほっぺたに拾ったばかりのハンマーをぶつけてやった!!
「どっせっぇえぇ!」
ハンマーがぶつかると同時に柄を握っていた両手に痺れが走る。
「かぁあぁ。ったく、硬すぎるだろ――あっ!?」
金竜の顎がこちらを向いている。もちろん、乱杭歯が並ぶ中心には火球が浮かんだまま!!
「やっば!」
「させるか!」
レックスの声が響き、竜の足元で爆発音が響いた。
すぐさま竜は顔を下に向けてレックスへ火球を放つが、彼はそれをひらりとかわす。
そして、俺へ声を荒げる。
「無茶をするな、アルムス! こっちは攻撃も防御も自分でやれる。連携は無視して、お前は竜の気を引くことに集中しろ!」
連携を無視しろ。この言葉――俺は戦力外ってことか!? くそったれ!
「ああああ! わかった、とにかく俺は暴れてりゃいいんだろ。こら、トカゲ野郎、こっちだ!!」
そう挑発して、俺は再び、そこらに落ちている剣を取って竜の足元で剣を振るう。
「おらおらおらおら!」
「アルムス、もうちょい右だ!」
そう指示をされて、一瞬だけ周囲を見た。
右に竜を誘導すれば、先ほどよりも開けた場所。そして、倒れている戦士たちから遠ざかる位置に移動できる。
(レックスは冷静に周囲を見ているんだな。悔しいけど、さすがはアークトゥルス級)
剣を振り回して、金竜の気を引くだけがやっとの俺とは違い、レックスはしっかりと状況を判断していた。
普段はちゃらんぽらんなダメな人だけど、俺との実力差は明確。
そのレックスは魔装腕に装備された魔石に魔力を集めて、必殺の一撃でも狙うかのように力を貯めている。
しかし、彼の表情は険しく、オリカをちらりと見ては何かを思案している様子。
(隙を見てオリカも攻撃をしているが、皮膚を削る程度。あいつの攻撃が通らねぇなら、どうしようもねぇ。逃げる算段をつけねぇと。アルムスもオリカも反対するだろうから、こいつら二人を気絶させて、抱えて逃げる。他の連中には悪いが、助けられねぇ)
オリカの方はそんなレックスへ小さな眉を折って見せた。
(レックスから闘志を感じられない。もう、逃げることを考えているのね)
彼女は周りに倒れている戦士たちの姿を新緑の瞳に宿し、こう吠えた!
「レックス、私はまだやれるわ。だから、諦めないで!!」
「オ、オリカ?」
「行くわよ、金竜!!」
「や、やめろ、オリカ!?」
突然、オリカが飛び出し、囮役になっていた俺の前に躍り出て、風の力を纏う剣を振るい、無数の剣線を生む。
それにより、竜の腹部へ短冊模様の傷が生まれ、肉から血が噴き出るが――。
「浅いか。だけど、もう少し踏み込めば――がっ!」
柳の葉のように細いオリカの体を竜の尾が薙いだ。
それにより、彼女は血反吐を撒き散らしながら空を舞う。
「がはっ! こ、このていどで……」
尾が体に接触する寸前、かろうじて剣を使いガードしていたようで、何とか致命傷を避けたみたいだ。
でも、あれでは次の攻撃は防げない。
俺は落ちていた盾を拾い上げて、オリカの元へ向かう。
だが、次の瞬間、急に体全体に重りが圧し掛かったように動きが緩慢になった。
地面へ落ちていくはずのオリカの動きもゆったりとしていて、まるで時の流れが遅くなったかのよう。
俺は原因を見上げ、見つめた……。
金竜が首を空へと高らかに伸ばして、何かを吸っている。
なんだ?
レックスが、動き緩慢ながらも声を地に零れ落とすように漏らす。
「ま、まさか、不可視の咆哮!? ば、バカな!? ありゃ、神竜の技だぞ。なぜ、金竜が……」
見えざる力が金竜の顎に集まっていくのを感じる。
その力が重なるごとに、体と思考が緩慢になっていく。でも、恐怖だけは細胞の一つ一つを振るわせて、激しく振動していた。
――金竜の顎に集まりし力は火球よりも恐ろしい力。
これを食らえばオリカは……
「――させない」
俺は自分の太ももを叩く。
「させるものか」
再び叩き、足を前へと出す。そして――
「やらせるもんかぁぁぁ、金りゅうぅぅぅぅ!!」
緩慢だった俺の肉体は動くことを思い出して、一気にオリカの元へと駆け出す。
それを目にしたレックスが、似合わぬ悲鳴のような金切り声を上げた。
「馬鹿野郎! あれは人間ではどうにもできねぇ力だ! 留まれ、アルムス!!」
「うるせぇぇええ! 守れるなら、守るだろうがぁぁ!!」
金竜の脛を蹴り上げて、膝に足を置き、さらにそこから腹部を蹴り上げて、空を舞いゆらりと落ちていくオリカの前に躍り出て、盾を構える。
オリカがか細く俺の名を呼ぶ。
「あ、あるむす……逃げ――」
「来い、金竜!!」
この声と同時に、金竜は真っ白な光の線を顎より放った。
それに熱はなく、ただ奇妙で、圧倒的な圧があるだけ。
俺の肉体を、内臓も、細胞の一欠けらさえも押し潰す圧力。
いや、これは存在すらを押し潰し、否定される力とでも言うべきか?
そこにある全てを初めから無かったものにしてしまうような、恐ろしくも不可思議な力が俺の肉体と魂というすべてに圧し掛かる。
「なんじゃああああ!? がぁぁぁぁああ! くそぁぁぁあががぁあ。俺は俺だぁぁああ!!」
光に触れた盾は消滅し、俺は両腕をクロスして見えざる咆哮をガードする。
そこには俺をひたすら否定しようとする謎の力が働くが、俺は俺であることを強く心に宿して、襲い来る力を逆に否定してやる!!
「うっぜぇぇえぇえ! お前の方が消えろぉぉぉぉぉぉ!!」
光の線は世界を真っ白に染め上げて、俺たちの視界を奪い去った。