5 叱られる?
東院あずさはすっかり困惑していた。
借金の方として売られた少年があまりにも素直で可愛いらしかったことに……。
男といえば、ほとんどが不摂生でぽっちゃりか逆にガリガリであり、顔立ちもそれほど優れてはいない。時折その枠から外れている者もいるが、その中身である性格は最悪の一言。
現に今日ホストデビューする木本拓海はそれに当てはまる。
彼は基本的に女をものとしか思っておらず、あたかも自分は他の男とは違いますよという雰囲気で近寄り、金を毟り取れるだけ毟り取ると距離を置くという方法で何人もの女性をその毒牙に掛けてきたのだ。さらにこの男は自己顕示欲が強く、それを満たすために権力者にも近寄り……と、このように外面だけの完全なる下衆というやつなのだ。
今回は報道なんかはされていないものの、詐欺で捕まり、ようやく年貢の納め時が訪れ、このホストクラブ【太陽は東から昇る】へと借金返済のために送られてきたというわけだ。
しかし、まだこのホストクラブであるということから考えて、将来的には彼の芸能界復帰を目論んでいる人物がいるらしい。
そのため、あずさの立場としては木本に対して多少の問題行動は目を瞑らないといけないので、部下にもそう指示を出した。
と言っても、まあ、この男は演技力抜群なので、お店にでている時はそんなことは起き得ないだろうと、御上から渡された資料からは読み解いている。
問題は店が閉まっている時……本当に頭が痛い。
まあ、今はそんなことよりも、あの子美馬鼎のことだ。
おそらくこの男女比1:10の世界で急な外出でもバレないように女性のような名前をつけたのだろうが、彼はあまりにも女性と遜色なかった。
外見は男では見たことがないほどの美形で、私達を見ても嫌悪感を一切見せることなく、横柄な態度も皆無。会った時は、怯えを孕んでいたが、害する意思がないことを示すと、最後には優しい微笑みすら見せてくれたのだ。
「これからよろしくね、あずさお姉ちゃん。」
先程からずっとこの言葉が彼の笑顔とともに頭の中でループしていた。
おそらく演技だろうと思うのだが、そう思うと本当にヘコみ、仕事に手がつかない。
逆に演技でなかったとしたら、なんて思うとあずさは自分に一目惚れしてくれたのではと胸が高鳴り、やはり仕事に手がつかない。
本当に困ったちゃんである。
「も〜う!今日はここまで!」
ちょっと視察がてら鼎を……いや、お店のほうを覗いて来ようとしたところで、不意に内線が入った。
受話器を取ると、相手は焦った様子の忍だった。
「はい、こちら…「失礼!主!大変なことになりました!」……落ち着きなさい、なにがあったの?」
忍の焦りようからどうやらお店の方でなにか碌でもないことが起こったのは明確だ。
しかし、それだからこそ情報は正確でなければならない。
忍は数拍間を空けると、普段のような冷静な口調で話し始める。
「……それが……。」
彼女の口からは耳を疑うような出来事が報告された。
瞬間、あずさは先ほど忍に落ち着けと言ったにも関わらず、受話器を放り出すと、部屋の扉を乱暴に開けるとエレベーターに向かって走り出す。
しかし、こんな時に限って2つあるエレベーターは両方ともそれは地下にあることを示しており、ここ65階まで時間が掛かり過ぎる。
「な、なんでこんな時に限って……。階段で下りる?でもそれだと……。」
……店は30階にあるのに?
そんなことをすればあずさは汗だくでボロボロとなり、さらには問題が素早く解決できなかったと親戚連中や御上に怒られるのは目に見えている。
あずさが早く早くとエレベーターを待っていると、元気な方のボディーガード金森初音がようやく追いかけるようにしてやって来た。
「あ、あずさ様、なにかあったのですか?」
あずさの思考は汗が少し冷えたおかげか、少し平常のそれに戻り始めていた。
少なくとも上司として部下の前で取るべき行動をできるくらいには…。
「ええ、どうやらお店のほうでトラブルがあったらしいの。」
「ああっ!そうだったのですね!さすがあずさ様!できるだけ迅速に事を納めに向かわれるなんて本当に部下思いです!」
「ま、まあね……。」
本気で慌てて思わずだったのだが、目をキラキラとさせる初音相手では、罪悪感を刺激されるも、そんなふうな曖昧な返事を送るほかなかった。
すると、遅ればせながらもう一人がやってくると、いつものように眠そうな目であずさに告げる。
「どうやら問題は解決したそうです。」
「え?」
―
静江の手当てが終わり、エレベーターのところまでお見送りすると、鼎は再び、ボスの間へと呼び出されていた。
今度は忍も同席させられ、逃げられないようになのかガッツリ真横に陣取られてしまった。
鼎自身、やらかした自覚はある。
お客様に暴言、さらには暴力まで振るったとはいえ、顎に掌底、さらには腹に一撃を入れて気絶させてしまったことはまずかったと思う。
さらには、他のお客様への対応をしなければならなかったとはいえ、咄嗟に新人であるにも関わらず自分の奢りで事を納めろという対応は、前のお店のようにベテランもベテランで経営の意見を求められるような立場でもないので、これまた完全なる問題行動だ。
さてどちらで怒られるのか?
うん、やっぱり両方だろう。
今度こそ保険か臓器かな……最後の晩餐はパフェか……はあ……まあ、僕の最後の晩餐としては案外最高かもしれない。
なんとなくというか、怖いので下を向いていたのだが、流石に失礼だと思い、顔を上げるとあずさはしっかりと鼎のことを見据えていたらしく、鼎が顔を上げたことですっかり目が合ってしまった。
あずさは美女の無表情という恐ろしさ満点のそれのまま、口を開く。
「よくやってくれたわね。」
「………え?」
鼎の驚きの反応を見ると、あずさは悪戯が成功した子どものように舌をペロっと出して笑う。
「ふふふっ、ごめんなさいね。よくやってくれたわねと言ったのよ、鼎くん。確かに勝手に奢りというのはやり過ぎかとも思うけど、あなたは精いっぱいやってくれたので、今回は不問といたします。どうします?あなたの奢るといった分をこちらで払うこともできますけど?」
「いえ!それはもう!僕が言ったことですから!!」
「うん!よく言ったわ!!じゃあその代わりに私にできることなら何か叶えてあげる。でもまあ、これで借金が倍になっちゃったけど頑張ろうね。」
願いを叶えてくれる?それって……まあ、借金帳消しは無理として何をお願いしようかな?
うん、でもそれにしても倍か……ん?倍って……本気でヤバいじゃないですか……。
まあ、それはともかく。
「え、えっと……僕が殴っちゃった木本さんは?」
「ふふふっ♪」
「あの~。」
「ふふふっ♪」
とうやらキモタクの名前を出すと、この先もずっとゲームのNPC対応らしい。どうなったのかは想像したくもない。
「はい、もう例のあの人の名前は出さないのでどうか許してください。」
「はい、よくできました♪じゃあ、ちょっと待っててね♪これから鼎くんの新しいお家に案内するから♪」
ちょっと危ない雰囲気はあったものの、あずさは基本的に上機嫌のままその会話は終わった。
会話の最中は忍はほとんど話さなかったのだが、「よかったな。」と、最後に微笑んでくれ、鼎の心は温かくなったのだった。
やっぱり佐倉さんはいい人。