7 家政婦は朝一で信用を失った
この世界でモテる女の条件。
中性的な顔立ち。フラットな胸。男の目線より低い身長。
補足項目、落ち着いていて、家事も仕事も完璧なら尚良し。
by女のバイブル【モテ期到来の予感〜春近し恋せよ乙女〜】
私はバイブルの愛読者下総美月、今年で20歳の家政婦である。
胸がフラットで身長は低く、年齢の割に落ち着き払い、手早く仕事をこなし、もちろん依頼主からの信頼も厚い完璧超人。そう!私こそ?モテの権化?にして……。
……だったらよかったんですけどね……現実は残酷です。ほぼほぼハズレです。
それにしてもなんで身長だけしかこの条件に当てはまってないのでしょう?
胸はバインバインでお尻もむっちり、お腹周りはすらっとしているのですが、中性的ではなく、中学生に間違われるほどの童顔。
今なお、母親や姉たちからは「少しは落ち着いて行動しなさい。」と怒られない日がないほどにまるで落ち着くということを母のお腹の中に忘れてきたのではないかと思うレベルのテンパりの天才。
ここ数年になりようやくそれを自覚し、仕事は時間を掛けても失敗しないように丁寧に!をモットーに日々失敗を重ね続けてもめげずに家事の腕を磨き、ここ最近になってようやくご主人様であるあずさ様に合格点をもらえるようになった割と苦労人であるというのが、下総美月という人間です。
そんな美月は今日も、いつものようにいっぱい時間を掛けても頑張ろうと気合いを入れ、渡された合鍵を取り出し、中に入る。
まず入ってすることは、玄関の靴並べ……はどうやら終わっているようなので、見慣れない靴スニーカーがありはしたが、今度は冷蔵庫の中身の確認に移った。
あずさと忍の女の2人暮らしということもあり、その中身は酒だらけというのかというとそんなことはない。
忍は料理上手で、主であるあずさの体調を考え、料理をすることもあり、美月が来る前からもしっかりと肉や野菜、さらには調味料なんかも整っていた。今は美月が作ったりと、住み分けをしつつ、足りないものはメモのやりとりをして、美月が補充している。
すると、美月はふとしたことに気がつく。
「あれ?残り物がある。」
冷蔵庫の中には忍が作ったと思われるそれがしっかりとラップがされて入っていた。
ずっと張り付いているから、料理を余らせるようなことはないと忍がちょっと前に言っていた。忍にしては珍しいミスだ。今までに見たことがない。
でもまあ、あの忍でもそういうことはあるかとパタンと冷蔵庫のドアを閉めると、不足分をメモして、テーブルに置き、次へ…。
今度は食事の用意、もしくは掃除といきたいところなのだが、今日は二人ともどうやらまだ眠っているらしいので、料理はもちろん、音がうるさくなる掃除はテーブルを拭く程度でやめて、洗濯場へと向かうことにする。
「ふ〜んふふ〜ん」と鼻歌交じりに洗濯機のフタを開け、洗濯籠を漁り、色落ちなんかを考えながら、洗濯機OKかなんかも判断していると、指先があるものに触れ、その瞬間、言いようのない震えが美月の身体を襲った。
なんだこれは確かめねばというメスの本能に従い、それをガッツリと掴む。そして確認するなり、目を見開くと両手で天高く掲げ広げた。
「こ、これは……。」
腹の底から漏れ出た声。
そして、美月の中でピタリとパズルのピースがハマったのだ。
そうか!だからあのスニーカー…それに冷蔵庫にあんなものが……。
モヤモヤの原因を解読できたことに喜びに身を震わせ、すっきりしたような笑顔を浮かべる美月。
……しかし、美月は気がつくべきだ。今の美月がしていることをもし誰かに見られたらどうなるか?それにもしそれが忍だったとしたら?
一応言っておこう、彼女が崇めるように掲げているのは、鼎の一日履いたパンツである。
それにしてもやはり神様はよく見ているものだ。
「なにをしている、下総。」
後ろを向くと金色が見えた。
「え?」
美月はどうやら神に愛されているらしい。
―
なぜかわからないが朝早くに「ぎぃやーーーーっ!!!」という声が鳴り響いた。
しかし、どうやら鼎の部屋は防音に優れているらしく、そんな雑音に耳を汚されることなく、自然と目を覚ました。
時計を見ると、10時。
いつもよりかなり早い。
もう一度寝ようかとも思ったが、昨日は寝るのが早かったことや自身の大きな変化を思い出し、軽くため息を付くと、起き上がり、まずカーテンを開ける。
時間が時間のため、程々に強くなった日差しが眩しく、思わず「目が!目が!」なんてことを考えていると、ふとドアがノックされた。
コンコンコン。
「……は〜い。」
鼎がそう返事をしつつ、一応姿見で髪型なんかを軽く整えてから、出るとそこにはもうしっかりとスーツを着た忍がいた。
「おはよう、鼎。気分はどうだろう?」
そう爽やかに挨拶をしてくる、サングラスを掛けていない忍の笑顔に頭がボケボケしていたせいか見惚れていると、どうかしたのかと声を掛けてきたので、少し誤魔化すように笑い挨拶を返した。
「え、えっと…あはは。ちょっと起き抜けで、寝ぼけてたみたいです。はい、おはようございます、忍お姉ちゃん。」
「おっ…んっ!うん…ああ、少しいいだろうか?私たちはこれから仕事なのでな。今のうちにここで家政婦をしている者と引き合わせたいのだが…。」
「はい、もちろんです!どんな子なのですか?」
鼎がなんとはなしにそう尋ねると、忍は渋い顔をした。
「う〜む……昨日までは頑張り屋のいいヤツだと思っていたんだが……。」
えっ?そんなにヤバい人なの?というか今日、いや今朝直近でなにがあったのっ!?
「ま、まあ、とりあえず来てくれ。」
「……。」
鼎は言い知れぬ不安の中、忍について行き、リビングを開けると、そこには、ボロっとした様相を呈し、髪の毛がところどころ跳ねている女の子がいた。
メイド服を着ているので、おそらくこの水色の髪の女の子が家政婦さんなのだろう。
彼女は愛嬌のある顔立ちをしており、鼎より背が低いからか年下のような印象を受けるのだが、家政婦をしているということからおそらく年上なんじゃないかと思う。
その他にも年上ではと思う箇所があるのだが、なんとなく男としては言葉にし辛い。
なんというか、まあ……身長に似合わず立派なものをお持ちだ。
身長と相まって妙にエッチィ。
まあ、それはともかく、顔立ちがあどけなく放っておけないイメージからか、頑張り屋のいい娘そうなので、鼎の警戒は少し解けた。
……のだが、すぐにそれは覆されることとなる。鼎はまだ気がついていないが、ここは貞操逆転世界。男を目にする機会など滅多にない女の子の反応は、鼎にそれなりの衝撃を与える。
「僕は美馬鼎。よろしくお願いします。えっと…。」
「は、はい!え、えっと、よ、よろしくお願いします!私、下総美月って言います!彼氏がいたことない20歳で処女で独身です!しっぽり仲良くしましょう!!」
「え?」
処女?それにしっぽり?
鼎が彼女の自己紹介に驚きの声を上げるなり、忍が彼女のもとにゆっくりと歩いていき、頭にガツンと拳骨を下ろした。
ガン!
「い、痛いです〜。なんでごつんってするんですか〜。」
恨みがましい視線を向ける美月に忍はやれやれと額に手を当てる。
「まったくお前というやつは…はあ…。鼎、わかっているとは思うが、コイツが家政婦だ。これから私達がいない時はコイツに用を申しつけるといい。」
「はい!私は鼎様のお世話係ですから、下の方のお手伝いも頑張ります!初めてですけど、いっぱい本とか読んでますから!!」
下の方?本……。
ごつん。
「っ〜〜〜っ!!」
「……鼎、悪いが、よろしく頼む。」
「……ま、まあ………はい…。」
こうして、美月は悪い娘じゃなさそうだけど、少し変な娘ということで鼎の中で位置付けられた。
うん!きっと場を和ませようとして失敗しちゃったんだ!!そうだ!そうに違いない……よね?
このように鼎にさらなる不安を与えながらも、なんとか美月の自己紹介が終わると、ドアが開き、準備が終わったあずさが昨日とは違った色合いの黒いのドレスを着て現れる。
「あら?紹介は終わった?それじゃあ行きましょ。」
「ええ、では。」
そう、2人が部屋から出ていこうと鼎の前を通り過ぎようとしたので、流れのままに声を掛けた。
「あっ、いってらっしゃい、あずさお姉ちゃん、忍お姉ちゃん。」
「いってらっしゃいませ、ご主人様。忍さん。」
「うん、鼎くん、行ってくるね♪あっ、今日明日、鼎くんはお休みだから、ゆっくり身体を休めてね♪明日は買い物に行こうと思ってるから♪」
じゃあね〜と可愛いお姉ちゃん然とした様子で出掛けようとしたあずさだったが、途中でなにかを思い出したのか、美月に手招きをすると、顔つきを真剣なそれに変えなにやら耳打ちをし始めた。
美月は顔を真っ青にして、ブンブンと頭を縦に振り肯定の意を示していたのだが、鼎にはなんと言ったのかは聞こえなかったと思いたい。
ただなんとなくだが、「調子乗る」「鼎くん」「手を出す」「家族」「海」「沈める」というワードが聞こえた気がして、あまりの美女の棘の鋭さに、優しくしてはくれているものの、あんまり調子には乗りすぎないようにしようと心に決める鼎だった。