叶えていく思い
「白い彼」との冒険が終わり、目を覚ました「僕」の前には「あいつ」がいました。
これまでの長い年月、自分を思ってくれていた「あいつ」に、「僕」は……。
「……く、ぼく、僕!」
鐘の音と、あいつが呼ぶ声が重なって聞こえた後、僕は白い天井を見上げた状態で目を覚ました。
「僕! 良かった、目が覚めて……」
僕の目の前には、あいつがいた。
「え……なんで……」
僕の目の前には、あいつがいた。ベッドに横たわる僕、白い天井、たくさんの機器……何度も見た光景だ。その度に希望を失って来た、とても嫌いな景色だった。
「僕……もしかして、危篤だった?」
僕が尋ねると、あいつはボロボロに泣き腫らした目とびしょびしょの顔を向けて、首がもげそうなくらいに頷いた。その手には、ボロボロになったテープが握られていた。
そこには、あの子が書いた願い事と同じことが書かれていた。
『かみさま、おねがいします。だいすきな『僕』と、しあわせになれますように……』
「これを書いた時、大人になった僕に会いたかったんだよな?」
僕が尋ねると、「どうして知ってるんだ?」とあいつは驚いて目を丸くした。長いまつ毛と、左目のほくろが見え隠れする瞼をシパシパと瞬かせて、大きな目が落ちそうなほどに驚いていた。
「父さんが……連れて行ってくれたよ。10歳のお前に会いに。あの頃の願いは叶ってるよ」
「父さん?」
あいつは、僕に家族がいないことを知っている。でも、生まれてきた以上、親はどこかにいるはずだ。そして、白い彼は僕の幸せを願って死んでいったのだろう。
彼も、大人になった僕に会いたかったから、幸せを願ったから、きっと自分でテープにそう書いたんだ。その願いが、僕を連れて行ってくれた。
父さんの願いと、あいつの願いを、神様がいっぺんに叶えてくれたんだろう。
「あ、じゃあこのテープはお父さんのものかな? どうしようかと思って、取っておいたんだ」
そう言って、あいつは僕の手に、一本のテープを渡してくれた。それは、もう黒くなっていて、ところどころ破けていて、銀色かどうかもわからなくなっていた。
『大人になった『僕』が道に迷う日が来たら、私が光となって導いてあげられますように』
「これ……」
やっぱりそうだった。あの白い彼と白い彼女は、僕の両親なんだ。真っ白なのは、きっと二人とも亡くなっているからなんだろう。それでも、僕の幸せを願ってくれていた。
だから、クリスマスの奇跡に願いをかけたんだろう。そう思ってテープをぎゅっと握りしめると、それは手の中でだんだん光の粒になって消えて行った。
「消えちゃった……消えたってことは、会えたってことだよね? 良かったね、僕」
そう言って、あいつは少し泣いてくれた。その優しさと、ずっと僕を必要としてくれていたということが嬉しくて、僕は思わず涙をこぼしてしまった。
——父さん、僕、ちゃんと生きていきます。
僕は、これからもずっとあいつと一緒にいる。そう決心してしまえば、胸の中には温かい気持ちで満たされていくのを感じた。それはそのまま体を満たし、溢れて流れ落ちていく。
「僕、大丈夫? どこか痛むの?」
あいつが銀色のテープを毎年結んでくれていなかったら、僕は今ここにいなかったんだろう。
「先生呼んでくるね」
僕は、そう言って立ち上がったあいつの手を掴んで、引き留めた。
「ん? どうかした?」
ずっと嫌いだった。
いつか誰かに、大切な人を奪われるかもしれないクリスマスが、大嫌いだった。
「ねえ、愛しているよ」
感謝と愛が溢れて、僕はあいつを抱きしめた。
「えっ?」
驚いて言葉を失っているあいつを、自分の方へと引き寄せた。
僕はただ抱きしめることしかできなくて、あいつは驚きすぎて反応が出来ずにいた。しばらくそうしていると、僕たちの目の前にゆらりと光の粒が舞い、白い彼と彼女が現れた。
『幸せになってね、僕。一緒にいてあげられなくて、ごめん。』
僕は、あいつを抱きしめる手に、ぎゅっと力を込めた。そして、彼と彼女に微笑んだ。
「ありがとう。心配しないでね。僕たちは大丈夫だよ」
僕のその言葉を聞いて、二人は顔を見合わせて微笑むと、そのまますうっと消えていった。
「僕」
あいつが、僕を呼んで抱きしめ返してきた。
「俺も、僕を愛しているよ。なあ、おじいちゃんになっても……」
「いいよ。一緒の墓に入ろうな」
僕がその先を知っていたから、あいつは驚いて、また大きな目を落としそうなほどしぱしぱと瞬かせていた。
◇◇◇
僕たちは、その年に結婚した。
あの、白銀の鐘のある教会を見つけて、そこで式を挙げた。
そして、それから毎年二人で銀色のテープを結んでいる。
一人ぼっちで寂しがっている誰かが、一人でも多く幸せになれることを願って。
<<終>>