49 文の圧倒的戦闘力の片鱗とチャームポイント
学園への車の中、文の顔色は青く、表情はやはり優れなかった。
それは鼎の命令にあった。
鼎の命令…それは…。
「文ちゃん、髪を上げるととっても可愛いから、大丈夫ですよ。」
…髪を上げること。
普通の人からすれば、それはなんてことはないことだろう。
しかし、文には一大事だった。
なにせその下には隠したいものがあったのだから。
目つきが悪いのか?
いや、それならば、メガネでも掛ければ随分と印象は変わることだろう。
それならば、額に傷でもあるのか?
それも違う。これでも文は歴代最高峰の天才などと言われるくらい強い。そんなところに傷を作る訳が無い。
それならば……?
答えは単純。濃く化粧なんかをすれば、隠せてしまうようなもの…そばかすだ。
ゴマなんて言葉でイジられることもあるそれ。
同じ女性にそんなことを言われれば、軽く流すか、もしくはあまりにもしつこいようならば、軽くひねってやればいいことだろう。
しかし、文はそれをかつて男性…いや、男の子に言われた。
…この世界に数少ないそれに。
それも文の主になる予定だった者に言われ、それが原因で従者になることを断られたとあっては、心の傷は深い。
…それは鼎の言葉に姉である忍が青くなるほどには…。
…そして、自分自身が引きこもるほどには…。
鼎はさっきみたいに特に気にした様子なく、顔をさらした文を可愛いなんて言ってくれている。
そんなはずはないのだが、気を遣ってこんなことを言ってくれるくらいには鼎は文のことを嫌っていないと思うと、少し…ううん、かなり嬉しい。
なんて鼎は優しいのだろう。
…そう文は思っていた。この車の中では。
―
学園に着くと校門のところに人だかりができていた。
生徒たちはその中をかいくぐり、迷惑そうにその中へと入っていく。
誰か有名人でも来ているのかと思った鼎。
まあ、自分には関係ないことと車を停めて貰い、車を降りようとして、文にそれを制された。
「?」
どうしたの?と鼎が聴くより先に、文がドアを開けると、答えが出た。
「あっ!カナ様だ!」
「ホントだ!本物だ!!」
「行くぞ、カメラマン!」
「はい!」
「え〜、皆様、カナ様がいらっしゃいました!!本日もそのなんとも麗しいお姿を晒し…。」
なんと校門の前の人だかりは鼎目当てのものだったらしく、押し寄せるように彼女たちがドアが開いた側へと集まり始めたのだ。
「カナ様、お話をお聞かせください!」
「ランクの件をどうか!」
確定したらしいランクについてのインタビュー。
「カナく〜ん、こっち向いて〜♪」
と、ファンらしき女性の甘い猫なで声。
なんという喧騒。
正直、鼎はそれを見ているだけで少し頭が痛くなった。
その喧騒の中を歩いて行かなければならないと思うと、気分が重くなるが、この場に留まっていても仕方がない。
よし!と気合を入れ、車を降りようと外に視線を戻す鼎。すると…
「カナくん好き好き大好き♪届け私の愛〜……あ…れ…。」
バタン。
「Sランクについてひと…。」
バタン。
「それから…。」「これは…。」「でして…。」
バタンバタンバタン。
…次々と倒れゆくリポーターに新聞記者、それにファンたち。
どうやらこれは彼女が…文がやったことらしい。
…いや、やったことらしいというのは間違いだ。確実にやったのだ。なにせ鼎はそれを見ていたのだから。
迫りくる彼女たちの意識を刈り取る様を。
「お、終わりました。」
文は息すら乱すことなく、片手間で、相手に外傷すら作ることなく、向かい来る全てを気絶させると、オドオドとそう口にした。
「えっ…うん。」
鼎は漠然とまだ夢でも見ているのではと思いつつ、目の前の死体…じゃなかった気絶し横たわった人々を見て、首を振り、そんな妄想を振り切る。
…これは凄いですね…文ちゃん…。
本当に桁違いの技量だ。おそらく鼎の知り合いで最強だった中国系アメリカ人?の陳さんに引けを取らないかもしれない。(陳さん、実は国籍不明。元は中国人や台湾人と名乗っていたけど、ひどく酔った時にポロッと零したのがこの国籍と過去のヒストリー。聞いた限りおそらくはスパ◯。怖くて二度と聞けなかったけど…。)
確かにこれならば、余程の達人でもなければ、何人であろうと撃退することが叶うことだろう。流石はあずさが推薦した人物。これでもう向かうところ敵なし。
…まあ、僕に敵なんていないと思うけど…。皆、凄く優しいし。
まあ、それはともかく、そろそろ車を降りて学園へ…。
チラッ。
「「「「「…っ!?」」」」」サッ。
文がチラリと視線を送ると、その様を見ていたであろう学園の生徒たちまでも鼎の通り道を開けた。
「……。」
再び呆然とする鼎だったが、どうやら彼女はそんな様子に気が付かないらしく、道は開けたとばかりにあちらへと手を向けてくる。
流石にこれはやり過ぎではと苦笑いを浮かべる鼎だが、文のなんともやり切ったような表情に「ありがとう。」と礼を言うと、彼女は顔を真っ赤にしながら後ろを付いてきた。
道中、鼎が率先して横に並び、文との会話をしてみると、最初の方は初任務成功の興奮からか、さっきは頑張りましたというそれを口に。
そして、興奮が落ち着くと、やはり車の中と同じく、チャームポイントであるはずのそばかすを気にするようなことを言ってきた。
…そばかすって人によるけどかなり可愛いんだけどな…。
彼女の場合、素朴な顔立ちと相まって、安心する可愛さとでも言えばいいのか、ヨーロッパの純粋な田舎娘のようなそれを見る者に与えていた。
…ホント、こんなに可愛いんだから、もう少し自信を持っても…。
そう思う鼎だったが、鼎の前でオドオドしている姿も小動物のようで可愛らしく、今はそこまで踏み込むことはしなかった。
まあ、出会ってほんの数時間ほど。これから時間を掛けて…と鼎は思っていたわけだ。
そして、もうそろそろ教室というところで、鼎は久々に男に出会い、絡まれたのだ。
(竜姫は除く。)




