45 ランク公表の最終準備
昨日の報告で鼎がランクのことが気になっているという報告が東院の元諜報部隊の音夢から上がっていた。
音夢は本来、そういった仕事が得意なのだが、面倒だという理由で、そちらの能力をフルに活用することで、自身を姉と同じ門番という役職にしてたのだが、最近はどうやら鼎のことが気に入ったらしく、鼎のためにその能力を使うことにしたようなので、あずさは鼎の護衛として認めたらしい。
まあ、姉同様、それほど戦闘能力はないのだが…。
それはともかく、元諜報部隊の彼女からそんな報告が上がっていることからも、どうやら正確な情報であることは確かだ。
確かに本来、ランクの査定はどんなに忙しくても検査後、数日で結果が届くものなのだが、鼎のそれは未だ届いてはいない。
というのも、あずさが検査結果を故意に政府に提出していないからであるが、それはまだ我々が鼎を守る準備ができていないからだ。
鼎のランクが常識外のそれだというのは、一緒に暮らし、さらには補助を手伝ったという者なら、猿でもわかることだろう。
だから、あずさはその準備を通常業務の他にしていて(本当は鼎が検査を受ける前からしていたのだが、検査で予想外のことが起きたため、大幅に追加して)、先日ようやく最後のピース以外はある程度のそれが整った。
そして、今日は最後の詰めを行うべく、忍の実家である佐倉の屋敷へとやって来ていた。
最強の護衛を迎えるために…。
「あずさ様、ようこそお越しくださいました。」
「久しぶりね、佐倉のご当主。」
「久しぶりだな、母様。」
「ええ、忍も元気だった?あずさ様にご迷惑は掛けていない?」
「問題ないな、ねぇ、主。」
忍は当たり前のことだとそう自身を持って発言したのだが、主であるあずさはチベットスナギツネのような目で忍を見ると、「うん、そうね。(主に対して抜け駆けなんて大した従者だわ)」と棒読みをした。
一体どうしたというのだろう?それではまるで主は自分に不満でもあるみたいではないかと、主流のジョークに軽くツッコミを入れると、ため息を吐いた主は母に向かって早速本題を話し始めた。
「して、文は?」
「それなのですがやはり…。」
母はどこか言いづらそうに口を開くと、どうぞとやはり前回同様、あずさを文の部屋の前へと連れていく。
お見合いで使われるような、池もある料亭にも似た住んだ空気の中庭を見ながらの道、本来それは心安らぐ行為のはずなのだが、幾分も安らぐことはない。
それというのも、彼女に会うからだ。なんとも気が重い。
文はとある理由で引き籠もってしまった、忍の妹である。
その理由とは、数年ほど前、佐倉の分家に男の子が生まれていたことがわかり、前当主の祖母が元々、東院の次期当主である美奈の護衛となる予定だった文を、独断でその子の護衛として遣わしてしまったのだ。
その時、彼女は心に深い傷を負い、今では引き籠もってしまったということだ。
当然のことながら、祖母は当主を解任され、世話をしたいとも言ったのだが、可愛がっていた文に顔も見たくないと返され、今では山の中で隠居して、細々と暮らしているらしい。
忍としては、祖母もおそらく男性と触れ合う機会をという善意だったろうから、せめて死ぬ前には仲直りしてほしいのだが、今はまだ鼎と同じ15歳と若いため、それは難しいかもしれない。
「文、あずさ様がいらっしゃったわよ。」
「……。」ガサッ。
物音からなんとなく部屋の中にいることはわかるのだが、主が来ているにも関わらず、反応はない。
「文、あずさ様が…。」
もう一度声を掛ける母。
すると、返答が返ってきた。
「か、か、帰って、ください。だ、誰にも会いたくないです。」
「文!あなた!」
娘の失礼な行いに母が怒りを露わにしかけると、あずさはそれを静止し、ここは自分がと母を下がらせ、どこかに行くように言うと、あずさは文に語り掛け始める。
「久しぶりね、文。元気かしら?」
「……。」
「ふふふ、久しぶりと言っても一週間ぶりだから、その言葉は間違っているかもしれないわね。どういう言葉が適当か、文は知ってる?」
「…し、知りません。」
「そう。それなら後で調べましょうね。きっとテストで出るわ。最近、鼎くんが学校でと言っていたのだけど…。」
文はどうやら鼎のことには興味があるらしく、それを含めた世間話をしていき、そろそろというところで本題に入ると、文は一言発した後、再び黙りこくってしまった。
「…ところで、文、あなたに護衛を頼みたいのだけど…。」
「む、無理です。ご、ごめんなさい。」
「今回は大丈夫よ。優しい子だから。」
「……。」
「あなたのことを傷つけたりなんてしないし。」
「……。」
「もしそんなことになれば、私や忍だって…。」
「……。」
「……せめて…だからどうか顔を見せて話を…。」
「……。」
ブチッ!
色々と主が頑張って説得しているのを聞いて、段々と腹が立ってきた忍はブチ切れると、文に大声を上げる。
「おい!文、いい加減にしろ!!主がここまで…。」
「忍、やめなさい。」
「主!!ですが!!」
そして、冷静な状態なら気がついていたのかもしれないが、忍はあずさが口にしていなかったことを口にしてしまった。
「それになにが不満だと言うのです!!鼎の護衛だと言うのに!!」
「…姉様、鼎ってもしかしてカナ様?」
文の聞き返しにあちゃーと額に手を当てるあずさ。それに気が付かない、怒り心頭の忍は当然のごとくそれに答え…。
「そうだ!!それなのにお前というやつは…。」
それからさらに言葉を続けるより前に、戸が開き、「ぶべっ!」と、すぐそばにいた忍を吹っ飛ばし、あずさに詰めよってくる文。
「あずさ様、あずさ様。それって本当ですか?本当なんですね!!」
「えっ、ええ…もちろん!!」
「はい!佐倉文!ただいまより、カナ様の護衛に就任致します!カナ様、カナ様はどこです?私、超頑張る。」
と口癖を発するほどに興奮した様子の文にあずさはピシャリと告げた。
「…待ちなさい。文、あなた自分の格好わかってる?」
「格好?……っ!?」
目元には大きなクマ、さらにジャージ姿にボサボサの髪とだらしが無く、それに匂いもどこか……。
「……一週間ほどください。しっかりと整えて来ますから。」
「その方がいいわね。」
早速とあずさに頭を下げた後、脇目を振らずお風呂に向かう文。あずさはそんな彼女を見送りつつ、池に沈んだ忍に「はあ…。」とため息を吐いた。
「もしかしたら、後々美奈の護衛になるかもしれないから、本当は自分の力で立ち直って欲しかったんだけどね…。」
「ブクブクブク。(よもやそんなお考えだったとは…申し訳ありません、主。)」
「まあ、いいけど…後で鼎くんが大変かもだけど…って、忍、あなた大丈夫?」
「…ブク。(問題ありません。頭を冷やしてます。)」
「…そう…結構キテるわね…。」
さて、これでようやく鼎にランクのことを報告できるようになったわけだが、その鼎は今頃なにをしているだろう?




