第12話 逃げてばかりじゃ何もできない!
――――盆地
俺はせっかく新調したのに、あっさりぼろきれ同然となってしまった茶色の戦士服を見つめつつ、擦り傷の痛みに懐の痛みを乗せて声を吐く。
「ちきしょう、まだそんなに着てないのに。ロングソードも折れるし、もう踏んだり蹴ったり。あいててて、もう!!」
「坊主、生きてたのか?」
「生きてるよ! 勝手に殺すな」
「いやいや、尾を蹴って威力半減とはいえ、竜の一撃を食らったってのに」
「ああ、おかげで一瞬気を失いかけたよ! でも、この程度、ちょっと我慢すれば問題ない」
「前々からしぶとい奴と思っていたが、どんだけ丈夫なんだよ、お前?」
「それが取り柄なんでね――って、そんなことはどうでもいい。撤退とは何だ撤退とは、レックス!?」
「聞いての通り見ての通りだ。俺の一撃でさえまともに通らねぇ。もう、撤退しか選択肢は――」
「耳を澄ましてみろよ、レックス!!」
「え?」
僅かの間、俺たちは音を消す。
すると、あちらこちらから痛みに苛む小さな音が聞こえ、その音が鼓膜と心を刺激してくる。
「ううううう、たす、けて」
「いてぇ、いてぇよ……」
「血が、血が。治療を……」
「レックス、仲間たちの呻き声が聞こえるだろ! 痛みと恐怖に震える声が聞こえるだろ! それを見捨てろっていうのか!!」
「そいつは……」
「そこの少年の言うとおりよ、レックス」
「オリカ?」
オリカと呼ばれた今回の隊のリーダーが長い金色の髪を振るい、新緑の瞳をこちらへ向けて俺の姿を捉えた。
「この子の言うとおり、隊を預かる者としてやれることはすべてやるわ」
「あのな、やれることはもう――」
「ある! 私たちが金竜を引き付けて、彼らの安全を確保する。あなたのこと、すでに救援部隊の手はずは整っているのでしょう?」
「そりゃ、まぁ」
「引き付けている間に救援部隊が怪我人たちを救助。その後、撤退を行うわ。これなら」
「駄目だ、オリカ。それじゃあ、足らない」
オリカの策を否定する言葉に俺が声を荒げた。
「なんでだよ、今の案は悪くないだろ!!」
「理由は二つ。一つは俺たちだけじゃ無理だ。二つ目は、金竜を盆地から出すリスクが高すぎる」
「リスク?」
「こいつが外に出たら、近隣の村々を襲うぞ。そうなれば、襲われるのは民間人だ。そうならぬよう、犠牲になるのはギルドメンバーであるべきだ」
彼はそう言って、横たわる戦士たちを見た。
俺はそれに一瞬疑問符を抱いたが、すぐに彼の非道な決断に気づき、喉奥から血反吐を噴き出す思いで大声を張り上げた。
「お前……仲間を金竜のえさにしようってのか!」
「目覚めたばかり竜は空腹のはずだ。だから腹を満たして、おとなしくしてもらう。金竜が落ち着いてくれれば、会話が可能になる公算が高い」
「だからって、仲間を――」
「ギルドの基本理念は無辜の民を救うことだ! ギルドメンバーになった時から、民の犠牲になる覚悟をしてるだろう!」
「だけど!」
「ギルドメンバーを救うために、民間人を犠牲にする選択なんてできん。わかったな!!」
「わからねぇ!!」
俺は痛みを振るい払い、倒れている戦士のもとへ近づいていく。
「無辜の民のためのギルド。それはわかる。だからって、仲間を見捨てるなんて間違っている。まずはやれることをやってから。オリカが言っていた通りにな」
「だから、俺たちだけじゃ――」
「やってから言えよ! 逃げてばっかりじゃ何もできねぇよ、レックス!!」
「――――っ!? ガキが、イラつく言葉吐きやがって」
ここで、オリカの声が交わる。
「私も少年に賛成よ。レックス、あなたの意見は真っ当かもしれないけど、その判断が早すぎる。まずは私たちだけでやれることをやりましょう」
「オリカ……お前まで。もう、なんでバカばっかりなんだ。ちったぁ自分のことを考えろよ! くそが! あああ、わかったよ、俺も協力してやるよ! ほんとにくそが!!」
レックスはサングラスがずれるくらいに頭を激しく振って、大粒の唾を飛ばしながらも、俺たちに協力することを選んでくれた。
傷ついたオリカは再び剣を構え、俺に問いかけてくる。
「少年、名前は?」
「アルムス」
「アルムスね。無茶はしないで」
「あはは、無茶な状況で無茶をしないは無理があるよ」
「たしかに、フフフ」
レックスはズレたサングラスを戻して、短いため息を吐いた。
「はぁ、こんな状況でよく笑えるな。暢気なお二人さんだぜ。アルムス、武器を」
「わかってる」
俺は物言わぬ戦士のそばに落ちている剣を拾い上げた。
「剣を借りるぜ。代わりにあんたの仇、しっかり討ってやるからな」
「ま、まだ、生きてるよ~……」
「え!? あ、ごめんなさい。あの、借りますね」
レックスがさらにため息を重ねてこう言った。
「はぁぁぁ、締まらねぇなぁ」




