看板娘の裏アカウント 8
翌朝のなりすましの激化といったらひどいもので、パソコンを開いた夏美が「ひっ」と悲鳴を漏らしたほどだった。
少し気を持たせていたアルバイト仲間、K君に路上で無理矢理キスされて体を触られ、部屋に上がり込まれ、抵抗したがレイプされてしまった。そんな投稿をしていたのだ。これまでと変わらず名前を伏せてはいるが、わかる人にはもともとわかっているのだから、さほど意味はない。
拡散数は深夜の投稿後から朝の六時半の時点ですでに三十を超え、リプライも大量についている。
数字だけをみればそれほど多いともいえないが、恐らく反応したユーザーのほとんどが丘野町周辺の住人であることを考えれば、直接的な実害は大きい。
早朝でこれでは、この後さらに増えるとも予想できる。
リプライは投稿を鵜呑みにして同情しているもの、“K君”を罵倒しているもの、本当に襲われたのかと疑うもの、でまかせだと決めつけて投稿者の方を批難するものなど、様々だった。
添付画像はない。いつものセックスアピールとは投稿の目的が違うのだから当然だろうが、それが疑問派にとっては疑う余地のようで、『襲われた証拠写真は?』という無神経なリプライがついている。
他にもイニシャルではなく犯人の実名を挙げるよう求めたり、コメントをつけて拡散したりと、なりすましアカウントはこれまでにない大炎上を引き起こし始めていた。カフェ・リブレの店名をはっきりと出してしまっているコメントもある。
同時に夏美の部屋のポストも手紙が詰め込まれてぱんぱんになっていた。開けた瞬間にばさばさと落ちてきた封筒は、全部で三十通以上。中身はどれもほとんど同じような文面で、いちいち開けて読むのが面倒なほどだ。
夏美を責め罵倒する言葉が、強い筆圧で書き殴られた手紙。
一つ一つに目を通していた翔琉は、少し印象の違う一通で手を止めた。
『ソイツが強引で逆らえないんだよね。かわいそうに
だから最初から俺にしとけばよかったのに
助けてあげるから、お礼期待してるよ』
文面からは、怒りを吐き出しきって落ち着いた末の一通、というニュアンスを感じる。端が折れてくしゃくしゃになった封筒は、最後に無理に詰め込まれたもののようだった。律儀に書いた順に入れていったのだろうか。まさかその場で書いて投函し続けていたなんてことはないだろうなと、背筋に冷たいものが走る。
不安げな夏美と今後の動きを確認しあってから、翔琉は早朝のうちに部屋を出る。この姿もきっと、ストーカーは眠らずにじっと見ているだろう。
翔琉も夏美に言った通り一睡もせずにいたが、ストーカーがポストにいたずらをしにくることはわかっていたのに、エントランスを見張って現行犯確保しなかったのには、理由があった。