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短編

進む人

作者: 紫苑朧

 僕は静かに歩き続けていた。砂利道を踏むたびに、足元で鳴る乾いた音が聞こえるが、それすらも無意味に感じるほど、心の中は虚無で満たされていた。無言の空が広がり、風が僕の髪をかすめる。それだけの世界に、僕はただ存在しているに過ぎない。


「どうして生きるのは、こんなに難しいんだろう…」


 口から漏れた言葉は、風に溶けて消えた。その一言には、誰も応えてくれない。それでも、僕は足を止められない。なぜだろう?生きる意味を見失っても、前に進むことだけが、僕の中に残った最後の習慣なのかもしれない。


 僕は名前を言えば誰もが振り返るような存在ではないし、特別な才能があるわけでもない。僕は、ただ、目立たない、普通の青年だ。いや、「普通」という言葉すら、今の僕にはどこか遠いものに感じる。


 正しく生きる――


 それは、僕には到底届かない理想のように思える。振り返れば、過去の失敗が僕の背中に重くのしかかり、今という孤独がその足元を固める。未来?そんなもの、考える余裕もない。未来に目を向けるたびに、虚しさだけが心を支配していく。過去に縛られ、未来を恐れ、ただ現在という名の檻の中で身を縮めるしかない。


「『自分らしく』ってどういう意味なんだ?」


 時々、そんな問いが浮かぶ。何も成し遂げていないし、誰かに認められたこともない。ただ日々を生き延びている。助けを求める?そんな贅沢なこと、僕に許されるわけがない。誰かに頼ったところで、結局最後は孤独になるだけだ。友達なんていないし、家族とも心が通じ合っているわけじゃない。僕はただ、世界の中で取り残されている。


 それでも、明日は必ずやってくる。雨が降り続けようとも、時が止まることはない。僕が足を前に踏み出せば、何かが始まるかもしれない。でも、その「何か」が何であるかなんて、僕には分からない。むしろ、恐れてさえいるかもしれない。新しい何かが訪れることが、今の僕には重すぎる。


 僕の心の中には悪い奴がいる。そいつはいつも囁く。「逃げろ」「もうやめてしまえ」「どうせ何も変わらないんだ」と。そいつの言葉は、僕を蝕んでいく。焦り、不安、無力感――それらが一気に僕を押し流し、何かにしがみつこうとするたびに、ますます僕はもがき苦しむ。


「傷つきたくない」


 その一言が、僕の本音だ。誰かと分かり合いたいなんて、もう夢物語だ。人の優しさなんてものに期待する余裕も、信じる力も残っていない。それどころか、他人の言葉に対して疑心暗鬼になることさえある。心の中では相手を疑い、そして気づけばまた一人ぼっちになっている。


「一人にしないで…」


 そう思っても、声を上げることはできない。誰も僕に期待していないし、僕も誰かに期待することはもう諦めた。僕は、ただ孤独を抱きしめている。いや、それさえも正直な表現じゃないかもしれない。僕は孤独に飲み込まれているのかもしれない。


 それでも、小さな誇りだけは僕の中に残っている。誰かの真似をすることなく、自分として生き続けたいという思い。それが僕を何とか支えている。でも、その誇りも、日々少しずつ揺らぎ始めている。みんなと同じように生きるのが苦手で、でも違うことが怖い。その矛盾した感情が、僕を動けなくする。


「どうしたらいいか分からない」


 大きく息を吐いた。明日のことなんて、全く見えない。いや、今日でさえ自分がどう生きてきたのか、もはや覚えていない。それでも僕は前に進むしかない。雨が降り続けても、道がどんなに険しくても。僕が足を踏み出せば、何かが始まるかもしれない。


「何かあるはず…」


 顔を上げると、目の前には何も変わらない砂利道が続いていた。でも、その道が僕をどこかへ導いてくれることを、どこかで信じていたい自分がいる。何もかもが虚しくても、それでも歩き続けるしかないんだ。


「きっと、何かがあるはずなんだ…」


 その言葉を信じて、僕は再び歩き出す。孤独の中にいても、前に進むことでしか自分を取り戻せない気がするから。雨の中でも、風の中でも、僕は進む。

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