44 ドラマと原作者の苦悩
(ドラマ1話抜粋)
僕は逢川奏汰。男子高卒業後、友達や家族と、みんなには反対されたものの、事務所に入社。最初はタレントとして来たのかと思われたが、今は一歳歳上の男装アイドルのクロウさんのマネージャーとして、二人三脚で頑張っている。
クロウさんは最近、テレビに出られるようになってきたばかり。本当に売れるかどうかはここが正念場だ。
「それじゃあ行ってくる。」
「頑張ってくださいね!!」
「……うん、頑張る。」
黒い執事服に身を包み、スタジオのステージへと上がっていく、どこか顔の赤いクロウを見送ると、僕もよし!と力を入れ、とある番組のプロデューサーのもとへと向かった。
来るように言われた部屋は応接室のような場所で、ノックをして、返事が来てからドアを開けると、いたのはスカートタイプのスーツを身にまとった、三十歳くらいの女性がいた。彼女は音楽番組のプロデュースしている、下心さん。若いながら、その地位に上り詰めた、敏腕として業界では名の知れた人で、もう何度か顔を合わせている。
「よく来てくれたわね、奏汰くん。」
下心はさあさあとどこか親しみを込めた笑みで、奏汰の横に来ると、そっと肩を抱くようにして、部屋の中へと連れ込んだ。
それから、奏汰をソファに座らせると、コーヒーを持ってきてから、なんでもないことのように肩がくっつくほどに身体を寄せて座ると、緊張した奏汰を気遣うように雑談をし始めた。
「あはは、緊張しないで大丈夫よ。奏汰くん、別に取って食べたりするわけじゃないんだから。ほら、リラックス、リラックス。」
「そ、そうですよね…すいません。僕、人見知りで…。」
「もう!だめだぞ〜。マネージャーなんだから!グイグイと来なくちゃ!」
「は、はあ…すいません。」と、どこか不自然に胸が押し付けられているような気がしたが、おそらく気のせいだろうと思い、下心がしてくれる肩を揉みに身を任せながら、会話をしていくと、ほぐれてきた奏汰も勇気を出したからか、徐々に商談の話へと進んでいく。
「…だから…いえ、ですから、私どものところのクロを番組にと…。」
奏汰は前々から思っていた通り、気さくで良い人な下心に、身体が密着しているのをそのままにお願いをすると、彼女は一転、どこか性的な笑みを浮かべて、そっと鼎のおしりへと手を伸ばしてきた。
「ひゃっ!?…えっ…下心さん…。」
「奏汰くん、どうかした?」
「ひゃっ!?…し、下心さんなにを…。」
「ん?なにか?」
困惑する奏汰とそれに気がつかないふりをする下心。
…なにか変だ。
奏汰は急にどうしたのかと…そして、どうしていいのかわからず、そのまま抵抗せずに下心のなすがままとなっていると、ほどなくして敏感なその体を震わせ…。
「ひゃんっ!?や、やめて…なんか変な感じがして…し、下心さん…。」
奏汰の上気し、赤らんだ頬、彼女の微かに潤んだ瞳が…最初こそほんのちょっとした悪戯のつもりだった下心を刺激する。
「奏汰くん…私…もう…もう…。」
下心は小柄な身体をさらに引き寄せると、目を血走らせながら、乱暴に抱きしめた。
「…もう!我慢できない!いいよね?いいんだよね?」
「っ!?」
「奏汰くん、君のところのアイドル、うちの番組に出たいんだよね?」
「…は、はい…。」
下心は乱暴になりつつあった手つきが緩め、奏汰の耳もとで無理矢理心を落ち着かせて、優しく囁く。
「じゃあ…わかるわよね?」
奏汰は頑張っているクロを思い、羞恥に顔を歪めながら頷いた。
―
「チッ!」
痴女は文化、こと北見千鶴は撮影現場での光景を見て、舌打ちをしていた。
普通、自分の描いた漫画がドラマ化するというのだ。キャストが余程気に入らなかったり、台本がまるで原作からかけ離れてでも、いなければそんなことはあるまい。
当然、そんな場合ならば、作品が人気で色々な話を受けていた千鶴はドラマ化の話なんて受けないで、アネママと組んだ東院以外の他の局からの話を受け入れていたことだろう。
ならばなぜか…理由は簡単である。
『ひゃんっ!?や、やめて…。』
鼎が他の女に尻を触られているからだ。
できれば、カナ様にしてって言ったのは、お前だろうって?
それはそうでしょう!!なにせあんなにも可愛い男の子が羞恥に身悶える姿はハアハアもの!!
それは世界の真理である!!
…ですが、会って、そして触れてしまってからは話は別でしょう…。
さっきまではきっと、あの無垢な感触、表情、温もりは自分だけのものだったはず…。
なのにどうして…どうしてこんな行為を目の前で見せつけられなければならないというのか…。
…私はなんてものを作り出してしまったのだろう?
たぶんだが、鼎の演技でこの作品も原作超えなんて声も上がるだろうこともわかっていた。
…だから…。
「チッ!」
さっさとその汚い手をカナ様から離せ!!
すると、その願いが通じたのだろう。
ドアが開く音がすると…。
『うちのマネージャーにこんなことするのはやめてもらおうか?』
おお!!読者アンケートは全てに置いて最下位を飾り、正直愛なんて欠片も抱いたことのない、空気の読めないストッパーこと、主人公!!あなた、なんていい仕事をするんですか!!
私!ファンになりました!!
―
「お疲れ様。今日はここまで。」
「「「「ありがとうございました。」」」」
痴女は文化先生がイライラしている様子は気になったが、彼女曰く、鼎たちの演技に苛立っていたのではなく、自分の作品に対する試行錯誤の余地に気がついたからだと言っていたので、どうやらこの撮影は関係ないらしいが、どうにもそんな気はしなかったので、鼎はこれからはもう少し演技力を磨かねばと内心心に決めると、ふと撮影前のことを思い出し、お礼を言うことにした。
「先生、今日はありがとうございました。」
「えっ?はい…あっ…終わりの挨拶ですか?こちらこそですわ。」
「いえ…その…ち、痴女をしていただいて…。」
「……は?」
すると、鼎の発言に全体はざわめき始めた。それは完全に問題発言である。
「えっ…今…。」
「痴女していただいてって…。」
「カナ様ってもしかしてビッ…。」
鼎は聞こえていたのかいなかったのか、その言葉の続きが言われる前に口を開く。
「えっと…たぶんですけど…急におしり触られたりしたら、凄く驚いていたと思いますから。先生がこういうことをされるんだよって、僕に変な目で見られるかもしれないのに、教えてくれたんで撮影の時、助かりました。その…ありがとうです。」
鼎がそう説明すると、周囲は納得したらしく、なんだそういうことかという雰囲気になり、目を見開いた先生もホッと胸を撫で下ろす。
「…そ、そうですわよね…私、危うく勘違いするところでした。てっきり…。」
「…てっきり?」
「…いえ、ふふふ。ま、まさか気がつかれてしまうなんて驚きでしたので、カナ様は勘が鋭いですわね。」
絶対に嘘だということがわかっていた周囲が鼎にそれを伝えようとすると、先生の付き添いとしてやって来た優しそうな、顔立ちの整った中年男性が話に割り込んでくる。
「ははは、やっぱり君はいいね。カナくん。どうだい?うちの娘を嫁に?」
「ちょっ!パパ!!」
彼は先生のお父さんの冬馬さん。もとは女装してアイドル業界に飛び込み、女性アイドル達のトップに上り詰めたこともあるらしい人物。
今は人気BL作家の奥さんと、先生のお母さんと暮らしているらしく、男子高の先生をしているらしい。
ちなみにスタジオで鼎が来た後に騒ぎになっていたのは、先生ではなく、この人物が来たのが原因だ。
「なんだい?ち〜ちゃん。気に入ったんだろう?僕も彼をとても気に入った。なんなら僕の穴を差し出してもいい!いや、むしろ差し出したい!!」
「…いえ、むしろそちらが本命ではないのですか?」
「……ソンナコトナイヨ。」
「「「「………。」」」」
いや、絶対にそっちが本命である。なにせBL作家という、そちらの趣味を許容できる女性と結婚しているのだ。
BL作家は男性との結婚率が高く、かなり人気の職業である。ほぼ本能的に途中で断念するし、収入は低いが…。
この世界で女性は基本的にBLは好みではなく、その趣味は男性にあるものだからだ。なぜなら男が少ない中でイチャイチャしているの女性が見れば、本能的に「さっさと代われ!!そして、私を貰って!!」となる。
あれは男が沢山いて、溢れているからこそ、耽美なものとされるのであって、不足していれば、むしろヘイトが溜まる。
まあ、男子高ものなんか男の子がいっぱいいて、幸せ的な需要はあるらしく、女性も買わないことはないらしいのだが…。
収入と本能に抗う、稀有な人間。ある種、この世界における希少種。
そんな人物と結婚しているのだ。当然、先生の言葉は間違いないことだろう。
疑いの視線に包まれる冬馬。
そんな彼にほんの少し同情していると、目があい…。
「ち、違うんだよ!!僕は本当にち〜ちゃんの幸せを願っているんだ。ほら!あの木本のようなランクが高いだけのやつとは違うからさ!!いや、きっとカナくんは木本よりランクも高いぞ!僕の勘だ!!」
カナくん!!と、冬馬が鼎の肩をガッシリと掴むと、「さあ!教えて上げてくれたまえ!!」と助けを求めてきた。
当然のごとく、視線は鼎に集中する。こんなことしている場合じゃない!と、作業中の者もそれをやめていた。
「「「「「「……ゴクリ。」」」」」」
期待が鼎へとのしかかる。
しかし、鼎は困ったことに自分のランクは知らない。
初音たちに視線を向けると、初音が「現在協議中です。」というので、「へ?」という空気になった瞬間、荷物をまとめると、そういうことだからと鼎たちは面倒に巻き込まれる前に、その場を離脱した。
「に、逃げた!!」との男の人の声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
帰りの車の中、頬杖をつく鼎。
もう片方は音夢にツンツンされつつ、考える。
でも…僕のランクってどのくらいなんだろう?




